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第三章 魔力返還と罪 9

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「でも自分勝手なんでしょ。嫌よそんな男。私は絶対に魔剣士様がいいわ! だって凄く男前だし魔王を倒した人でしょ。あんな素敵な人と結婚したい」

 傍にいた若い女性たちが楽しそうに話す声が歓声に混じって入ってくる。

 違う、ワルドーはそんな人ではない。自分の力を知っているからこそ、大事な場面になるまで温存していたのだ。そう言いたいのに、目は彼に釘付けのまま何も言えなくなる。

 嬉しそうに笑って手を振る彼と目が合った瞬間、その笑みは凍り付き恨みを含んだ目で睨めつけられた。

『すべてこいつに唆されたのです! 信じてください王よ!』

 声高な査問会での雄弁が脳裏に響き渡る。彼のためなら自分が悪者になってもいい、そう思って受け入れようとしたはずなのに、それが彼への愛だったはずなのに、未だ憎しみを含んだ視線を向けてくる理由がわからなかった。自分を認識してくれたなら絶対に、いつも向けてくれた慈しむような表情をしてくれると信じていた。

 なのに……。

 すぐに視線は離れ、また自信に漲った表情で歓声に応えるワルドーを乗せた馬車が通り過ぎていく。

 人々が口々に輿入れした王女の美しさを讃えて王城の前へと移動していく。婚約の儀が終わればテラスに出て国民に姿を見せてくれると知っているから。

 エドゼルの周りから人が少なくなっていく。道には踏まれた花が色を変え落ちても華やかさだけが色濃く残っている。ここに集った人たちは晴れやかな気持ちだろうが、エドゼルだけは悲しみが沸き起こり動けなかった。

「なぜこんなところにいるんだっ!」

 肩が掴まれ無理矢理振り向かされる。

「……とう、さま……」

 漆黒のローブに身を包んでそこに立っていたのはエドゼルの父だった。十年も会わない間に随分と皺が増えたように思う。そして、息子に向ける目は酷く厳しい。

「幽閉されていたはずなのになぜここにいるんだっ!」

「ぁ……」

「お前は罪がわかっているのかっ! お前がいながらなぜあれほどの兵を死なせたんだっ!!」

 そうだ、自分はヒルドブランド領に幽閉されていたんだ。

 数多の兵を死なせた罪で。

 意識がなかった。自分は悪いことなど何一つしていないと、罪を感じていなかった。どれほどの兵が死んだなど些末ごとで、自分とワルドーが生きていることが全てとなっていた。

 黒魔法は魔王討伐においての要だ。誰よりも豊富な魔力を有し、書庫でただ一冊を除いて全てを得た自分を、どこか他者よりも超越したような存在と勘違いしていた。

「私がお前に宮廷魔道士長の役を譲ったときの言葉を忘れたのか」

 ハッとした。

 黒魔道士の立場は弱い。いや、宮廷においてはなきに等しい。そのはずだ、各領地からの討伐要請は常に出されていた。黒魔道士がいれば多くの兵を失わずに討伐できる。しかしアインホルン領は黒魔道士を派遣しなかった。己の領地から出さないことで黒魔道士の特異性を上げようとした。頭を下げ金を出す領地にだけ派遣しようと考えたが、次第に要請は減っていった。ついには別の領地が己の兵を派遣して持ちつ持たれつと関係を深めていった。アインホルン領は取り残されたのだ。

 また、宮廷でも黒魔道士は特別であると強調した過去の宮廷魔道士長が討伐に出さなかったせいで、その地位は下がり誰も見向きしなくなった。

 反して白魔道士は人々のために聖獣から力を授かったと、神殿へと赴けば階級や貧富に関係なく治療するので発言力は増していく。

 現状を打破するために父は粉骨砕身したのだ。何度も領地に派遣を要請し、遠征にも参加した。騎士団とのパイプを作りすぐに戦える黒魔道士を育成した。ようやく日の目を見始めた頃、領主があまりにも現実を理解していないと、内側から変えるべくアインホルン領へ戻ったのだ。宮廷での仕事をエドゼルに託して。

『お前が魔王亡き後の黒魔道士の見本となるのだ』

 何度も言い聞かされた言葉。いつの頃か忘れていた。

 魔王が死ねば、もう黒魔道士は不要だ。攻撃魔法もなにもかもいらない世界となり、アインホルン領のみならず黒魔道士が滅びてしまう。

 父が危惧したのは目の前のことだけではなかった。宮廷へやってきてからそれはずっと聞かされていた。正しいと思った。狭い了見で生きていては皆が滅びると感じたはずなのに、父が築き上げた土台をさらに上げるのではなく、エドゼルはそこで胡座をかいてしまったのだ。

『お前がいれば私は魔王を討てる。お前の全ては私のものだ、その身体も力も』

 夜ごと囁かれた言葉に溺れ、最も寵愛を受けた恋人の地位に甘んじて、忘れてしまった。

「愚かにもあの方の恋人となり他を蔑ろにしたなど……どれほど私を絶望させれば気が済むのだ。その上幽閉先から逃亡など……」

「ワルドー様を愛したのは愚かなどではありませんっ!」
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