クロムクドリが鳴くまでは

椎名サクラ

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第三章 魔力返還と罪 3

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 ヒルドブランドが何度目かの嘆息をした。耳障りだ。早く部屋から出て行けと願う。

「そんなに魔力がないのが辛いのですか」

「当たり前だ! 魔力を持たない私など意味がないっ!」

 欠片も存在する意味がない。

「魔力が戻れば、貴方は俺を見てくれるんですか?」

 じっとヒルドブランドがエドゼルの青い瞳を覗き込んだ。変わらない淡い茶色の瞳が見据えるが、その顔は知らない男のものだった。

 ヒルドブランドはこんな顔だったか。幼さが織りなす頬の丸みを失っただけのはずなのに、そこに雄の匂いがした。

 彼が王宮へとやってきてからその姿を視界に映さないようにしていたから、成長した彼をきちんと認識したのはこれが初めてだった。

 精悍な男の顔が近づいてくる。

「どうなんですか?」

「……戻れば……」

 戻ればすぐさまワルドーの元へと行ける。そして彼と愛を確かめ合うのだ、心の安寧を取り戻すために。

「ならば、戻してあげますよ、貴方の魔力を」

 太く逞しい腕がいとも軽々とエドゼルを持ち上げた。乱暴に寝台へと投げ出される。強かに肩を打って顔を歪めているのに、気にするそぶりも見せずヒルドブランドが乗り上がり見下ろしてきた。

 獰猛な獣にも似た目が怖い。自分が知っているヒルドブランドはそこにいなかった。今までこんな貪婪な眼差しで自分を見つめる人はいただろうか。無意識にゴクリと唾を飲み込んだ。

 着替えもせず白い夜着のままの姿は、猛獣を前にし怯え逃げ道を必死に探す兎のようだ。このまま食い殺されてしまう。兎のように跳躍する頑健な足もなければ、唯一身を守るために備わっていた魔力すらない。

 エドゼルは生まれて初めて恐怖を覚えた。

 魔力の返還、そうヒルドブランドは言った。だができるはずがない。誰も魔力の移動など今まで成し遂げたことがないのだ。

 彼は何をしようとしているのか。

 先程の言葉の意味がわからずじっと出方を見つめる。僅かでも動いたならすぐに逃げ出せるように手で身体を支えた。知らずに敷布を握る。

 目の奥が燃え上がるように熱い目がじっとエドゼルを見据える。やっとエドゼルは自分が誰の側にいるのかを認識し、同時にそれは自分に憧憬を向けていたヒルドブランドではないと知らしめる。

 騎士に見合った手が夜着に伸びてきた。

「ひっ何をしようとしているんだ! 魔力を戻すという話ではなかったのか!!」

 膝下まであるはずの裾が今は太腿の半ばまで捲れ上がっている。そこから遠慮なく手が潜り込んできた。

「やめろ、ヒルドブランド!」

「魔力を返すんです、貴方に」

「まりょく……っ」

 暴れようとしたエドゼルはすぐに動きを止めた。

 下着すら身につけていない肌に掌が這っていく。魔王城に入ってから誰にも触れられなかった身体に熱が流れていく感覚に、肌がざわめく。だがその触り方が酷く性的な意図を持っているように思えるのは気のせいか。

 エドゼルはグッと身体を固めた。

 夜着が捲り上がり、白く骨張った醜い身体が露わになっていく。浮いたあばらを撫でる手にすら震え、奥歯を噛み締めた。魔力が戻るなら何でもするはずなのに、寒さに尖った胸の飾りに触れたとき、ビクリと身体が跳ねた。

 なぜかはわからない。女ではないのだからそこは無用な場所だ。なぜ男にも存在するのかわからない場所を、硬い指先が摘まんだ。

「ぃっ! 何をするんだ、それが魔力返還に関係あるのか!」

 怒鳴っても何も返してはくれない。何をしたいのか、どうしたいのかわからない恐怖がずっとつきまとう。

「……貴方を苦しませないためです……感じていてください」

 胸の飾りを痛いくらいに摘ままれ引っ張られた。

「ぃたっ、や……めろっ」

 紙縒りを作るように先を捩られ、反対の手が肌をまさぐっていく。このようなこと、初めてだ。ワルドーと寝台を共にしているときですらこんなことをしたこともされたこともない。

 ヒルドブランドの手が丁寧に、執拗に、エドゼルの肌を這う。

 気持ち悪いと思うのに、身体は熱を帯びていく。ずっと風に晒され冷えていた肌がしっとりとし始める。

「何でこんなことをしてるんだ、戻すなら早くしろ!」

 煽られるのが嫌で先を促せば熱を含んだ目が怒りにカッと燃え上がる。

「そう、早く……ではこれからされる全てを受け入れるんだっ」
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