22 / 53
第三章 魔力返還と罪 3
しおりを挟む
ヒルドブランドが何度目かの嘆息をした。耳障りだ。早く部屋から出て行けと願う。
「そんなに魔力がないのが辛いのですか」
「当たり前だ! 魔力を持たない私など意味がないっ!」
欠片も存在する意味がない。
「魔力が戻れば、貴方は俺を見てくれるんですか?」
じっとヒルドブランドがエドゼルの青い瞳を覗き込んだ。変わらない淡い茶色の瞳が見据えるが、その顔は知らない男のものだった。
ヒルドブランドはこんな顔だったか。幼さが織りなす頬の丸みを失っただけのはずなのに、そこに雄の匂いがした。
彼が王宮へとやってきてからその姿を視界に映さないようにしていたから、成長した彼をきちんと認識したのはこれが初めてだった。
精悍な男の顔が近づいてくる。
「どうなんですか?」
「……戻れば……」
戻ればすぐさまワルドーの元へと行ける。そして彼と愛を確かめ合うのだ、心の安寧を取り戻すために。
「ならば、戻してあげますよ、貴方の魔力を」
太く逞しい腕がいとも軽々とエドゼルを持ち上げた。乱暴に寝台へと投げ出される。強かに肩を打って顔を歪めているのに、気にするそぶりも見せずヒルドブランドが乗り上がり見下ろしてきた。
獰猛な獣にも似た目が怖い。自分が知っているヒルドブランドはそこにいなかった。今までこんな貪婪な眼差しで自分を見つめる人はいただろうか。無意識にゴクリと唾を飲み込んだ。
着替えもせず白い夜着のままの姿は、猛獣を前にし怯え逃げ道を必死に探す兎のようだ。このまま食い殺されてしまう。兎のように跳躍する頑健な足もなければ、唯一身を守るために備わっていた魔力すらない。
エドゼルは生まれて初めて恐怖を覚えた。
魔力の返還、そうヒルドブランドは言った。だができるはずがない。誰も魔力の移動など今まで成し遂げたことがないのだ。
彼は何をしようとしているのか。
先程の言葉の意味がわからずじっと出方を見つめる。僅かでも動いたならすぐに逃げ出せるように手で身体を支えた。知らずに敷布を握る。
目の奥が燃え上がるように熱い目がじっとエドゼルを見据える。やっとエドゼルは自分が誰の側にいるのかを認識し、同時にそれは自分に憧憬を向けていたヒルドブランドではないと知らしめる。
騎士に見合った手が夜着に伸びてきた。
「ひっ何をしようとしているんだ! 魔力を戻すという話ではなかったのか!!」
膝下まであるはずの裾が今は太腿の半ばまで捲れ上がっている。そこから遠慮なく手が潜り込んできた。
「やめろ、ヒルドブランド!」
「魔力を返すんです、貴方に」
「まりょく……っ」
暴れようとしたエドゼルはすぐに動きを止めた。
下着すら身につけていない肌に掌が這っていく。魔王城に入ってから誰にも触れられなかった身体に熱が流れていく感覚に、肌がざわめく。だがその触り方が酷く性的な意図を持っているように思えるのは気のせいか。
エドゼルはグッと身体を固めた。
夜着が捲り上がり、白く骨張った醜い身体が露わになっていく。浮いたあばらを撫でる手にすら震え、奥歯を噛み締めた。魔力が戻るなら何でもするはずなのに、寒さに尖った胸の飾りに触れたとき、ビクリと身体が跳ねた。
なぜかはわからない。女ではないのだからそこは無用な場所だ。なぜ男にも存在するのかわからない場所を、硬い指先が摘まんだ。
「ぃっ! 何をするんだ、それが魔力返還に関係あるのか!」
怒鳴っても何も返してはくれない。何をしたいのか、どうしたいのかわからない恐怖がずっとつきまとう。
「……貴方を苦しませないためです……感じていてください」
胸の飾りを痛いくらいに摘ままれ引っ張られた。
「ぃたっ、や……めろっ」
紙縒りを作るように先を捩られ、反対の手が肌をまさぐっていく。このようなこと、初めてだ。ワルドーと寝台を共にしているときですらこんなことをしたこともされたこともない。
ヒルドブランドの手が丁寧に、執拗に、エドゼルの肌を這う。
気持ち悪いと思うのに、身体は熱を帯びていく。ずっと風に晒され冷えていた肌がしっとりとし始める。
「何でこんなことをしてるんだ、戻すなら早くしろ!」
煽られるのが嫌で先を促せば熱を含んだ目が怒りにカッと燃え上がる。
「そう、早く……ではこれからされる全てを受け入れるんだっ」
「そんなに魔力がないのが辛いのですか」
「当たり前だ! 魔力を持たない私など意味がないっ!」
欠片も存在する意味がない。
「魔力が戻れば、貴方は俺を見てくれるんですか?」
じっとヒルドブランドがエドゼルの青い瞳を覗き込んだ。変わらない淡い茶色の瞳が見据えるが、その顔は知らない男のものだった。
ヒルドブランドはこんな顔だったか。幼さが織りなす頬の丸みを失っただけのはずなのに、そこに雄の匂いがした。
彼が王宮へとやってきてからその姿を視界に映さないようにしていたから、成長した彼をきちんと認識したのはこれが初めてだった。
精悍な男の顔が近づいてくる。
「どうなんですか?」
「……戻れば……」
戻ればすぐさまワルドーの元へと行ける。そして彼と愛を確かめ合うのだ、心の安寧を取り戻すために。
「ならば、戻してあげますよ、貴方の魔力を」
太く逞しい腕がいとも軽々とエドゼルを持ち上げた。乱暴に寝台へと投げ出される。強かに肩を打って顔を歪めているのに、気にするそぶりも見せずヒルドブランドが乗り上がり見下ろしてきた。
獰猛な獣にも似た目が怖い。自分が知っているヒルドブランドはそこにいなかった。今までこんな貪婪な眼差しで自分を見つめる人はいただろうか。無意識にゴクリと唾を飲み込んだ。
着替えもせず白い夜着のままの姿は、猛獣を前にし怯え逃げ道を必死に探す兎のようだ。このまま食い殺されてしまう。兎のように跳躍する頑健な足もなければ、唯一身を守るために備わっていた魔力すらない。
エドゼルは生まれて初めて恐怖を覚えた。
魔力の返還、そうヒルドブランドは言った。だができるはずがない。誰も魔力の移動など今まで成し遂げたことがないのだ。
彼は何をしようとしているのか。
先程の言葉の意味がわからずじっと出方を見つめる。僅かでも動いたならすぐに逃げ出せるように手で身体を支えた。知らずに敷布を握る。
目の奥が燃え上がるように熱い目がじっとエドゼルを見据える。やっとエドゼルは自分が誰の側にいるのかを認識し、同時にそれは自分に憧憬を向けていたヒルドブランドではないと知らしめる。
騎士に見合った手が夜着に伸びてきた。
「ひっ何をしようとしているんだ! 魔力を戻すという話ではなかったのか!!」
膝下まであるはずの裾が今は太腿の半ばまで捲れ上がっている。そこから遠慮なく手が潜り込んできた。
「やめろ、ヒルドブランド!」
「魔力を返すんです、貴方に」
「まりょく……っ」
暴れようとしたエドゼルはすぐに動きを止めた。
下着すら身につけていない肌に掌が這っていく。魔王城に入ってから誰にも触れられなかった身体に熱が流れていく感覚に、肌がざわめく。だがその触り方が酷く性的な意図を持っているように思えるのは気のせいか。
エドゼルはグッと身体を固めた。
夜着が捲り上がり、白く骨張った醜い身体が露わになっていく。浮いたあばらを撫でる手にすら震え、奥歯を噛み締めた。魔力が戻るなら何でもするはずなのに、寒さに尖った胸の飾りに触れたとき、ビクリと身体が跳ねた。
なぜかはわからない。女ではないのだからそこは無用な場所だ。なぜ男にも存在するのかわからない場所を、硬い指先が摘まんだ。
「ぃっ! 何をするんだ、それが魔力返還に関係あるのか!」
怒鳴っても何も返してはくれない。何をしたいのか、どうしたいのかわからない恐怖がずっとつきまとう。
「……貴方を苦しませないためです……感じていてください」
胸の飾りを痛いくらいに摘ままれ引っ張られた。
「ぃたっ、や……めろっ」
紙縒りを作るように先を捩られ、反対の手が肌をまさぐっていく。このようなこと、初めてだ。ワルドーと寝台を共にしているときですらこんなことをしたこともされたこともない。
ヒルドブランドの手が丁寧に、執拗に、エドゼルの肌を這う。
気持ち悪いと思うのに、身体は熱を帯びていく。ずっと風に晒され冷えていた肌がしっとりとし始める。
「何でこんなことをしてるんだ、戻すなら早くしろ!」
煽られるのが嫌で先を促せば熱を含んだ目が怒りにカッと燃え上がる。
「そう、早く……ではこれからされる全てを受け入れるんだっ」
0
お気に入りに追加
155
あなたにおすすめの小説
君に望むは僕の弔辞
爺誤
BL
僕は生まれつき身体が弱かった。父の期待に応えられなかった僕は屋敷のなかで打ち捨てられて、早く死んでしまいたいばかりだった。姉の成人で賑わう屋敷のなか、鍵のかけられた部屋で悲しみに押しつぶされかけた僕は、迷い込んだ客人に外に出してもらった。そこで自分の可能性を知り、希望を抱いた……。
全9話
匂わせBL(エ◻︎なし)。死ネタ注意
表紙はあいえだ様!!
小説家になろうにも投稿
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
彼の理想に
いちみやりょう
BL
あの人が見つめる先はいつも、優しそうに、幸せそうに笑う人だった。
人は違ってもそれだけは変わらなかった。
だから俺は、幸せそうに笑う努力をした。
優しくする努力をした。
本当はそんな人間なんかじゃないのに。
俺はあの人の恋人になりたい。
だけど、そんなことノンケのあの人に頼めないから。
心は冗談の中に隠して、少しでもあの人に近づけるようにって笑った。ずっとずっと。そうしてきた。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
フローブルー
とぎクロム
BL
——好きだなんて、一生、言えないままだと思ってたから…。
高二の夏。ある出来事をきっかけに、フェロモン発達障害と診断された雨笠 紺(あまがさ こん)は、自分には一生、パートナーも、子供も望めないのだと絶望するも、その後も前向きであろうと、日々を重ね、無事大学を出て、就職を果たす。ところが、そんな新社会人になった紺の前に、高校の同級生、日浦 竜慈(ひうら りゅうじ)が現れ、紺に自分の息子、青磁(せいじ)を預け(押し付け)ていく。——これは、始まり。ひとりと、ひとりの人間が、ゆっくりと、激しく、家族になっていくための…。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
雫
ゆい
BL
涙が落ちる。
涙は彼に届くことはない。
彼を想うことは、これでやめよう。
何をどうしても、彼の気持ちは僕に向くことはない。
僕は、その場から音を立てずに立ち去った。
僕はアシェル=オルスト。
侯爵家の嫡男として生まれ、10歳の時にエドガー=ハルミトンと婚約した。
彼には、他に愛する人がいた。
世界観は、【夜空と暁と】と同じです。
アルサス達がでます。
【夜空と暁と】を知らなくても、これだけで読めます。
随時更新です。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
好きだと伝えたい!!
えの
BL
俺には大好きな人がいる!毎日「好き」と告白してるのに、全然相手にしてもらえない!!でも、気にしない。最初からこの恋が実るとは思ってない。せめて別れが来るその日まで…。好きだと伝えたい。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる