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第二章 王子の恋人となった宮廷魔道士長 6

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 王宮に来てから遠目でしかその姿を見てはいなかったが、真っ直ぐに伸びた背は昔と変わらず、幼さを失った分、凜とした美しさが備わり宝石のようであった。黒いローブを纏ってなお輝いて見えたのに、ワルドーに抱かれ乱れているだけでなく、こんな誰に聞かれるかもわからない場所で平気で嬌声を上げる人間へと変わってしまったのか。

 ドクンと胸に濁った熱が湧き溢れた。

 エドゼルに抱いていた罪悪感が焼き払われ、ちらりとしか見たことのないワルドーへと憎しみが向かう。

 ぐっと奥歯を噛み締めヒルドブランドは白魔道士の陣営へと歩き出した。指輪を白魔道士の一人に渡し、自分の陣営へと戻るときにまたテントの傍を通ったが、嬌声は響き、むしろ色を濃くしていた。

「ぁ……もっと……」

「ふふっ、乱暴にされて嬉しいのだろう、もっと激しくしてやる」

「あぁぁっ、そこばかりはなりませんっ」

 艶めかしさを濃くしたエドゼルの声に、興奮した傲慢な声が覆い被さる。無理に組み敷かれているようにも聞こえるが、エドゼルの嬌声が合意だと告げている。

 それもまたヒルドブランドの怒りを増幅させる。

 荒々しい足取りで陣営へと戻った。

「よぉ、どうだった?」

 ヒルドブランドの分の串焼きまで食べ尽くしたインガルベアトは笑いながら手を振って出迎えてくれたが顔を変えることができなかった。怒りに満ちたまま、先程まで自分が座っていた丸太に腰を下ろし、やり場のない怒りを抑えるために強く拳を握りしめた。

「教えるべきじゃなかったか……でも仕方ない」

 シュタインはそう呟いたが、教えなければならない理由があった。兵士たちの不満を一手に受けるヒルドブランドがどこまでもエドゼルを崇高な存在に思っており、彼らの言葉に耳を傾けることなく今日まで来た。魔道士長とそれに追随する黒魔道士が戦いの場で高みの見物を続けるのを、「考えがあってのことだ」と抑えつけるから、近いうちに不満が爆発し統率が乱れると踏んだからだ。士気が下がった隊から壊滅している。

 奴らに考えなどなく、頂点で指揮すべきワルドーとエドゼルが色に溺れて自分の仕事を全うしなかったと知らしめなければならなかった。

 そのためにシュタインは一切言葉を飾らないインガルベアトに協力して貰った。

「アンアン可愛い声だしてただろう、あんたの従兄殿」

 たらふく食べたとばかりに膨れた腹を叩いた。

「……エドゼルは第二王子になにか弱みを握られているのか……」

「なんだよ、まだ現実が受け入れられないのか? まぁそう考えたくなるのはわかるけど、必死に聖騎士殿の気を惹こうって頑張って尻尾を振ってるのは他でもないあんたの従兄殿だよ」

 気に入られるように必死に尻尾を振ってると言っても過言じゃない、そうインガルベアトは言葉を続けた。

「恋人ごっこに興じたっていいさ、平時ならな……でも今じゃないだろ」

 スッとシュタインの声が低くなった。これから人類の宿敵でもある魔王を滅ぼそうとしているのだ、浮かれている場合ではない。そうでなくとも、ここまでの道のりで兵の半分を失っている。

 選りすぐりの強者を集めたにも拘わらず、魔王城へ着く前に。

 今回の討伐はブリッツシュラーク王国だけではなく、魔王に苦しめられた大陸全ての国が一斉に軍を上げ攻めている。この機会を逃せばもう人間は彼らに勝てないだろう。

 だと言うのに、宮廷魔道士の誰も魔法一つ出してくれないのでは、どれほど白魔道士が後方で負傷者を回復させても限度がある。その危機感が彼らにはない。これでは士気は下がりとても魔王城などに辿り着けはしない。

「ヒル、あいつらに頼るな。仲間だけを信じろ。そして、絶対に俺達で魔王を倒すんだ」

 黒魔道に頼らず剣だけで魔王を倒さねばならないのか……。

 ヒルドブランドはギュッと拳を握りしめた。

「悪い、少し一人になってくる」

 ヒルドブランドは陣からそれほど離れていない森へと一人入っていった。

(どういうことなんだ、エドゼル)

 妖艶な声はどうしたって嫌がっているものではなかった。男を抱いたことのあるヒルドブランドも知っている、どれほど非力だろうが男が男を組み敷くには相手の同意がなければできない。しかもエドゼルは宮廷魔道士長だ、無力ではない。

 目の前にある木を殴った。夜の静寂に葉の揺れが騒がしく響く。眠っていた鳥は驚き暗闇を羽ばたき落ちる音がする。もう一度殴った、それでも苛立ちは収まらず胸の中に溢れ出てしまった淀んだ熱は身体の隅まで広がり、ヒルドブランドを黒い感情で支配した。

 自分でもどうしようもない憤怒、絶望、憎悪、嫉妬。負の感情が渦巻き、遠目でしか見ることのなかったエドゼルが、ワルドーと抱き合い服を脱ぎ捨て足を開く映像が頭に浮かんだ。
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