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第二章 王子の恋人となった宮廷魔道士長 5
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「……嘘だ。従兄殿は誰よりも高潔な人だ、そのようなことは……」
アインホルン領でいつも助けてくれたエドゼルがそんなことをするなんて想像もできない。魔力を持たない人々にも優しくし、なり損ないの自分にも魔法を教えてくれていたほど、清廉な人物だ。それを説明して、二人は顔を見合わせ難しい顔をし始めた。
「きっとお前が知っている従兄殿ってのはもういないな」
インガルベアトはシュタインが差し出した、今日倒した魔獣の肉の串焼きを喰い千切りながらぼそりと呟いた。神殿に仕える聖職者とは程遠い仕草に驚くが、納得もしていた。今回のために何度も遠征に出ているなら、魔獣の肉や野営には慣れてしまうのだろう。現にヒルドブランドも、度重なる遠征に地面で寝るのが苦ではなくなったし、こうして今日倒した魔獣の肉を食すことをなんとも思わなくなった。
「今頃、テントの中で聖騎士様にアンアン啼かされてるよ。他の奴らが命を張って戦ってるってのにいい気なもんだぜ」
頭の中に自分が組み敷いた小間使いの姿が浮かんだ。妖艶に笑い騎士を部屋に誘い込んでは寝台で淫らに男の欲望を咥え込んだ尻を振る姿のまま、顔だけがエドゼルへと変わっていく。
ズンッとそこが熱くなるのを振り切るように無理矢理笑った。
「まさか。高潔な従兄殿がそのような真似をするはずがないでしょう。今頃は聖騎士殿と打ち合わせを……」
「残念だ、ヒル。魔道士長殿が聖騎士の恋人の一人であるのは事実だ。遠征のたびにやってる声を聞かすもんだから宮廷騎士団の誰もが知ってる」
だからこそ、不満が二人へと集まるのだという。
恋人なのを良いことに、ワルドーは自分を守るためだけにエドゼルに命じ、そばで苦戦している兵がいても助けようともしない。自分勝手な聖騎士に絶対服従する魔道士長への不満も天井を知らないほど募っている。
「あいつらが好きだ惚れたするのは勝手だ、だが隊の士気を下げることはしてくれるなよ」
シュタインも苦々しい顔で串焼きを喰い千切っていく。
「うそ……だろ」
どこまでも気高くで公明正大なエドゼルに邪な感情を抱く自分を苦々しく思っていたヒルドブランドは、にわかには受け入れられなかった。こんなに窮している兵がいても、助けることなくワルドーだけに動くなど……。
「そんなはずない、そんなはずは……」
「信じられないんだったらテントの傍に行きゃあ良いよ。今もしてるはずだぜ、あいつら始めたらなげーから」
いつものことだと言わんばかりに、悪態を吐き捨てるインガルベアトが「ほら」と投げて寄越したのは、神官の証であるアレキサンドライトの指輪だ。
「拾ったっつって俺の陣に行けよ。嫌でもあいつらのテントの前を通るからな」
「おい、ベアト。そこまでしなくても」
シュタインは窘めるが「そうじゃなきゃ信じないだろう」とにべもなくあしらわれた。
「そんな声が聞こえなかったら、帰ったら何か奢ってくださいよ」
軽口を叩く。こんなやりとりは騎士団にいれば日常茶飯事だ。どこの小間使いを昨夜可愛がっていたのか、話題の少ない騎士にとって猥談は娯楽であった。
そして揶揄われるのも一緒くたとなっている。
そう、自分は揶揄われているんだ。
ならば違ったと笑って帰ってきて「本当に信じたのか?」と馬鹿にされた方がいい。きっとこれは、長旅に疲れたインガルベアトが起こした冗談に決まっている。でなければ、周囲にいる仲間の騎士がニヤニヤ笑っているわけがない。
高を括って白魔道士が集り作っている陣営へと赴いた。途中にあるテントの傍を通ろうとしたとき、近衛兵に呼び止められたが、インガルベアトに言われたように指輪を見せ、戦いの最中に拾ったと言えばすぐに通して貰えた。
(さすがにそんなはずはない……エドゼルに限ってそんなはずは……)
だが、テントに近づくと酷く艶めかしい声が聞こえた。
「ゃっ……そこをもっと……あぁぁ、ワルドー様っ!」
憚らない嬌声がはっきりとテントから聞こえてきた。
驚きに足を止めれば、近衛兵が早く行けとばかりに背中を押す。
「いつものことだ、気にするな」
「でも……聖騎士殿と魔道士長殿しかいないはずではっ」
「わかってるんだったら黙ってろ……気にするな、いつものことだ」
騎士同士の間の話が外に漏れることはない。その分別は持ってるだろうと言わんばかりの口ぶりでもう一度背中を押された。
信じたくなかった。
あの嬌声を上げているのがエドゼルだということを。
ヒルドブランドは、自分の中の何かが毀れる音を聞いた。
アインホルン領でいつも助けてくれたエドゼルがそんなことをするなんて想像もできない。魔力を持たない人々にも優しくし、なり損ないの自分にも魔法を教えてくれていたほど、清廉な人物だ。それを説明して、二人は顔を見合わせ難しい顔をし始めた。
「きっとお前が知っている従兄殿ってのはもういないな」
インガルベアトはシュタインが差し出した、今日倒した魔獣の肉の串焼きを喰い千切りながらぼそりと呟いた。神殿に仕える聖職者とは程遠い仕草に驚くが、納得もしていた。今回のために何度も遠征に出ているなら、魔獣の肉や野営には慣れてしまうのだろう。現にヒルドブランドも、度重なる遠征に地面で寝るのが苦ではなくなったし、こうして今日倒した魔獣の肉を食すことをなんとも思わなくなった。
「今頃、テントの中で聖騎士様にアンアン啼かされてるよ。他の奴らが命を張って戦ってるってのにいい気なもんだぜ」
頭の中に自分が組み敷いた小間使いの姿が浮かんだ。妖艶に笑い騎士を部屋に誘い込んでは寝台で淫らに男の欲望を咥え込んだ尻を振る姿のまま、顔だけがエドゼルへと変わっていく。
ズンッとそこが熱くなるのを振り切るように無理矢理笑った。
「まさか。高潔な従兄殿がそのような真似をするはずがないでしょう。今頃は聖騎士殿と打ち合わせを……」
「残念だ、ヒル。魔道士長殿が聖騎士の恋人の一人であるのは事実だ。遠征のたびにやってる声を聞かすもんだから宮廷騎士団の誰もが知ってる」
だからこそ、不満が二人へと集まるのだという。
恋人なのを良いことに、ワルドーは自分を守るためだけにエドゼルに命じ、そばで苦戦している兵がいても助けようともしない。自分勝手な聖騎士に絶対服従する魔道士長への不満も天井を知らないほど募っている。
「あいつらが好きだ惚れたするのは勝手だ、だが隊の士気を下げることはしてくれるなよ」
シュタインも苦々しい顔で串焼きを喰い千切っていく。
「うそ……だろ」
どこまでも気高くで公明正大なエドゼルに邪な感情を抱く自分を苦々しく思っていたヒルドブランドは、にわかには受け入れられなかった。こんなに窮している兵がいても、助けることなくワルドーだけに動くなど……。
「そんなはずない、そんなはずは……」
「信じられないんだったらテントの傍に行きゃあ良いよ。今もしてるはずだぜ、あいつら始めたらなげーから」
いつものことだと言わんばかりに、悪態を吐き捨てるインガルベアトが「ほら」と投げて寄越したのは、神官の証であるアレキサンドライトの指輪だ。
「拾ったっつって俺の陣に行けよ。嫌でもあいつらのテントの前を通るからな」
「おい、ベアト。そこまでしなくても」
シュタインは窘めるが「そうじゃなきゃ信じないだろう」とにべもなくあしらわれた。
「そんな声が聞こえなかったら、帰ったら何か奢ってくださいよ」
軽口を叩く。こんなやりとりは騎士団にいれば日常茶飯事だ。どこの小間使いを昨夜可愛がっていたのか、話題の少ない騎士にとって猥談は娯楽であった。
そして揶揄われるのも一緒くたとなっている。
そう、自分は揶揄われているんだ。
ならば違ったと笑って帰ってきて「本当に信じたのか?」と馬鹿にされた方がいい。きっとこれは、長旅に疲れたインガルベアトが起こした冗談に決まっている。でなければ、周囲にいる仲間の騎士がニヤニヤ笑っているわけがない。
高を括って白魔道士が集り作っている陣営へと赴いた。途中にあるテントの傍を通ろうとしたとき、近衛兵に呼び止められたが、インガルベアトに言われたように指輪を見せ、戦いの最中に拾ったと言えばすぐに通して貰えた。
(さすがにそんなはずはない……エドゼルに限ってそんなはずは……)
だが、テントに近づくと酷く艶めかしい声が聞こえた。
「ゃっ……そこをもっと……あぁぁ、ワルドー様っ!」
憚らない嬌声がはっきりとテントから聞こえてきた。
驚きに足を止めれば、近衛兵が早く行けとばかりに背中を押す。
「いつものことだ、気にするな」
「でも……聖騎士殿と魔道士長殿しかいないはずではっ」
「わかってるんだったら黙ってろ……気にするな、いつものことだ」
騎士同士の間の話が外に漏れることはない。その分別は持ってるだろうと言わんばかりの口ぶりでもう一度背中を押された。
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