14 / 53
第二章 王子の恋人となった宮廷魔道士長 4
しおりを挟む
王城へと向かったヒルドブランドは、王宮騎士団と合流し数度の合同訓練を行った後、魔王討伐部隊に編成された。
筆頭は、第二王子であり聖騎士のワルドーと宮廷魔道士長のエドゼル、そして神殿から白魔道士長として派遣されたインガルベアトだ。この三人を中心に部隊が作られ、魔王の城へと向かって進み始めた。
行く手を魔族や魔獣が襲いかかり、なかなか先へと進ませてはくれない。それでも数の力でもって人間は一歩また一歩と魔王城への道のりを歩いて行った。
ヒルドブランドの部隊の指揮官はシュタイン・リッターという王宮騎士だ。熊のような大男だが気さくで、戦闘時での瞬間的判断力に優れていた。戦法にも精通していて、次期騎士団長と目されているらしい。
ヒルドブランドはすぐに腹を割って話す間柄になった。
「よう、ヒル。今日は眠れそうか?」
野営の焚き火の前でシュタインが酒代わりの水を差しだして訊いてきた。まだ魔獣を討った興奮から冷め切らない身体を慮ってくれての言葉だが、ヒルドブランドは疲れた笑みで返した。
旅を始めてから一月、兵は半分に減っていた。魔物も魔獣も次第に強くなっていくというのに、兵の補充がない。一人当たりにかかる負荷が大きくなるばかりだ。最も大きな原因は、聖騎士や宮廷魔道士が前線へと出てこないことだ。雑兵に任せたとばかりに高みの見物をしている。兵士の中からも不満は上がり、それを抑えるのにも限界が来ていた。
「やっぱり疲れているな。すまん、こいつに回復魔法を掛けてやってくれ」
「別にいーけど」
シュタインの大きな身体に隠され気付かなかったが連れがいた。その姿を確かめ、ヒルドブランドは慌てて立ち上がった。
「白魔道士長、なぜこのようなところに!」
ワルドーやエドゼルと同じように後方に控えていると思っていたインガルベアトの姿に最敬礼する。
「気にしなくて良い、俺そういう畏まったの嫌いだから。それと、あいつらと一緒にして欲しくないし」
ちらりと目をやったのは、ワルドーの為に設けられたテントだ。それも兵士たちの不満を増幅させる理由である。
インガルベアトはヒルドブランドの額の前に掌を向けると、呪文を唱えることなく白い光を浮かべ、疲弊した身体へと押し込んだ。それだけで魔獣を倒した後からずっと纏わり付いた重々しさがスーッと消えていく。これが回復魔法かと感心する。
「わざわざ、ありがとうございます」
「別に。皆を回復するのが俺の仕事だから」
仕事は終わったとばかりにインガルベアトは丸太を倒しただけの椅子に座った。
「このようなところでなく」
「それ、本当に止めて欲しいから。やなんだよ、ああいうの」
またテントへと目を向け苦々しい表情になる。
白魔道士内でも最も強い魔力を有しているというインガルベアトは、一つに束ねた髪を後ろに払い、行儀悪く膝に肘を突いた。伸ばした手にシュタインがしょうがないなと苦笑して水の入ったコップを手渡す。まだ十八になったばかりと聞いたが、随分と二人は気心が知れているようだ。
「お二人は知己なのですか」
「何度も遠征に出れば皆顔見知りになる。あいつら以外はな」
随分とワルドーとエドゼルに辛辣だ。
「見ない顔だけど、名前は?」
「ヒルドブランド・アインホルンです。バルヒェット辺境伯領騎士団所属です」
「……アインホルン? もしかして噂の魔剣士のなり損ないか」
「おいベアト、口が過ぎるぞ!」
すぐさまにシュタインが窘めるが、インガルベアトの表情に悪気は一切なかった。
歯に衣着せぬ物言いは久しぶりだ。王城へと招集された始めは誰もが口々にそう揶揄ってきたが、ヒルドブランドの実力を知ると静かになった。今ではそれで馬鹿にしてくる者はいなくなったが、久しぶりに事実を突きつけられ、ヒルドブランドは苦笑した。
「はい、なり損ないです」
「へえ、あいつの従弟の割りにはお高くとまってないんだ……驚いた」
言葉の通りと、まだ少年の名残がある幼い顔に見合う大きな目が見開かれ、何度も瞬きを繰り返す。
若いのに物怖じせず言いたいことを口にするインガルベアトに好感を抱くと共に、なぜエドゼルに対して攻撃的なのかわからなかった。
顔に出ていたのかシュタインが嘆息し、同じように丸太に腰掛けてきた。快活に笑う印象の彼が、眉間に皺を寄せる。ちらりと周囲を見回し、もう一度嘆息した。
「お前はずっとバルヒェット辺境伯領にいたから知らないだろうが、嫌われてんだよ、あの二人は。最後って時に出てきて他の奴らの功績を掠め取っちまうって。聖騎士なのに回復魔法は自分にしか使わねーし、宮廷魔道士長殿は聖騎士様最優先で他の奴らの強化もしないわ助けてもくれねーってなったら、誰からも毛嫌いされて当然だ」
筆頭は、第二王子であり聖騎士のワルドーと宮廷魔道士長のエドゼル、そして神殿から白魔道士長として派遣されたインガルベアトだ。この三人を中心に部隊が作られ、魔王の城へと向かって進み始めた。
行く手を魔族や魔獣が襲いかかり、なかなか先へと進ませてはくれない。それでも数の力でもって人間は一歩また一歩と魔王城への道のりを歩いて行った。
ヒルドブランドの部隊の指揮官はシュタイン・リッターという王宮騎士だ。熊のような大男だが気さくで、戦闘時での瞬間的判断力に優れていた。戦法にも精通していて、次期騎士団長と目されているらしい。
ヒルドブランドはすぐに腹を割って話す間柄になった。
「よう、ヒル。今日は眠れそうか?」
野営の焚き火の前でシュタインが酒代わりの水を差しだして訊いてきた。まだ魔獣を討った興奮から冷め切らない身体を慮ってくれての言葉だが、ヒルドブランドは疲れた笑みで返した。
旅を始めてから一月、兵は半分に減っていた。魔物も魔獣も次第に強くなっていくというのに、兵の補充がない。一人当たりにかかる負荷が大きくなるばかりだ。最も大きな原因は、聖騎士や宮廷魔道士が前線へと出てこないことだ。雑兵に任せたとばかりに高みの見物をしている。兵士の中からも不満は上がり、それを抑えるのにも限界が来ていた。
「やっぱり疲れているな。すまん、こいつに回復魔法を掛けてやってくれ」
「別にいーけど」
シュタインの大きな身体に隠され気付かなかったが連れがいた。その姿を確かめ、ヒルドブランドは慌てて立ち上がった。
「白魔道士長、なぜこのようなところに!」
ワルドーやエドゼルと同じように後方に控えていると思っていたインガルベアトの姿に最敬礼する。
「気にしなくて良い、俺そういう畏まったの嫌いだから。それと、あいつらと一緒にして欲しくないし」
ちらりと目をやったのは、ワルドーの為に設けられたテントだ。それも兵士たちの不満を増幅させる理由である。
インガルベアトはヒルドブランドの額の前に掌を向けると、呪文を唱えることなく白い光を浮かべ、疲弊した身体へと押し込んだ。それだけで魔獣を倒した後からずっと纏わり付いた重々しさがスーッと消えていく。これが回復魔法かと感心する。
「わざわざ、ありがとうございます」
「別に。皆を回復するのが俺の仕事だから」
仕事は終わったとばかりにインガルベアトは丸太を倒しただけの椅子に座った。
「このようなところでなく」
「それ、本当に止めて欲しいから。やなんだよ、ああいうの」
またテントへと目を向け苦々しい表情になる。
白魔道士内でも最も強い魔力を有しているというインガルベアトは、一つに束ねた髪を後ろに払い、行儀悪く膝に肘を突いた。伸ばした手にシュタインがしょうがないなと苦笑して水の入ったコップを手渡す。まだ十八になったばかりと聞いたが、随分と二人は気心が知れているようだ。
「お二人は知己なのですか」
「何度も遠征に出れば皆顔見知りになる。あいつら以外はな」
随分とワルドーとエドゼルに辛辣だ。
「見ない顔だけど、名前は?」
「ヒルドブランド・アインホルンです。バルヒェット辺境伯領騎士団所属です」
「……アインホルン? もしかして噂の魔剣士のなり損ないか」
「おいベアト、口が過ぎるぞ!」
すぐさまにシュタインが窘めるが、インガルベアトの表情に悪気は一切なかった。
歯に衣着せぬ物言いは久しぶりだ。王城へと招集された始めは誰もが口々にそう揶揄ってきたが、ヒルドブランドの実力を知ると静かになった。今ではそれで馬鹿にしてくる者はいなくなったが、久しぶりに事実を突きつけられ、ヒルドブランドは苦笑した。
「はい、なり損ないです」
「へえ、あいつの従弟の割りにはお高くとまってないんだ……驚いた」
言葉の通りと、まだ少年の名残がある幼い顔に見合う大きな目が見開かれ、何度も瞬きを繰り返す。
若いのに物怖じせず言いたいことを口にするインガルベアトに好感を抱くと共に、なぜエドゼルに対して攻撃的なのかわからなかった。
顔に出ていたのかシュタインが嘆息し、同じように丸太に腰掛けてきた。快活に笑う印象の彼が、眉間に皺を寄せる。ちらりと周囲を見回し、もう一度嘆息した。
「お前はずっとバルヒェット辺境伯領にいたから知らないだろうが、嫌われてんだよ、あの二人は。最後って時に出てきて他の奴らの功績を掠め取っちまうって。聖騎士なのに回復魔法は自分にしか使わねーし、宮廷魔道士長殿は聖騎士様最優先で他の奴らの強化もしないわ助けてもくれねーってなったら、誰からも毛嫌いされて当然だ」
0
お気に入りに追加
151
あなたにおすすめの小説
そばにいてほしい。
15
BL
僕の恋人には、幼馴染がいる。
そんな幼馴染が彼はよっぽど大切らしい。
──だけど、今日だけは僕のそばにいて欲しかった。
幼馴染を優先する攻め×口に出せない受け
安心してください、ハピエンです。
生贄として捧げられたら人外にぐちゃぐちゃにされた
キルキ
BL
生贄になった主人公が、正体不明の何かにめちゃくちゃにされ挙げ句、いっぱい愛してもらう話。こんなタイトルですがハピエンです。
人外✕人間
♡喘ぎな分、いつもより過激です。
以下注意
♡喘ぎ/淫語/直腸責め/快楽墜ち/輪姦/異種姦/複数プレイ/フェラ/二輪挿し/無理矢理要素あり
2024/01/31追記
本作品はキルキのオリジナル小説です。
騎士団長である侯爵令息は年下の公爵令息に辺境の地で溺愛される
Matcha45
BL
第5王子の求婚を断ってしまった私は、密命という名の左遷で辺境の地へと飛ばされてしまう。部下のユリウスだけが、私についてきてくれるが、一緒にいるうちに何だか甘い雰囲気になって来て?!
※にはR-18の内容が含まれています。
※この作品は「小説家になろう」にも掲載しています。
ユーチューバーの家でトイレを借りようとしたら迷惑リスナーに間違えられて…?
こじらせた処女
BL
大学生になり下宿を始めた晴翔(はると)は、近くを散策しているうちに道に迷ってしまう。そんな中、トイレに行きたくなってしまうけれど、近くに公衆トイレは無い。切羽詰まった状態になってしまった彼は、たまたま目についた家にトイレを借りようとインターホンを押したが、そこはとあるユーチューバーの家だった。迷惑リスナーに間違えられてしまった彼は…?
親友と同時に死んで異世界転生したけど立場が違いすぎてお嫁さんにされちゃった話
gina
BL
親友と同時に死んで異世界転生したけど、
立場が違いすぎてお嫁さんにされちゃった話です。
タイトルそのままですみません。
不老の魔法使いと弟子の永遠
木原あざみ
BL
エリートの宮廷魔法使いとなったかつての弟子×十八の年で不老となった大魔法使い。
長すぎた初恋から始まる、焦れ焦れの恋の行方。
**
大魔法使いであるアシュレイは、初恋だった男の子どもを弟子に取り、森で静かな日々を送っていた。
十五才になった弟子を王立魔法学院に送り込んで、早七年。王都で大人になった弟子と再会したものの、物わかりの良かったはずの子どもは、なんだか妙に擦れた感じになっていて……?
ゆるゆるハッピーエンド。子どものころからの初恋を拗らせた攻めがツンデレしたり、悩んだりしながらも、師匠でもある受けに認めてもらおうとがんばる話です。
R18展開は後半(攻めが大人に成長して)からになります。
魔憑きの神子に最強聖騎士の純愛を
瀬々らぎ凛
BL
- - -あらすじ- - -
エルドラード王国の神子ユアン・ルシェルツは、大いにワケアリの自他ともに認める役立たず神子だ。魔力が枯渇して治癒魔法は使えないし、コミュ力が壊滅的ゆえ人間関係には難しかない。神子の仕事を全うして周囲に認められたくても、肝心の魔力はなんと魔物との契約により《他人から愛されないと溜まらない》という条件付きだ。完全に詰んでいる。今日も絶賛、嫌われ、疎まれ、悪口を言われ、友だちもなく孤独な中ひとり、それでも彼なりに足掻いていた。
さて、ここに王国最強の聖騎士が現れたらどうなるだろう? その名はヴィクト・シュトラーゼ。聖騎士というのは魔物を倒すことのできる聖属性魔法を扱う騎士のことで、この男、魔物殲滅を優先するあまり仲間に迷惑をかけ、謹慎処分としてユアンの近衛騎士をするよう命じられたのだった。
ヴィクトが一日でも早く隊に復帰するには、ユアンがきっちり仕事をこなすようにならなくてはならない。だからヴィクトはユアンに協力を申し出た。そしてユアンはヴィクトに人付き合いというものを教えてもらいながら、魔力を溜めるために奔走を始める。
やがて二人は互いに惹かれ合った。ユアンはヴィクトの頼もしさや誠実さに、ヴィクトはユアンの素直さやひた向きさに。だけれどもユアンは気付いてしまった。この体の中には魔物が棲んでいる。ヴィクトは魔物を心の底から憎み、一匹残らず殲滅したいと願って生きている。
――あぁ、僕が初めて好きになった人は、僕を殺す運命にある人だった。
------------
攻め ヴィクト・シュトラーゼ (23)
【魔物殲滅に命を懸ける王国最強花形聖騎士 / チャラく見えて一途 / 男前美形 】
×
受け ユアン・ルシェルツ (19)
【自身に憑いた魔物の力を借りて治癒魔法を施す神子 / かわいい系美少年 / とにかく健気 】
◆愛に始まり愛に終わる、ドラマチックな純ファンタジーラブストーリーです!
◆ありがたいことに 2022年角川ルビー小説大賞、B評価(最終選考)をいただきました。
どうか皆さま、ユアンとヴィクトの二人を、愛してやってください。
よろしくお願いいたします。
平凡な俺が双子美形御曹司に溺愛されてます
ふくやまぴーす
BL
旧題:平凡な俺が双子美形御曹司に溺愛されてます〜利害一致の契約結婚じゃなかったの?〜
名前も見た目もザ・平凡な19歳佐藤翔はある日突然初対面の美形双子御曹司に「自分たちを助けると思って結婚して欲しい」と頼まれる。
愛のない形だけの結婚だと高を括ってOKしたら思ってたのと違う展開に…
「二人は別に俺のこと好きじゃないですよねっ?なんでいきなりこんなこと……!」
美形双子御曹司×健気、お人好し、ちょっぴり貧乏な愛され主人公のラブコメBLです。
🐶2024.2.15 アンダルシュノベルズ様より書籍発売🐶
応援していただいたみなさまのおかげです。
本当にありがとうございました!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる