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第二章 王子の恋人となった宮廷魔道士長 2
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憐れな従弟。母の嫉妬さえなければ真っ直ぐに育っただろう可哀想な子供が頭に浮かぶ。普段は気弱そうな表情をして小さくなっているその姿はどこまでも痛ましく、けれどエドゼルが声を掛けたときだけは花が綻んだような笑みを見せてくれる。
その笑顔がエドゼルの力となった。母に見て貰えない淋しさを紛らわせてくれる唯一の存在は、あまりにも儚かった。同じ年頃の女児よりも可憐で小さな身体はエドゼルの庇護欲を掻き立てた。白魚のように細く白い手を土で汚して逃げ惑う従弟が憐れで、手を差し伸べずにはいられなかった。
けれど、王宮に呼ばれたなら自分は迷うことなくその従弟をここに残して行くだろう。
だからこそ、それまでの間に彼には強くなって貰わなければ。
そこに特別な感情があることにエドゼルは気付いていなかった。
次の日からこっそりと西の森でヒルドブランドと待ち合わせをして魔法を教えた。
「こうね、力が掌に集まるイメージでやってごらん」
初歩の光の魔法のやり方を教えるが、何度やっても白く小さな手には光の欠片は出てこない。それどころか発動の前兆である身体が浮き立つような空気の移動すら起こらなかった。ヒルドブランドの金に近い茶色の長髪が浮くことはなく、どれほど頑張っても光の魔法がその手からは出る兆しもない。
ヒルドブランドの大きな瞳が揺らいだ。
「急がなくていいんだ、ゆっくりやってご覧」
小さな頭を撫でればポロリと大粒の涙が零れ落ちた。
「ボクがちゃんとできないと母様が皆に怒られる……」
「怒られはしないよ、伯爵夫人だもん。そんなことをする人間はここにはいないよ」
嘘ではない、直接ヒルドブランドの母に文句を言うものは誰もいない。なにせ武の頂点を極めるバルヒェット辺境伯の娘は脅威であった。魔法の発動より早く短刀が投げられる上に、ドレスを纏ってなお身軽に魔法を避けられてしまう。
ヒルドブランドが生まれる前にそれが披露されたのは、挑発に乗らなかったことに怒り狂ったエドゼルの母が魔法攻撃をしたときだ。繰り出される魔法はどれも強力だったのに、見事に躱され喉に刃を突きつけられた。実践では騎士の動きが勝ると証明され、誰もが彼女を怖れた。故にヒルドブランドが皆の標的になっているのだ。
武力も魔力も持たない小さな子供。
格好の餌食である。
「何度も練習すればきっとできるようになるよ」
気休めとわかっていても、エドゼルは彼を奮い立たせ、魔法を教え続けた。王宮へと赴く前日まで。
けれど、どれほど彼が努力してもその手に魔法の光が宿ることはなかった。
絶望に似た気持ちを抱え、エドゼルは目を開いた。
(随分と懐かしい夢を見た……魔力のない子に希望だけを持たせて捨てたんだな、私は)
酷く懐かしく、胸くその悪い夢。こんな物を見たのはきっと、ヒルドブランドが王城へとやってくると聞いたからだ。あれから一度も会うことのなかった従弟。風の噂で母と共にバルヒェット辺境伯領へ居を移したと聞いた。安堵と同時に裏切られた思いがした。
(会いたくない……)
思い出されるのは憧憬に満ちた目で見つめてくる幼く愛らしい顔。
振り切る様に寝返りを打てば、筋肉に包まれた厚い胸板の感触が頬に当たる。香油の芳しい匂いに惹かれ頬を擦り付ければ、胸板に見合った逞しい腕がすぐにエドゼルの腰に回った。
「どうした、眠れないのか」
掠れた甘い声が鼓膜を擽る。
あぁ……と嘆息し下肢が濡れているのに気付いた。カーテンで包まれた寝台の中をねっとりと充満しているのは、先ほどまで二人が交わるために使った香油の香りだ。
「気を失うほど可愛がったつもりだが、まだ足りないのか」
「はい……」
エドゼルは猫が甘えるようにさらにその胸に頬を擦り付けた。腰に回った手がすぐさま臀部の割れ目を沿って辿り濡れた蕾に指を挿れる。
「あぁ……そこをもっと……」
この身体の何もかもを知っている指が乱暴に動き始め、エドゼルは逞しい身体に足を絡ませ身悶え始めた。艶めかしく指を締め付ける肉を掻き分け激しく中をかき混ぜられる。
「そんなに激しくしては……っおかしくなります」
「乱れるそなたをもっと見せろ」
「殿下……あぁぁっ」
その笑顔がエドゼルの力となった。母に見て貰えない淋しさを紛らわせてくれる唯一の存在は、あまりにも儚かった。同じ年頃の女児よりも可憐で小さな身体はエドゼルの庇護欲を掻き立てた。白魚のように細く白い手を土で汚して逃げ惑う従弟が憐れで、手を差し伸べずにはいられなかった。
けれど、王宮に呼ばれたなら自分は迷うことなくその従弟をここに残して行くだろう。
だからこそ、それまでの間に彼には強くなって貰わなければ。
そこに特別な感情があることにエドゼルは気付いていなかった。
次の日からこっそりと西の森でヒルドブランドと待ち合わせをして魔法を教えた。
「こうね、力が掌に集まるイメージでやってごらん」
初歩の光の魔法のやり方を教えるが、何度やっても白く小さな手には光の欠片は出てこない。それどころか発動の前兆である身体が浮き立つような空気の移動すら起こらなかった。ヒルドブランドの金に近い茶色の長髪が浮くことはなく、どれほど頑張っても光の魔法がその手からは出る兆しもない。
ヒルドブランドの大きな瞳が揺らいだ。
「急がなくていいんだ、ゆっくりやってご覧」
小さな頭を撫でればポロリと大粒の涙が零れ落ちた。
「ボクがちゃんとできないと母様が皆に怒られる……」
「怒られはしないよ、伯爵夫人だもん。そんなことをする人間はここにはいないよ」
嘘ではない、直接ヒルドブランドの母に文句を言うものは誰もいない。なにせ武の頂点を極めるバルヒェット辺境伯の娘は脅威であった。魔法の発動より早く短刀が投げられる上に、ドレスを纏ってなお身軽に魔法を避けられてしまう。
ヒルドブランドが生まれる前にそれが披露されたのは、挑発に乗らなかったことに怒り狂ったエドゼルの母が魔法攻撃をしたときだ。繰り出される魔法はどれも強力だったのに、見事に躱され喉に刃を突きつけられた。実践では騎士の動きが勝ると証明され、誰もが彼女を怖れた。故にヒルドブランドが皆の標的になっているのだ。
武力も魔力も持たない小さな子供。
格好の餌食である。
「何度も練習すればきっとできるようになるよ」
気休めとわかっていても、エドゼルは彼を奮い立たせ、魔法を教え続けた。王宮へと赴く前日まで。
けれど、どれほど彼が努力してもその手に魔法の光が宿ることはなかった。
絶望に似た気持ちを抱え、エドゼルは目を開いた。
(随分と懐かしい夢を見た……魔力のない子に希望だけを持たせて捨てたんだな、私は)
酷く懐かしく、胸くその悪い夢。こんな物を見たのはきっと、ヒルドブランドが王城へとやってくると聞いたからだ。あれから一度も会うことのなかった従弟。風の噂で母と共にバルヒェット辺境伯領へ居を移したと聞いた。安堵と同時に裏切られた思いがした。
(会いたくない……)
思い出されるのは憧憬に満ちた目で見つめてくる幼く愛らしい顔。
振り切る様に寝返りを打てば、筋肉に包まれた厚い胸板の感触が頬に当たる。香油の芳しい匂いに惹かれ頬を擦り付ければ、胸板に見合った逞しい腕がすぐにエドゼルの腰に回った。
「どうした、眠れないのか」
掠れた甘い声が鼓膜を擽る。
あぁ……と嘆息し下肢が濡れているのに気付いた。カーテンで包まれた寝台の中をねっとりと充満しているのは、先ほどまで二人が交わるために使った香油の香りだ。
「気を失うほど可愛がったつもりだが、まだ足りないのか」
「はい……」
エドゼルは猫が甘えるようにさらにその胸に頬を擦り付けた。腰に回った手がすぐさま臀部の割れ目を沿って辿り濡れた蕾に指を挿れる。
「あぁ……そこをもっと……」
この身体の何もかもを知っている指が乱暴に動き始め、エドゼルは逞しい身体に足を絡ませ身悶え始めた。艶めかしく指を締め付ける肉を掻き分け激しく中をかき混ぜられる。
「そんなに激しくしては……っおかしくなります」
「乱れるそなたをもっと見せろ」
「殿下……あぁぁっ」
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