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第一章 魔力を持たなかった少年 7
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「……そうですか。ではあなたが行きたくなったら言ってください。それと、あなたに付いている侍女は今日下がらせました。まもなくバルヒェットから侍女が参ります。その者たちがあなたの世話をしましょう」
「え……?」
「あなた専任のコックも来る予定です。今よりも逞しい身体になれば何かが変わるかもしれませんね。安心なさい、バルヒェットの者は皆強靭です」
両親と同じ食卓を囲めない幼い自分に、侍女は時折食事を出さなかったり汚れた服のまま過ごさせたりしているのに気付いてくれていたのか。
「ありがとうございます、母様」
少しでも自分の味方ができる。たったそれだけでも今のヒルドブランドには泣きたくなるほど嬉しいことだった。
エドゼルからも魔法を教えてもらえる。きっとこれからいいことばかりが起こる、そんな予感で胸がいっぱいになった。
そのまま目を閉じ、再び目を開けたヒルドブランドは、暗い小さな部屋にいるのに気付いた。
(またあの夢か……)
己の手を見れば、あの頃には存在しない大きな掌にいくつもの剣だこができている。
結局あれ以来ヒルドブランドの身体に魔力が備わることはなかった。八つになった年、母と共にアインホルン領を出て、バルヒェット辺境伯領へと移った。新たに来た侍女やコックのおかげで身体は大きくなり、それから始めた剣術は見る見るうちに上達し、二十三になった今では副団長の任を担うまでになった。
この手で数多の魔族や魔獣を討ったが、思いは晴れない。
ヒルドブランドは安い造りの寝台から下り傍にある窓から空を見上げた。天上を輝かす月は間もなく満月になろうとしている。緩やかな黄金色の光は彫刻のように美しい裸体を照らし、筋肉の隆起を際立たせた。
「もうあれから十五年か……」
十五年、敬愛する従兄に会っていない。彼が十三になったとき、王宮へと招集され宮廷魔術師となった。聖獣の意匠が描かれた黒いローブを纏い、瞬間移動の魔法を発動する姿を見たのが最後だ。彼が王宮へと去った後、日を置かずしてヒルドブランドも去ったので、幼い頃を共に過ごしたあの場所が今どうなっているかわからない。
だがこの月はあの頃と何一つ変わっていない。
今、彼がいる王宮でも同じ月を見ることができるのだろうか。
思いを馳せていると、シーツが僅かに動いた。
「まだ夜だよ、副団長。あれじゃ足んなかった?」
筋肉をバネに身体を起こし、胡座に頬杖を突いてこちらを見るのはバルヒェット辺境伯領で騎士団の小間使いをしている男だ。洗濯や身の回りの世話が仕事だが、騎士団に所属するこの手の男たちは団員の下半身の世話をすることもままある。
ヒルドブランドに男の抱き方を教えたのはこの男だ。
間もなく王宮へ招集されるヒルドブランドと夜を共にするのはこれで最後だろう。
「そんなことはない」
「起きたのってやり足りないからじゃないの? 何だったらまたする?」
「それではお前が明日起き上がれなくなるだろう」
「そんなやわじゃないって」
男も寝台から下り、ネコ科の動物を彷彿とさせる動きでヒルドブランドに近づき、細いがしっかりと筋肉の付いた腕を伸ばしてきた。胸を撫で隆起した腹筋を辿り、寝る僅か前までその中に挿っていた欲望を弄り始める。
「副団長がいなくなると淋しくてダメになりそう」
自分がいなくなればこの男はまた別の団員と夜を共にするだけと知っている。感慨はない。だがまだ若い身体は弄られれば如実に反応を示してしまう。しかも体力のある騎士団員ならなおのことだ。
「あっ、元気になった」
男は嬉しそうに足下にしゃがみ、力を持った欲望を口に入れた。巧みな舌が絡みつき頬張っていく。男を慰めることに長けた手腕に、ヒルドブランドの欲望が堅さを持っていく。完全に勃ち上がるまで口腔で育て、透明な蜜を垂らし始めてからようやく解放した。チュパッと先を吸って濡れた唇のまま、ヒルドブランドを見上げてニヤリと笑った。寝台に手を突き尻を差し出し、揺らめかせた。
「挿れてくれよ」
引き締まった臀部のその奥には男に慣れた蕾がある。散々ヒルドブランドを咥えた後でまだ窄まっていないそこに一息で挿れれば、すぐに嬌声が上がった。声を抑えない男は、感じるままに艶めかしい音を紡ぎ上げ、欲望を貪り続けた。その心地よい締め付けにヒルドブランドも腰の動きを早める。
こうやって声を殺さないのは抱く相手への礼儀ではなく、次の相手への誘惑だ。きっと今の声を聞いた騎士団の誰かは、ヒルドブランドがいなくなった後、この男を抱こうと考えていることだろう。
「え……?」
「あなた専任のコックも来る予定です。今よりも逞しい身体になれば何かが変わるかもしれませんね。安心なさい、バルヒェットの者は皆強靭です」
両親と同じ食卓を囲めない幼い自分に、侍女は時折食事を出さなかったり汚れた服のまま過ごさせたりしているのに気付いてくれていたのか。
「ありがとうございます、母様」
少しでも自分の味方ができる。たったそれだけでも今のヒルドブランドには泣きたくなるほど嬉しいことだった。
エドゼルからも魔法を教えてもらえる。きっとこれからいいことばかりが起こる、そんな予感で胸がいっぱいになった。
そのまま目を閉じ、再び目を開けたヒルドブランドは、暗い小さな部屋にいるのに気付いた。
(またあの夢か……)
己の手を見れば、あの頃には存在しない大きな掌にいくつもの剣だこができている。
結局あれ以来ヒルドブランドの身体に魔力が備わることはなかった。八つになった年、母と共にアインホルン領を出て、バルヒェット辺境伯領へと移った。新たに来た侍女やコックのおかげで身体は大きくなり、それから始めた剣術は見る見るうちに上達し、二十三になった今では副団長の任を担うまでになった。
この手で数多の魔族や魔獣を討ったが、思いは晴れない。
ヒルドブランドは安い造りの寝台から下り傍にある窓から空を見上げた。天上を輝かす月は間もなく満月になろうとしている。緩やかな黄金色の光は彫刻のように美しい裸体を照らし、筋肉の隆起を際立たせた。
「もうあれから十五年か……」
十五年、敬愛する従兄に会っていない。彼が十三になったとき、王宮へと招集され宮廷魔術師となった。聖獣の意匠が描かれた黒いローブを纏い、瞬間移動の魔法を発動する姿を見たのが最後だ。彼が王宮へと去った後、日を置かずしてヒルドブランドも去ったので、幼い頃を共に過ごしたあの場所が今どうなっているかわからない。
だがこの月はあの頃と何一つ変わっていない。
今、彼がいる王宮でも同じ月を見ることができるのだろうか。
思いを馳せていると、シーツが僅かに動いた。
「まだ夜だよ、副団長。あれじゃ足んなかった?」
筋肉をバネに身体を起こし、胡座に頬杖を突いてこちらを見るのはバルヒェット辺境伯領で騎士団の小間使いをしている男だ。洗濯や身の回りの世話が仕事だが、騎士団に所属するこの手の男たちは団員の下半身の世話をすることもままある。
ヒルドブランドに男の抱き方を教えたのはこの男だ。
間もなく王宮へ招集されるヒルドブランドと夜を共にするのはこれで最後だろう。
「そんなことはない」
「起きたのってやり足りないからじゃないの? 何だったらまたする?」
「それではお前が明日起き上がれなくなるだろう」
「そんなやわじゃないって」
男も寝台から下り、ネコ科の動物を彷彿とさせる動きでヒルドブランドに近づき、細いがしっかりと筋肉の付いた腕を伸ばしてきた。胸を撫で隆起した腹筋を辿り、寝る僅か前までその中に挿っていた欲望を弄り始める。
「副団長がいなくなると淋しくてダメになりそう」
自分がいなくなればこの男はまた別の団員と夜を共にするだけと知っている。感慨はない。だがまだ若い身体は弄られれば如実に反応を示してしまう。しかも体力のある騎士団員ならなおのことだ。
「あっ、元気になった」
男は嬉しそうに足下にしゃがみ、力を持った欲望を口に入れた。巧みな舌が絡みつき頬張っていく。男を慰めることに長けた手腕に、ヒルドブランドの欲望が堅さを持っていく。完全に勃ち上がるまで口腔で育て、透明な蜜を垂らし始めてからようやく解放した。チュパッと先を吸って濡れた唇のまま、ヒルドブランドを見上げてニヤリと笑った。寝台に手を突き尻を差し出し、揺らめかせた。
「挿れてくれよ」
引き締まった臀部のその奥には男に慣れた蕾がある。散々ヒルドブランドを咥えた後でまだ窄まっていないそこに一息で挿れれば、すぐに嬌声が上がった。声を抑えない男は、感じるままに艶めかしい音を紡ぎ上げ、欲望を貪り続けた。その心地よい締め付けにヒルドブランドも腰の動きを早める。
こうやって声を殺さないのは抱く相手への礼儀ではなく、次の相手への誘惑だ。きっと今の声を聞いた騎士団の誰かは、ヒルドブランドがいなくなった後、この男を抱こうと考えていることだろう。
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