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第一章 魔力を持たなかった少年 4
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不可能ではないだろうとヒルドブランドは思う。魔力を感じることができないが大人でも読めない魔導書を簡単に、そして悠々と読めてしまう彼なら、もしかしたら史上初の全魔導書読破も不可能ではないような気がする。
(もしそうなったらきっと、ボクは羨ましがらないんだろうな)
誰もなしえないことなら嫉妬は存在しない。彼が特別な人間だったのだと割り切れることができる。幼いヒルドブランドは納得してただ純粋に羨望だけを彼に向けることができるはずだ。
自分に優しい従兄。嫌いになりたくないのにその姿を目にするだけで辛い。でも側にいたい。彼の話にずっと耳を傾けていたい。幼心にエドゼルは誰よりも美しく何よりも強い存在に映っている。そしていつかエドゼルのように属性関係なく様々な魔法を使って彼の隣に立てることを夢見ていた。
現実を直視していない夢だとわかっていても、諦めきれずにいる。
「魔法……使ってみたいな」
本音がころりと唇から零れ、春先の強い風が相手に届く前に掬い取っていく。
魔法が使えたなら……。その願いが叶わないと分かっていても諦められないのは、大好きな従兄に認めてもらいたいからだ。
けれどどうしても嫉妬が混じってしまう自分は、汚い。憧れと嫉妬で幼いヒルドブランドの心はぐちゃぐちゃになる。魔導士になることを諦められれば楽だろうが、周囲がそれを許さないのも分かっている。
自分は魔剣士になるために作り出されたのだから。
(失敗作だけど……)
黒魔法が使える剣士にならなければならないのに、一番重要な魔法を使えなければ意味がない。どちらか一つでも欠けてはいけないのに……。
「大丈夫だよ、ヒルドの願いはきっと叶う」
「……え?」
顔を上げればエドゼルの優しい面に穏やかな笑みが湛えられ、春の柔らかな太陽を背にした姿は、黒いローブを身に纏っているのにとても神々しかった。聞こえてないだろうと思っていた本音は彼の耳に届いていたことにも驚いたが、無理だと一蹴せずに希望を持たせてくれる言葉とその笑みに、ずっと堪えていた涙が一粒零れ落ちた。
「あ……りがっ」
込み上げてくる想いが喉を塞いで言葉がつっかえてしまう。
自分よりも大きいのに白く柔らかい手がゆっくりと頭を撫でた。
「大丈夫。ヒルドブランドはよく頑張っているよ」
ゆっくりとエドゼルの言葉が染み渡って、凍えた心が熱くなっていく。自分に希望を与えてくれる言葉をかけるのは母以外にこの心優しい従兄だけだ。だからこそ、憧れの気持ちがどんどん強く大きくなる。同時に、つまらない嫉妬も影のように広がっていく。
大好きなのに、素直に好きだと言えないくらい心のしこりになっていくのだ。幼くても複雑なヒルドブランドの心が涙を流していく。
「良ければ魔法を教えてあげるよ」
「え……いいの? でも……」
ヒルドブランドは慌てて周囲を見回した。嬉しいがそれよりも先に大人に聞かれやしないかと不安が先に募る。次期領主として皆の期待を一身に背負っているエドゼルの貴重な時間を、なり損ないの自分に使っていると知られたら何を言われるか。そしてその怒りを子供たちを通さず直接ぶつけられるのではないか。
エドゼルはすぐにヒルドブランドの仕草で察したのか、唇を寄せてきた。
「今度、西の森にいこう。あそこならあまり人がいないから」
西の森は凶暴な魔獣が多く、強い魔術の持ち主でなければ足を踏み入れようとはしない。定期的に魔獣駆除のために魔導士団を組んで討伐に当たるが、それでも一向に減りはしないため子供や魔力の弱いものは決して近づかないよう言い渡されているから、エドゼルが言うように領民が来ることは滅多にない。だが危険と隣り合わせである。
分かっていても魔法を教えて貰う魅力は大きく美しくヒルドブランドの心をときめかせた。魔導書を読むことを阻む少年たちがいる限り書庫に入ることが難しい今、縋りつきたかった。
「うん……ありがとうエド」
大きな目を輝かせたヒルドブランドに優しくエドゼルが微笑みかけ金に近い髪を撫でた。
明日を楽しみにし、書庫の後ろに建つ領主の屋敷へと戻った。ヒルドブランドが館に入ったのを見つけた侍女がすぐさまやってきた。
「領主様がお呼びです」
それだけ口にすると、返事も聞かず踵を返した。ヒルドブランドは嘆息した。きっと良いことはない。重い足取りで父の執務室へと赴いた。
挨拶し扉を閉めた。
ドンッ!
強い風魔法を浴びせられたヒルドブランドは腹部を強く圧迫されながら宙を浮き、凄まじい速度で壁に背中を打ち付けた。
週に一度呼び出される父の執務室で、呪文を唱えず繰り出された魔法を直に受けたのだ。
(もしそうなったらきっと、ボクは羨ましがらないんだろうな)
誰もなしえないことなら嫉妬は存在しない。彼が特別な人間だったのだと割り切れることができる。幼いヒルドブランドは納得してただ純粋に羨望だけを彼に向けることができるはずだ。
自分に優しい従兄。嫌いになりたくないのにその姿を目にするだけで辛い。でも側にいたい。彼の話にずっと耳を傾けていたい。幼心にエドゼルは誰よりも美しく何よりも強い存在に映っている。そしていつかエドゼルのように属性関係なく様々な魔法を使って彼の隣に立てることを夢見ていた。
現実を直視していない夢だとわかっていても、諦めきれずにいる。
「魔法……使ってみたいな」
本音がころりと唇から零れ、春先の強い風が相手に届く前に掬い取っていく。
魔法が使えたなら……。その願いが叶わないと分かっていても諦められないのは、大好きな従兄に認めてもらいたいからだ。
けれどどうしても嫉妬が混じってしまう自分は、汚い。憧れと嫉妬で幼いヒルドブランドの心はぐちゃぐちゃになる。魔導士になることを諦められれば楽だろうが、周囲がそれを許さないのも分かっている。
自分は魔剣士になるために作り出されたのだから。
(失敗作だけど……)
黒魔法が使える剣士にならなければならないのに、一番重要な魔法を使えなければ意味がない。どちらか一つでも欠けてはいけないのに……。
「大丈夫だよ、ヒルドの願いはきっと叶う」
「……え?」
顔を上げればエドゼルの優しい面に穏やかな笑みが湛えられ、春の柔らかな太陽を背にした姿は、黒いローブを身に纏っているのにとても神々しかった。聞こえてないだろうと思っていた本音は彼の耳に届いていたことにも驚いたが、無理だと一蹴せずに希望を持たせてくれる言葉とその笑みに、ずっと堪えていた涙が一粒零れ落ちた。
「あ……りがっ」
込み上げてくる想いが喉を塞いで言葉がつっかえてしまう。
自分よりも大きいのに白く柔らかい手がゆっくりと頭を撫でた。
「大丈夫。ヒルドブランドはよく頑張っているよ」
ゆっくりとエドゼルの言葉が染み渡って、凍えた心が熱くなっていく。自分に希望を与えてくれる言葉をかけるのは母以外にこの心優しい従兄だけだ。だからこそ、憧れの気持ちがどんどん強く大きくなる。同時に、つまらない嫉妬も影のように広がっていく。
大好きなのに、素直に好きだと言えないくらい心のしこりになっていくのだ。幼くても複雑なヒルドブランドの心が涙を流していく。
「良ければ魔法を教えてあげるよ」
「え……いいの? でも……」
ヒルドブランドは慌てて周囲を見回した。嬉しいがそれよりも先に大人に聞かれやしないかと不安が先に募る。次期領主として皆の期待を一身に背負っているエドゼルの貴重な時間を、なり損ないの自分に使っていると知られたら何を言われるか。そしてその怒りを子供たちを通さず直接ぶつけられるのではないか。
エドゼルはすぐにヒルドブランドの仕草で察したのか、唇を寄せてきた。
「今度、西の森にいこう。あそこならあまり人がいないから」
西の森は凶暴な魔獣が多く、強い魔術の持ち主でなければ足を踏み入れようとはしない。定期的に魔獣駆除のために魔導士団を組んで討伐に当たるが、それでも一向に減りはしないため子供や魔力の弱いものは決して近づかないよう言い渡されているから、エドゼルが言うように領民が来ることは滅多にない。だが危険と隣り合わせである。
分かっていても魔法を教えて貰う魅力は大きく美しくヒルドブランドの心をときめかせた。魔導書を読むことを阻む少年たちがいる限り書庫に入ることが難しい今、縋りつきたかった。
「うん……ありがとうエド」
大きな目を輝かせたヒルドブランドに優しくエドゼルが微笑みかけ金に近い髪を撫でた。
明日を楽しみにし、書庫の後ろに建つ領主の屋敷へと戻った。ヒルドブランドが館に入ったのを見つけた侍女がすぐさまやってきた。
「領主様がお呼びです」
それだけ口にすると、返事も聞かず踵を返した。ヒルドブランドは嘆息した。きっと良いことはない。重い足取りで父の執務室へと赴いた。
挨拶し扉を閉めた。
ドンッ!
強い風魔法を浴びせられたヒルドブランドは腹部を強く圧迫されながら宙を浮き、凄まじい速度で壁に背中を打ち付けた。
週に一度呼び出される父の執務室で、呪文を唱えず繰り出された魔法を直に受けたのだ。
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