クロムクドリが鳴くまでは

椎名サクラ

文字の大きさ
上 下
5 / 53

第一章 魔力を持たなかった少年 4

しおりを挟む
 不可能ではないだろうとヒルドブランドは思う。魔力を感じることができないが大人でも読めない魔導書を簡単に、そして悠々と読めてしまう彼なら、もしかしたら史上初の全魔導書読破も不可能ではないような気がする。

(もしそうなったらきっと、ボクは羨ましがらないんだろうな)

 誰もなしえないことなら嫉妬は存在しない。彼が特別な人間だったのだと割り切れることができる。幼いヒルドブランドは納得してただ純粋に羨望だけを彼に向けることができるはずだ。

 自分に優しい従兄。嫌いになりたくないのにその姿を目にするだけで辛い。でも側にいたい。彼の話にずっと耳を傾けていたい。幼心にエドゼルは誰よりも美しく何よりも強い存在に映っている。そしていつかエドゼルのように属性関係なく様々な魔法を使って彼の隣に立てることを夢見ていた。

 現実を直視していない夢だとわかっていても、諦めきれずにいる。

「魔法……使ってみたいな」

 本音がころりと唇から零れ、春先の強い風が相手に届く前に掬い取っていく。

 魔法が使えたなら……。その願いが叶わないと分かっていても諦められないのは、大好きな従兄に認めてもらいたいからだ。

 けれどどうしても嫉妬が混じってしまう自分は、汚い。憧れと嫉妬で幼いヒルドブランドの心はぐちゃぐちゃになる。魔導士になることを諦められれば楽だろうが、周囲がそれを許さないのも分かっている。

 自分は魔剣士になるために作り出されたのだから。

(失敗作だけど……)

 黒魔法が使える剣士にならなければならないのに、一番重要な魔法を使えなければ意味がない。どちらか一つでも欠けてはいけないのに……。

「大丈夫だよ、ヒルドの願いはきっと叶う」

「……え?」

 顔を上げればエドゼルの優しい面に穏やかな笑みが湛えられ、春の柔らかな太陽を背にした姿は、黒いローブを身に纏っているのにとても神々しかった。聞こえてないだろうと思っていた本音は彼の耳に届いていたことにも驚いたが、無理だと一蹴せずに希望を持たせてくれる言葉とその笑みに、ずっと堪えていた涙が一粒零れ落ちた。

「あ……りがっ」

 込み上げてくる想いが喉を塞いで言葉がつっかえてしまう。

 自分よりも大きいのに白く柔らかい手がゆっくりと頭を撫でた。

「大丈夫。ヒルドブランドはよく頑張っているよ」

 ゆっくりとエドゼルの言葉が染み渡って、凍えた心が熱くなっていく。自分に希望を与えてくれる言葉をかけるのは母以外にこの心優しい従兄だけだ。だからこそ、憧れの気持ちがどんどん強く大きくなる。同時に、つまらない嫉妬も影のように広がっていく。

 大好きなのに、素直に好きだと言えないくらい心のしこりになっていくのだ。幼くても複雑なヒルドブランドの心が涙を流していく。

「良ければ魔法を教えてあげるよ」

「え……いいの? でも……」

 ヒルドブランドは慌てて周囲を見回した。嬉しいがそれよりも先に大人に聞かれやしないかと不安が先に募る。次期領主として皆の期待を一身に背負っているエドゼルの貴重な時間を、なり損ないの自分に使っていると知られたら何を言われるか。そしてその怒りを子供たちを通さず直接ぶつけられるのではないか。

 エドゼルはすぐにヒルドブランドの仕草で察したのか、唇を寄せてきた。

「今度、西の森にいこう。あそこならあまり人がいないから」

 西の森は凶暴な魔獣が多く、強い魔術の持ち主でなければ足を踏み入れようとはしない。定期的に魔獣駆除のために魔導士団を組んで討伐に当たるが、それでも一向に減りはしないため子供や魔力の弱いものは決して近づかないよう言い渡されているから、エドゼルが言うように領民が来ることは滅多にない。だが危険と隣り合わせである。

 分かっていても魔法を教えて貰う魅力は大きく美しくヒルドブランドの心をときめかせた。魔導書を読むことを阻む少年たちがいる限り書庫に入ることが難しい今、縋りつきたかった。

「うん……ありがとうエド」

 大きな目を輝かせたヒルドブランドに優しくエドゼルが微笑みかけ金に近い髪を撫でた。

 明日を楽しみにし、書庫の後ろに建つ領主の屋敷へと戻った。ヒルドブランドが館に入ったのを見つけた侍女がすぐさまやってきた。

「領主様がお呼びです」

 それだけ口にすると、返事も聞かず踵を返した。ヒルドブランドは嘆息した。きっと良いことはない。重い足取りで父の執務室へと赴いた。

 挨拶し扉を閉めた。

 ドンッ!

 強い風魔法を浴びせられたヒルドブランドは腹部を強く圧迫されながら宙を浮き、凄まじい速度で壁に背中を打ち付けた。

 週に一度呼び出される父の執務室で、呪文を唱えず繰り出された魔法を直に受けたのだ。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【奨励賞】恋愛感情抹消魔法で元夫への恋を消去する

SKYTRICK
BL
☆11/28完結しました。 ☆第11回BL小説大賞奨励賞受賞しました。ありがとうございます! 冷酷大元帥×元娼夫の忘れられた夫 ——「また俺を好きになるって言ったのに、嘘つき」 元娼夫で現魔術師であるエディことサラは五年ぶりに祖国・ファルンに帰国した。しかし暫しの帰郷を味わう間も無く、直後、ファルン王国軍の大元帥であるロイ・オークランスの使者が元帥命令を掲げてサラの元へやってくる。 ロイ・オークランスの名を知らぬ者は世界でもそうそういない。魔族の血を引くロイは人間から畏怖を大いに集めながらも、大将として国防戦争に打ち勝ち、たった二十九歳で大元帥として全軍のトップに立っている。 その元帥命令の内容というのは、五年前に最愛の妻を亡くしたロイを、魔族への本能的な恐怖を感じないサラが慰めろというものだった。 ロイは妻であるリネ・オークランスを亡くし、悲しみに苛まれている。あまりの辛さで『奥様』に関する記憶すら忘却してしまったらしい。半ば強引にロイの元へ連れていかれるサラは、彼に己を『サラ』と名乗る。だが、 ——「失せろ。お前のような娼夫など必要としていない」 噂通り冷酷なロイの口からは罵詈雑言が放たれた。ロイは穢らわしい娼夫を睨みつけ去ってしまう。使者らは最愛の妻を亡くしたロイを憐れむばかりで、まるでサラの様子を気にしていない。 誰も、サラこそが五年前に亡くなった『奥様』であり、最愛のその人であるとは気付いていないようだった。 しかし、最大の問題は元夫に存在を忘れられていることではない。 サラが未だにロイを愛しているという事実だ。 仕方なく、『恋愛感情抹消魔法』を己にかけることにするサラだが——…… ☆描写はありませんが、受けがモブに抱かれている示唆はあります(男娼なので) ☆お読みくださりありがとうございます。良ければ感想などいただけるとパワーになります!

フローブルー

とぎクロム
BL
——好きだなんて、一生、言えないままだと思ってたから…。 高二の夏。ある出来事をきっかけに、フェロモン発達障害と診断された雨笠 紺(あまがさ こん)は、自分には一生、パートナーも、子供も望めないのだと絶望するも、その後も前向きであろうと、日々を重ね、無事大学を出て、就職を果たす。ところが、そんな新社会人になった紺の前に、高校の同級生、日浦 竜慈(ひうら りゅうじ)が現れ、紺に自分の息子、青磁(せいじ)を預け(押し付け)ていく。——これは、始まり。ひとりと、ひとりの人間が、ゆっくりと、激しく、家族になっていくための…。

今世はメシウマ召喚獣

片里 狛
BL
オーバーワークが原因でうっかり命を落としたはずの最上春伊25歳。召喚獣として呼び出された世界で、娼館の料理人として働くことになって!?的なBL小説です。 最終的に溺愛系娼館主人様×全般的にふつーの日本人青年。 ※女の子もゴリゴリ出てきます。 ※設定ふんわりとしか考えてないので穴があってもスルーしてください。お約束等には疎いので優しい気持ちで読んでくださると幸い。 ※誤字脱字の報告は不要です。いつか直したい。 ※なるべくさくさく更新したい。

完結・オメガバース・虐げられオメガ側妃が敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン王から溺愛されました

美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!

君に望むは僕の弔辞

爺誤
BL
僕は生まれつき身体が弱かった。父の期待に応えられなかった僕は屋敷のなかで打ち捨てられて、早く死んでしまいたいばかりだった。姉の成人で賑わう屋敷のなか、鍵のかけられた部屋で悲しみに押しつぶされかけた僕は、迷い込んだ客人に外に出してもらった。そこで自分の可能性を知り、希望を抱いた……。 全9話 匂わせBL(エ◻︎なし)。死ネタ注意 表紙はあいえだ様!! 小説家になろうにも投稿

新しい道を歩み始めた貴方へ

mahiro
BL
今から14年前、関係を秘密にしていた恋人が俺の存在を忘れた。 そのことにショックを受けたが、彼の家族や友人たちが集まりかけている中で、いつまでもその場に居座り続けるわけにはいかず去ることにした。 その後、恋人は訳あってその地を離れることとなり、俺のことを忘れたまま去って行った。 あれから恋人とは一度も会っておらず、月日が経っていた。 あるとき、いつものように仕事場に向かっているといきなり真上に明るい光が降ってきて……? ※沢山のお気に入り登録ありがとうございます。深く感謝申し上げます。

学園の俺様と、辺境地の僕

そらうみ
BL
この国の三大貴族の一つであるルーン・ホワイトが、何故か僕に構ってくる。学園生活を平穏に過ごしたいだけなのに、ルーンのせいで僕は皆の注目の的となってしまった。卒業すれば関わることもなくなるのに、ルーンは一体…何を考えているんだ? 【全12話になります。よろしくお願いします。】

彼の理想に

いちみやりょう
BL
あの人が見つめる先はいつも、優しそうに、幸せそうに笑う人だった。 人は違ってもそれだけは変わらなかった。 だから俺は、幸せそうに笑う努力をした。 優しくする努力をした。 本当はそんな人間なんかじゃないのに。 俺はあの人の恋人になりたい。 だけど、そんなことノンケのあの人に頼めないから。 心は冗談の中に隠して、少しでもあの人に近づけるようにって笑った。ずっとずっと。そうしてきた。

処理中です...