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第一章 魔力を持たなかった少年 1

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「クズがここに来んなっ!」

 甲高い怒声と共に腹を蹴られたヒルドブランドが側にある石の壁に背中をぶつけ床に落ちるのを見て、周りを囲んでいた少年たちは一斉に笑い出した。

「いた……っ」

 痛みを堪えながらも我慢できずに小さな声を漏らしたヒルドブランドに、少年たちの笑い声は一層大きくなり、小さな書庫の中に響き渡った。

 ここはアインホルン領城の敷地内にある領民にとって重要な場所だ。数多の書物が保管されている。魔力を持った領民であれば老若男女問わず訪れることが許され、領城内であれば本を持ち出していいことになっている。人の出入りも多く門番もいる場所なのに、誰もヒルドブランドを助ける者はいなかった。むしろここへ入ってきたことに難色を示すかのような冷ややかな眼差しを送っている。

「お前ら、本だけは傷つけるなよ」

「わかってるよっ」

 門番である領城の兵士ですらヒルドブランドよりも蔵書を気にかけ助けようともしなかった。

 孤立無援であるヒルドブランドは、再び飛んできた足から自分を庇うように両腕を顔の前に交差させ目を固く瞑った。

 こんなことは初めてではない。むしろ書庫を訪れるたびに同年代の誰かに見つかると何かしらの暴言と共に酷い暴力を受けている。殴る蹴るは当たり前で、それよりも酷いこともされている。傷が癒える前に暴力を振るわれるので、ヒルドブランドの身体から傷痕が消えることはない。だがこの場所を訪れない選択肢はヒルドブランドにはなかった。一冊でも読めればと通い続けては同年代の少年たちによって阻止され続けている。

 なぜなら。

「魔力がないお前なんかが来ても意味ねーんだよ」

 唾を吐きつけられ、同時に金色に近い茶色い髪を掴まれた。

「いっ……」

 痛みを訴えれば面白がられるだけだ。分かっていても言葉が漏れてしまう。

 ブチッブチッと何本か毛が抜ける音が聞こえてもヒルドブランドは少年たちの手を振り払うことができなかった。

 同年代の子供の中でも一際小さな体躯で力も弱くては大人数を相手に縮こまるしかない。少しでも痛みを和らげようと引っ張られる方へと身体を動かしながら顔を腕で庇い続けるので精いっぱいだ。

 アインホルン領では魔力は絶対だ。身体の中にある魔力の量によってヒエラルキーが出来上がっているとも言える。なぜならここが世界で唯一の黒魔導士の領地であるからだ。領民は皆たどれば同じ一族に繋がり、聖獣との契約により魔力を持つことを許されている。そしてこの書庫にある蔵書は魔力を持つ者が一定の能力に達すれば読めるよう特殊な魔法がかけられている。

 魔力を持たないヒルドブランドにはどの本も白い紙の束にしか見えず、ここに来ることに意味はない。

 意味はないが、必要はあった。

「領主様の息子だからって魔力がなけりゃここじゃ乞食と変わんねーんだよっ、わかったか」

 また腹を殴られ床に投げ出される。ヒルドブランドは小さな体を丸めひたすら暴力に耐えるしかなかった。

 少年たちの言っていることは間違っていない。

 魔力を持たない者は奴隷と同等の扱いを受けている。たとえ領主の息子であっても変わらない厳格なルール。聖獣より授かった力を持たなければ人と見なされず、どれほどの罵倒や暴力を受けても当然とし例外は存在しない。

 ヒルドブランドがこれほどまでに痛めつけられていても誰も止めないのは、領主の息子でありながら僅かな魔力も持たないことへの失望と怒りが増幅しているからだった。

 領民の誰からも名前で呼ばれないのもその表れだ。

 親から聞き及んでいるのか、子供たちでさえ誰もヒルドブランドの名を呼ばず「クズ」とか「役立たず」「タダ飯ぐらい」と呼び続けている。

(もう慣れた)

 物心ついたころから冷遇されている。侍女ですら虫けらを見るような眼をして致し方なく世話をしてやるという態度を崩さない。

(ボクに魔力がないから……仕方ないんだ)

 父のように誰からも称賛されるほどの魔力を持っていたらこんな扱いも受けず、母へと向ける目も険しくはなかっただろう。

(全部ボクのせいだ)

 悲観して、ただ静かに彼らの興味がよそに向くのを痛みを堪えながら待ち続ける。だが今日は少年たちの興味はヒルドブランドに向かい続けていた。

「オレ、つえー火系魔法覚えたんだ」

「すげーっ、いつの間にだよ」

「昨日かーちゃんとすげー練習したんだ。だからちょっと試したいからこいつ外に連れ出そうぜ」

「いいな、それ! 見せてくれよ」

(うそ……)
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