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『オメガには発情期があり、その頻度は月に一度、一週間ほど続く。発情期にはアルファを誘うフェロモンを出し、それを嗅いだアルファは誘惑に勝てずオメガの意思に反し性行為を行う。発情抑制剤を服用するのはオメガの義務であり、身を守る行為である。また、発情時にフェロモンを放出するうなじや首筋をアルファに噛んでもらい「番」となることで、不特定多数に向けて放出するフェロモンを押さえることが可能である。だが、「番」の解消は容易ではないため、相手を慎重に選ばなければならない。』

 そこまで読むと碧は本を閉じた。一輝に買ってもらったバースの入門図書は、知らないことばかりで埋め尽くされている。

「オメガって不便なんだ……」

 今まで本当になにも知らなかったのだと愕然とする。

「あのお姉さんも、僕がオメガだから欲しいって言ったんだ」

 ではオメガではない碧だったら、興味がなくなるのかと思うと少しだけ不快な気持ちになる。他人から向けられる悪意に慣れていない碧は、悪意に対して鈍感だ。しかも、結婚式の時は別のことに気が向きすぎて顔を覚えるのが精いっぱいだった。

 なら一輝は?

 一輝もオメガだから碧と結婚したのだろうか。

 もしそうだったら、悲しい。

 子供を産むためだけの存在と思われているのとしたら、これほど悲しいものはない。

 碧という人格は全く必要ないような気持になるからだ。

(でも一輝さんは違う……うん、違う)

 もし子供だけが欲しいんだったら、一緒に美術館を巡ってくれたり、碧がなにをしたいのかなんて訊いてくるはずがない。碧が描いたスケッチブックをのぞき見したり、部屋に飾ったりなんて……。ましてや、子供はしばらく作らないなんて言うはずがない。

 だから、大丈夫。一輝はそんな人じゃないと自分に言い聞かせる。

 けれど知った現実はあまりにも衝撃過ぎて途方に暮れる。

(だからお父さんとお母さんはベータのフリをしろって言ったんだ)

 本に書かれていたオメガを襲った悲惨な事例が碧に起こらないように。碧が無事結婚し、その相手と番になるために尽力してくれたのだと感謝すると同時に、その相手が一輝だったことが嬉しい。

 乙女的思想だと思われるだろうが、碧は相手が一輝で本当によかったと思っている。

 ミヤビのような、オメガだから一緒にいたいと思う相手だったらきっと、碧は悲しくて一緒に生活することが苦痛になっていただろう。いや、それ以前に見合いの段階で断るだろう。

 それに……。

 最近どうしても一輝の服に固執してしまう自分の性癖も理解できて安心した。ネスティングというオメガなら当たり前の行為をしているのだけで、それが好きな相手に限定される行為なのだと解ると、自分も一輝が大好きだからしてしまう行動なのかと安心する。

 だから今も、一輝の服を敷き詰めたベッドにゴロンと横たわりながら勉強している。

 一輝のものに囲まれているだけでとても安心する。

(僕、本当に一輝さんのことが好きなんだ……)

 昨日着たシャツに顔を埋めながら、肺一杯に彼の匂いを吸い込む。

「でもそろそろ洗濯しないと……一輝さんが困るよね」

 洗濯してしまったら一輝の匂いがなくなってしまう。どうしたらいいんだろう。

 もっともっと一輝の匂いに包まれていたい。

 でも知られたくない、一輝のパジャマを纏いながらシャツの匂いを嗅いでいるなんて。見られたら恥ずかしくて死にそうだ。

「ちゃんと奥さんやらないと」

 もっと一輝の匂いに包まれていたいという欲求を振り払い、ベッドから降りた。

 碧の誕生日にプレゼントしてもらったフリルがたくさんついた白いエプロンを着けると、主婦スイッチが入る。

 半年かけて家事を教えてくれた先生からお墨付きをもらって独り立ちした碧は、いそいそと家事に励む。名残惜しいが一輝の衣服を洗濯機に入れスイッチを押し、床を磨く。夕食の下準備まで終えて昼食を摂ってからアトリエに引き籠もる。

 家事用のエプロンから絵を描くときのためのエプロンへと付け替えた。これも一輝が油絵具が落ちやすい生地で特注してくれたものだ。なぜか絵画用エプロンもフリルがふんだんに使われているが、着るものに頓着しない碧は一輝からのプレゼントというだけで愛用している。

 隠していたイーゼルを引っ張り出し、その前に座る。

 ずっと色合いにこだわった絵が間もなく完成しようとしていた。

 光彩のバランスを何度も何度も考えて、細部にまでこだわり色々な絵を見ながら調整した初めての人物画だ。

(一輝さんの誕生日に間に合いそうで良かった)

 内緒で描き続けてきた絵を喜んでくれるだろうか。そればかりが気になる。

 今の碧にできるのは家事と絵を描くことだけだから。

 丁寧に丁寧に描き上げていく。大好きな人の姿を映したキャンバスは、自分の絵なのに愛おしさを感じる。

 集中していると時間はいつもあっという間に過ぎていった。

 一歩も家から出ない生活で不健康かもしれないが、碧はただひたすら絵を描いていられる今の生活を気に入っていた。それに一輝から一人での外出を制限されている。必ず誰かと一緒でなければ出かけてはダメだと。必死の形相で約束させられ頷き、その約束を守っている。

 一人で外出をしたことがないから、どうしたらいいか解らないのが本音だ。

「もうこの絵はこれで終わりにしよう」

 どこかで区切りを付けなければ、延々と色を塗りこんでしまいそうで、どんどん自分が思っていたのと変わってしまう。その塩梅をようやく掴み始めいた。

 絵の具がある程度渇くまでしばらく置き、一輝が帰ってくる前にイーゼルごと隠すのだ。すぐには見られない場所に。

 間もなく11月に入ろうとしている日差しは穏やかで、絵の具の大敵である紫外線の厳しさがないのがありがたい。

 碧はまたエプロンを取り換えると、夕食の仕上げに取り掛かろうとした。

 トクン。

「え、なに?」

 トクントクン。

 心臓が急に高鳴り、ブワッと身体が熱くなる。

「風邪……ひいたのかな?」

 熱がどんどん上がっていき、同時に呼吸も荒くなっていく。

「休まなきゃ……その前に病院?」

 けれど、どこに病院があるのかなんてわからない。どうしよう……。

 どうしたらいいのか考えている間もどんどん体温は高くなり、心音が鼓膜を震わすような錯覚に陥る。

 こんなのは初めてだ。

(寝ていればそのうち良くなるかな……)

 碧はフラフラと寝室へ向かった。

 自分で綺麗に整え新しいシーツを敷いたベッドに横たわろうとするより先に、どうしてだろうクローゼットへと向かう。

 大きく開き、その中からどんどん服を取り出してはベッドに投げていく。

 一輝の服ばかりを。

 大きなダブルベッドのシーツが見えなくなるまで服で埋め尽くすと、碧はフラフラとその中に身体を沈めた。

(やっぱり……変だ)

 一輝の匂いを嗅いでいるといつも安心するのに、今日はもっと身体が熱くなっていく。全身がうっすらと汗ばみ、漏れる息までもが熱くなる。

 朝でも、セックスをしている時でもないのに、分身が力を持ち始めていつも一輝を迎え入れる蕾がムズムズしてくる。

 一体自分の身体になにが起きたというのだ。

 未知への恐怖が胸の中を埋め尽くしていく。

(一輝さん……早く帰ってきて……)

 帰ってきた一輝に、いつものように「助けて」と縋ればどうにかしてくれるはずだ。だって今までそうしてずっと碧を助けてきてくれたから。

(助けて……助けて助けて、一輝さん)

 怖くて不安で、熱い身体をギュッと抱きかかえながらひたすら一輝の帰りを待ち続けるしかなかった。

 仕事に行っている一輝と連絡を取る手段はない。あるとすれば……。

 碧はエプロンのポケットに入れたままにしていた携帯を取り出した。

 短いコールの後すぐに慣れ親しんだ声が聞こえる。

『碧様ですか。いかがなさいましたか?』

「一輝さんに、帰ってきてって……」

『天羽様にですね。かしこまりました。体調がすぐれないのですか?』

「急に体が熱くなって……だから……」

『すぐに連絡を取ります。電話を切って今しばらくお待ちください』

 熱い吐息の合間に紡いだ言葉で碧の状況をすぐに察したのか、長く喋らせることなく執事から電話を切る。

 これで待てば、一輝が帰ってきてくれる。

 でも不安でどうにかなってしまいそうだ。

 今までの病気の時とは違った症状に、疼く身体に、碧は悶えるしかなかった。

 特にいつも一輝を受け入れている場所の疼きがすさまじく、じっとなんてしてられない。

(なんで……)

 涙を浮かべながら自分で落ち着かせようとそこに手を伸ばす。

 デニムの感触に阻まれ上手く弄ることができない。

 ボタンを外しジーンズを蹴り落とすと、下着の上からそこを弄ろうとした。

「な……んで?」

 下着がジワリと濡れている。しかも白い蜜のねっとりさではないさらさらしたものだ。

 慌てて下着までもをはぎ取る。

「ぁっ……」

 指で確認しようと伸ばしたら、固いはずのその場所にするりと挿ってしまった。

 じんわりと締め付ける蕾に、碧は堪らなくなった。指を増やし自分でそこを慰め始める。いつも一輝がしてくれるように動かしながら。

 違う。

 これじゃない。

 欲しいのは、もっと固くて熱い、碧を狂わせるもの。

 指なんかじゃ満足できない。

 でも止められない。

 自分の指で慰めながら何度も何度も一輝の名を呼んだ。

 早く帰ってきて、早くここに挿れて。

 そしていつもみたいにいっぱい突いて狂わせて。

 少し弄ったら収まるかもと思っていたが、逆にもっともっと一輝が欲しくなる。早くここに受け入れたくて狂いそうだ。あの固く熱いもので貫かれ、たくさん突いてもらわないと本当におかしくなる。

 でも今、一輝はいない。

 自分がどんどんおかしくなりそうで、碧は啜り泣きながら指で中の感じる場所に触れようとする。

(届かない……やだぁっ)

 もうどうしたらいいんだろう。

(はやく……帰ってきてぇ)

 おかしくなる。頭の中が一輝のことで、一輝とすることでいっぱいになってしまう。覚えたばかりのセックスがしたくて、いっぱいして欲しくて、狂いそうだ。

「かずきさ……はやく……んっ」

 匂いだけじゃもう満足できない。

 乱暴に指を動かしながら、でも満たされない苦しさに悶え続けた。

 だから乱暴にドアを開け一輝が飛び込んでくるまで、玄関の開く音も彼が走ってここへやってくる音も耳には入ってこなかった。フリルがたっぷりとついたエプロンを身に着けたまま下肢を露にし、指で蕾を慰めながらの出迎えになったことにも気付かない。

「碧っ!」

「か……ずきさ……」

 その姿を視界に捉えて、碧はやっと安堵しながらその名を呼んだ。

 大好きな人の名前を。

 身体がおかしくて苦しい、怖い、助けて。

 言うよりも先に、一輝が強く碧を抱きしめた。

「ぁ……」

 この匂いだ。欲しかったのはこの体温だ。

 碧はその耳元にそっと囁いた。

「からだ…熱いの……助けて…」

「……今欲しいものをあげるから待ってて」

 碧を抱きしめたまま、ファスナーの下りる音がする。

 もうすぐだ……。

 碧は自分から大きく足を開いた。

「ぁぁ……んっぃぃ!」

 なんの準備もしないまま、一輝の欲望がずるりと挿ってくる。

 これが欲しかった。ずっと、身体がおかしくなってから。

 ようやく得られた充足感。でもすぐに新たな刺激が欲しくなる。中をぐちゃぐちゃにしていっぱい突いて欲しい。もっと狂わせて欲しい。身体中を一輝でいっぱいにして欲しい。

 挿れられただけでは満たされない。

 それをおねだりする前に欲しいものが与えられた。今までにない激しさで一輝が腰を打ち付けてくる。

「ゃぁぁかずきさぁ……んんっ…ぁぁぁぁぁあ!」

「碧……あおい…」

 いつもなら乱れる碧の様子を「可愛い」とか「もっと感じて」とか言ってくるのに、今日の一輝には余裕がないのか、ずっと碧の名前を呼ぶだけだ。でもそれも心地いい。

 きつく抱きしめられたまま何度も何度も感じる場所を突かれ、碧は甲高い声をあげながらあっけなく遂情する。

 達ったらいつも「気持ちよかったか」と訊いてくるのに、今日はそれをせずに碧の身体を返すと、一番感じる体位でまた激しく碧を啼かせた。

「ぃぃっ……ぁぁぁ」

「あおいっ……愛してる」

「んっ、ぼくも…かずきさっ、すきぃ」

 何度も何度も高い位置から落とされ、蕾が欲望を深くまで咥え込む。その激しさに、絶え間なく中の感じる場所をぐりぐりと擦られて、達ったばかりなのにまた分身が力を持ち始める。でも今日はなにかが違ってる。感じる場所だけではない、深い場所をずんずんと突かれるだけで今までに感じたことのない痺れが湧き上がってくる。

 ジンジンするあの痺れとは違う、もっと大きなものが襲い掛かってくるような感覚に、碧は髪を振り乱した。

「へんなの…くるっ! ゃぁぁぁっ」

 助けて……。

 一輝に縋りつく。

 助けて欲しいけれど、止めて欲しくない。もっとして欲しい気持ちとこのまま続けたら狂ってしまう恐怖とに苛まれ、碧は今までにないほど啼き続けた。

 容赦なく襲い掛かる快楽に、自分がどうなってしまうのかわからないまま、一輝から与えられる激しさを受け止めるしかない。

「ぁぁ……も、おかしくなるっ」

「おかしくなれ……なって私以外のことを考えるな」

 逼迫した一輝の訴えが、どうしてだろう心地よい。この人は本当に自分を欲しがっているのだ。こんななにもない自分なのに、すでに一輝のことしか考えられないのに、どうしてこれほどまで必死に求めるのだろう。カッコよくてなんでもできて優しくて、誰よりも魅力的で選り取り見取りのこの人が、ただひたすらに碧だけを求め続けている。

 大丈夫、自分には一輝だけだから。一輝のこと以外考えられないくらい大好きだから。

 そう伝えたい。

 愛おしい気持ちが胸の中いっぱいになればなるほど、ギュウギュウと欲望を締め付けてしまう。

 締め付ければ一層あの初めての痺れが襲い掛かり、碧を狂わせてくる。どんどんと追い上げられ、逃げられない碧を苛んでいく。

「ゃぁぁ…ぁ……ぃぁぁぁぁぁぁあ!」

 ビクンッと身体が大きく跳ね、視界が真っ白になった。

(なに…これ……)

 遂情とは違う絶頂に身体が固くなり、すぐに一輝を受け入れている場所を中心に痙攣が起きる。なにも考えられないまま、長引く恍惚とした感覚を味わい続ける。

 ひたすら宙に浮いた状態で、今まで知っている遂情の後のスーッと覚める感覚がいつまで経っても来ない。

「ぁ……」

 手足の力が抜けていくのに、ひたすら一輝と繋がった場所だけがきつい収縮を繰り返す。

 達った、はずだ。こんなにも強い快楽なのに、まだ分身は固いまま蜜が吐き出されていない。

「な…んで……?」

 これは、なに?

 こんなにも深い快楽が存在しているのか。

 たっぷりと碧の痙攣を味わった一輝が、碧の両足を下ろすとそのまま腰を動かし始めた。

「ひぃゃぁぁぁぁ」

 今まで達ったら一度リセットのような感覚になっていたのに、蜜を吐き出さない絶頂は冷めないまま、また追い上げられるような状態で、すぐにあの感覚が碧に襲い掛かる。

「ゃぁっまた……おかしくなる……」

 膝立ちになった碧の二の腕を掴み、上体を引き戻しながら腰を打ち付けるスピードを速めていく。

 肉のぶつかる音と、接合部の濡れた音とがまじりあい重なり合い、碧の鼓膜をも犯していくようだ。

 激しく深く打ち付けられ、またすぐに絶頂を迎える。

「ゃぁぁぁっ」

 続けざまの絶頂に、一輝も碧の身体を強く抱きしめたまま、その奥に蜜を迸らせた。痙攣に合わせるように、深い場所に蜜が吐き出される。

「ぁ……」

「もう……我慢できない」

 一輝はそれだけ言うと、露になった碧のうなじに噛みついた。

「ひぃっ!」

 痛いのに電気を流したような痺れが走り、その衝撃で碧も遂情する。

 歯形の残ったうなじをねっとりと舐め上げられる。

「ぁぁ……」

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「他のアルファが君を奪いに来るんじゃないかと……すぐに連絡をくれてありがとう。やっと碧の全部が私のものになった……」

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 親に言われるがままに見合いをして、そのまま交際してとまるで流されているように映るかもしれない。けれど碧はちゃんと選んでいる。一輝との交際を断るチャンスはいくらでもあった。結婚を断ることだってできた。でも、一輝と離れたくない気持ちのほうが大きくて、ずっと傍にいたい想いが強くて、結婚に至ったのだ。

 番のこともちゃんと勉強した。それがなにを意味するのかもわかっている。

「一輝さんの番になれて、嬉しい……」

 だから不安にならないで。

 これから先も一緒にいて。

 ずっとずっと傍にいさせて。

 想いのすべてを言葉に乗せて、愛しい人に伝える。それが夫婦にとって大切なことだから。

 一輝がそんなにも不安になっているなんて気付かない妻だけど、それでもずっと傍にいたい。

「してから訊くのは卑怯だが……番が私でいいのか?」

 一度番になったらもう碧は一輝から離れられない。一輝が抱いてくれなければ狂う身体になってしまった。でもそれでいい。だって、番にならなくてもきっと、一輝に愛されなければ狂ってしまうだろうから。悲しくて悲しくてもう誰とも恋なんてしたくないと思ってしまうだろうから。

「一輝さんがいい……だから離さないで……」

 その身体をきつく抱きしめ、キスをする。

 一輝の服が乱雑に乗ったベッドの上に二人で横たわりながら、何度も、何度も。

「アフターピルを飲もう……まだ碧と二人だけの時間がいい……」

 子供よりも、今は碧だけを慈しみたいと告げられると、嬉しさが募っていく。

「でも……だめ」

 薬を取りに行こうとする一輝を引き留める。

「早く飲まないと……」

「だめ……まだ……して」

 一輝の蜜をたっぷりと受け止めたはずなのに、まだ足りない。

 もっと一輝に抱かれていたい。

 淫らに足を開き、一輝を受け入れていた場所を露にする。たらりと中の蜜が零れ落ちる。

「まだ……欲しいよぉ」

「……まったく、私の奥さんのワガママは可愛いな」

 余裕ができた一輝はふわりと笑い、顔を近づけてきた。

 甘く淫らなキスを受け入れる。

 また気持ちいいことが始まるんだと期待に震えながら。


□■□■□■□■□■□


 五年後。

「新居へようこそ」

 満面の笑みで来客を出迎えた一輝は、それはそれは幸せそうな表情だ。その足元にはまだ幼さの残るドーベルマンとダルメシアンが頑張ってお座りをしている。

 婚約の段階から話題に上がっていた二人の新居がとうとう完成し、今日は菅原家一同を招いたお披露目会だ。

 AMOUビバレッジから程近い場所に建てられた一軒家は、碧が当初から夢見ていた都内の美術館に似た西洋様式となっている。

 出迎えてくれたのが憎い弟婿であったことに、玄と梗は苦虫を噛み潰したような顔になる。

「お義兄さん方、随分と遅かったんですね」

「……仕事が立て込んでいてな」

 嫌味かと怒鳴りたくなるのを我慢しながら、室内へと入っていく。抑えめなロココ様式の室内は、なるほど絵画を飾るのによく似合っている。

 兄たちは「さすが碧は趣味がいいな」と呟き、心の中で夫の趣味は最悪だがと毒づく。なんでこんな軽薄下半身緩めな男がいいのか。しかも結婚してから五年もの間、離婚話どころかケンカ一つせずオシドリ夫婦などと呼ばれているのが気に食わない。

 一輝がとことんまで気に入らない兄たちは、案内する彼の言葉に耳を傾けず、そそくさとリビングがあるであろう場所に向かうと早々に愛しい弟を見つける。

「碧、会いたかったよー」

「元気だったか、なかなか会いに来られなくてすまなかった」

 久しぶりに会った可愛い末弟は、二十歳を超えているのに未だ幼い印象が残るふんわりとした雰囲気を持ったまま、内装に合わせたソファに座っていた。

「兄さんたちも来てくれたんだ」

 フワリと微笑まれ、それだけで兄たちの相好が崩れる。

 ロココ調の長ソファに座る末弟の元へと近づこうとするが、すぐさまよく訓練された犬が二人の行く手を阻み、その間に憎い男が弟の隣に腰かける。

「あっ」

 なぜおまえがそこに、さも当たり前のような顔をして座るんだ。しかも馴れ馴れしく碧の腰に手を回して……。この場に碧や第三者がいなければ思いっき殺処分していたことだろう。

 二人が番になったことで憤怒のあまり失神した兄たちである、可愛い末弟を奪った一輝が未だに憎くてしょうがなかった。

 しかし、二人はそれをぐっと飲みこむ。同じ部屋の中に実母がいるからだ。

 菅原製薬の陰の支配者であり、菅原家の絶対的権力者には、二人とも太刀打ちができない。

 なぜ見合い相手に一輝を選んだのかを訊いたことがある。品行方正とは言い難いこの男が碧の相手というだけで大反対だったから。

 だが母の返事にぐうの音も出なかった。

「セックスが下手な男よりも上手なほうが幸せよ」

 まさか、下半身だけで選ばれたのかと愕然とする一方、俯き小さくなる父の背中が痛ましかった。

 すべてを悟った兄たちはそれ以降、一輝に個人的な嫌がらせはするものの、表立って何かを言うことはなかった。

 その一輝を選んだ母と弟を前に、本人を糾弾できず、とりあえずソファに腰かけた。

「あのね、今日はみんなにお知らせがあるんだ」

「なんだい。教えてくれ」

 理解のある兄の表情を浮かべる。

 一輝と碧がお互いの顔を見合わせて幸せそうに「うふふ」と笑うのが気に食わないが。

「子供が出来ました。しかも双子です!」

 意気揚々と報告した一輝に兄たちは真っ白になるほど固まり、両親はもろ手を上げて喜んだ。

「まぁまぁまぁ。初孫ね。予定日はいつ? 里帰り出産にするわよね、当然。あぁ名前はどうしましょう」

「とうとうおじいちゃんか……いやぁこれはめでたい!」

「まだ安定期に入ってないの? すぐにお手伝いさんを寄越すわ。乳母の手配もしなくちゃ。いい碧、入選したばかりだけど、しばらくは油絵を描くのはやめなさい。赤ちゃんにどんな影響があるか解らないからね」

 早速お爺ちゃんお祖母ちゃんモードになった両親とは反対に、兄たちは怒りに我を忘れた。

「おまっ、碧と子作り……がーーーーー!」

「碧は妊娠するようなはしたない子じゃない! 僕の碧を返せ!」

「お義兄さんたちも早く結婚してご両親を安心させてくださいよ、あっはっはっは」

 二人に揺すぶられても、一輝は幸せそうに笑うばかりだ。その横で相変わらず碧は兄たちと夫は仲がいいなと微笑ましく見守っている。

「性別がわかったらすぐに連絡してね。女の子なら豪華な雛人形を買わないと」

「パパさんたちも同じ事言ってた」

 さらりと息子からそんな報告を受けた母は一気にババスイッチが入る。孫のこととなると人間、特に祖父母というものはおかしくなるらしい。

 近い将来、天羽家と菅原家でジジバババトルが展開されるがそれはまた別の話。

 新しい家の中で家族の賑やかしい声が響くリビングの壁には、この家のあるじがソファに横たわり光を浴びながら午睡を貪っている温かな絵が飾られていた。
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