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本編95
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可愛い娘をむざむざ悪漢の前に差し出そうとする父親はそういないだろう。自分とユリウスの愛の結晶であるソーマが可愛くて仕方ないコルネリウスは、ソーマと離したらザームエルの興味がまた王宮の女官に移るだろうと踏んでいたが、あれからピタリと大人しくなっているのを気味悪がってもいた。二人きりの時間を過ごしていたから、ソーマに興味を覚えて手を出したに過ぎないと踏んでいたコルネリウスにとって、ザームエルの最近の素行は驚愕に値していた。
だが、有能な父はそれを愛息子に伝えはしなかった。
それで絆されて受け入れられては困る。
なにせ、今までが最悪だったのだから。
王宮の問題児にわざわざ自分の息子を差し出す必要はない。
決めるのはソーマだと解っていても、なんとなく阻止する方向で動いてしまうのが親心である。
「コルネリウス、それは君の感情だろう。僕は一度ソーマに王子の気持ちを知ってもらったほうが良いと思うよ」
「そうか? 私は反対だ」
「相変わらず頑固だね。でも君の意見は聞かないよ。偏っているからね」
「なっ!」
「大事なのはソーマが自分で考え決めるということだ」
「………………」
最愛の妻に断言されては、冷血宰相と呼ばれたコルネリウスでも押し黙るしかなかった。
「考え決めるのはソーマだよ。分かっているね」
優しく、だがそこはかとなく重い言葉にソーマはカトラリーを持つ手を止めた。
「……僕が決めないとダメなのかな?」
「当たり前だろう、お前の人生なんだから」
「そう……なんだよね」
「ソーマ、考える時間は正直、あまりないからね」
「え?」
それはどういう意味だろうか。
だが、ユリウスはそれだけ言うと席を立った。
「コルネリウスも早くしないと出発の時間になるよ」
「あ……あぁ、分かった」
一人食堂に残されたソーマは、何から手を付けていいのか分からないこんがらがった頭のまま、とにかくザームエルに会おうと思った。
返事をしてすぐにザームエルは宰相の館を訪れた。仕事はと訊くのが無粋なほど、ひどく憔悴している。
「どうしたの、ザームエルっ!」
玄関で出迎えたソーマはあまりの顔色に、神妙だった感情が吹き飛んだ。王宮で以前と同じ生活をしているはずなのに、なぜこんなにも酷い顔をしているのだろう。
「ソーマ……」
「大丈夫? どうしたの、ザームエル」
駆け寄りその頬を撫でる。いつも自信満々で気位が高く余裕のある態度のザームエルはそこにはいなかった。ただ縋るようにソーマを見つめるだけだ。
「……会いたかった」
力なく抱き着いてくるザームエルの好きなようにさせながら、リビングへと誘導していく。
「なんでこんなになっちゃったの?」
ソファに腰かけさせ、隣に座った。そうしないと今にも死にそうな気がしたからだ。
ザームエルはソーマの身体を抱きしめ、肺一杯にその匂いを吸い込むように髪に顔を埋めた。
「ソーマだ……会いたかった。あの時、なぜ逃げた」
「ぁ……ごめん」
逃げ出す直前に見たザームエルの泣きそうな顔がまた、フラッシュバックする。自分に向けて伸ばした手、悲痛な声。それを簡単に振り切った自分なのに、ザームエルは怒鳴り怒るどころか、必死でしがみつくように抱きしめてくる。
だがこのやつれ様は一日二日でできるものではない。もしかしてと思い訊ねてみた。
「王都に戻ってからちゃんとご飯食べてる?」
「あぁ……そういえばまともに摂っていなかったな。眠っても、隣にソーマがいなくて起きてしまう」
だが、有能な父はそれを愛息子に伝えはしなかった。
それで絆されて受け入れられては困る。
なにせ、今までが最悪だったのだから。
王宮の問題児にわざわざ自分の息子を差し出す必要はない。
決めるのはソーマだと解っていても、なんとなく阻止する方向で動いてしまうのが親心である。
「コルネリウス、それは君の感情だろう。僕は一度ソーマに王子の気持ちを知ってもらったほうが良いと思うよ」
「そうか? 私は反対だ」
「相変わらず頑固だね。でも君の意見は聞かないよ。偏っているからね」
「なっ!」
「大事なのはソーマが自分で考え決めるということだ」
「………………」
最愛の妻に断言されては、冷血宰相と呼ばれたコルネリウスでも押し黙るしかなかった。
「考え決めるのはソーマだよ。分かっているね」
優しく、だがそこはかとなく重い言葉にソーマはカトラリーを持つ手を止めた。
「……僕が決めないとダメなのかな?」
「当たり前だろう、お前の人生なんだから」
「そう……なんだよね」
「ソーマ、考える時間は正直、あまりないからね」
「え?」
それはどういう意味だろうか。
だが、ユリウスはそれだけ言うと席を立った。
「コルネリウスも早くしないと出発の時間になるよ」
「あ……あぁ、分かった」
一人食堂に残されたソーマは、何から手を付けていいのか分からないこんがらがった頭のまま、とにかくザームエルに会おうと思った。
返事をしてすぐにザームエルは宰相の館を訪れた。仕事はと訊くのが無粋なほど、ひどく憔悴している。
「どうしたの、ザームエルっ!」
玄関で出迎えたソーマはあまりの顔色に、神妙だった感情が吹き飛んだ。王宮で以前と同じ生活をしているはずなのに、なぜこんなにも酷い顔をしているのだろう。
「ソーマ……」
「大丈夫? どうしたの、ザームエル」
駆け寄りその頬を撫でる。いつも自信満々で気位が高く余裕のある態度のザームエルはそこにはいなかった。ただ縋るようにソーマを見つめるだけだ。
「……会いたかった」
力なく抱き着いてくるザームエルの好きなようにさせながら、リビングへと誘導していく。
「なんでこんなになっちゃったの?」
ソファに腰かけさせ、隣に座った。そうしないと今にも死にそうな気がしたからだ。
ザームエルはソーマの身体を抱きしめ、肺一杯にその匂いを吸い込むように髪に顔を埋めた。
「ソーマだ……会いたかった。あの時、なぜ逃げた」
「ぁ……ごめん」
逃げ出す直前に見たザームエルの泣きそうな顔がまた、フラッシュバックする。自分に向けて伸ばした手、悲痛な声。それを簡単に振り切った自分なのに、ザームエルは怒鳴り怒るどころか、必死でしがみつくように抱きしめてくる。
だがこのやつれ様は一日二日でできるものではない。もしかしてと思い訊ねてみた。
「王都に戻ってからちゃんとご飯食べてる?」
「あぁ……そういえばまともに摂っていなかったな。眠っても、隣にソーマがいなくて起きてしまう」
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