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本編73
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やっちゃった……。
竜の洞窟で屈強な兵たちが土煙を上げながら自分に襲い掛かってきた場面が脳裏に浮かぶ。
絶対に魔法だけは使わないようにしようと決めていたはずなのに……。
なにせ、ソーマの魔法は魅了だ。魅了、それは人の心をすっかりひきつけて、うっとりさせてしまうこと。ついでにソーマの場合は、襲われる可能性が異様に上がってしまうオプション付きだ。こんな汚らしい男に好かれるのは嫌だ。でも放ってしまった魔法を取り消す方法がわからない。
恐る恐る男を見る。魔法を撃ち込まれたばかりで、ギラギラとした目を大きく見開いている。
(今のうちに逃げよう……)
「おじゃましました」
そっと寝台を降りて扉へと向かう。どうかこのまま動かないでいますようにと願いながら。扉に手をかけ、だがその前に相手が振り返った。
「ぅわっ!」
いっちゃった目をした大男がどんどん迫ってくる。
「ぎゃぁぁぁぁぁぁ!」
「女神様っ! 今までの悪行のすべてを懺悔します!」
「はい?」
狂ったように迫られるのかと思いきや、山賊の親分はいきなりソーマの足元にしゃがみ込み、床に額をくっつけた。
「あれ?」
予想していたのとは違った展開に、ソーマは一瞬にして怯えた。今にも足にすがってきそうな巨体を蹴って逃げ出したい。だが扉に張り付いていると解かる、外に山賊たちが聞き耳を立てるためにべったりとくっついていると。ちょっとやそっとじゃ開くことなんてできないし、目の前の状況もメチャクチャ怖い。なんでいきなり女神様とか言い出すのこの人……いや、襲われるのも嫌だけど、変な宗教みたいに潤んだ目で見つめられるのもすっごく嫌だ。
「あ……その…改心したならいいんじゃない、かな? うん、改心は大切だよ」
適当なことを口に出してみる。あまりの適当さに自分でも不安になるが、魔法をかけられた盗賊の親分は、神託を与えられたように目を輝かせた。
「ありがとうございます女神さまっ!」
「あ……その、女神じゃないんだけど……」
だからといって、竜王をこの姿では名乗れない。
(やられなかっただけましって思ったほうが良いのかな?)
だったら、このままこいつの神を演じてやろうじゃないか。ちょっとだけ恐怖が消えたソーマは、父が言うように魔法をかけられた人間が自分の言うことを聞くかどうか実験しようと思い始めた。
まずは……。
「あの……水貰ってもいいかな?」
「へいっ!」
山賊の親分はぐぁっと起き上がると、ソーマの後ろに向かって大声をぶつけた。
「今すぐ水もってこいや!」
「すぐもってきやすっ!」
バタバタと遠のいていく足音。そして待たずにすぐに樽に入った水が運び込まれた。
「いや、こんなにいっぱいは申し訳ないよ」
「女神様のもんです! 全部飲んでくれてかまわねーです」
「そう……じゃあコップに汲むね」
ソーマはコップで水を掬うと、駆けつけ一杯とばかりに飲み干していった。
「はぁ……」
やっと人心地就いた。落ち着いたと同時に、少しだけ心に余裕ができ、山賊の親分の部屋の椅子に腰かけると、向かいに彼を座らせた。
竜の洞窟で屈強な兵たちが土煙を上げながら自分に襲い掛かってきた場面が脳裏に浮かぶ。
絶対に魔法だけは使わないようにしようと決めていたはずなのに……。
なにせ、ソーマの魔法は魅了だ。魅了、それは人の心をすっかりひきつけて、うっとりさせてしまうこと。ついでにソーマの場合は、襲われる可能性が異様に上がってしまうオプション付きだ。こんな汚らしい男に好かれるのは嫌だ。でも放ってしまった魔法を取り消す方法がわからない。
恐る恐る男を見る。魔法を撃ち込まれたばかりで、ギラギラとした目を大きく見開いている。
(今のうちに逃げよう……)
「おじゃましました」
そっと寝台を降りて扉へと向かう。どうかこのまま動かないでいますようにと願いながら。扉に手をかけ、だがその前に相手が振り返った。
「ぅわっ!」
いっちゃった目をした大男がどんどん迫ってくる。
「ぎゃぁぁぁぁぁぁ!」
「女神様っ! 今までの悪行のすべてを懺悔します!」
「はい?」
狂ったように迫られるのかと思いきや、山賊の親分はいきなりソーマの足元にしゃがみ込み、床に額をくっつけた。
「あれ?」
予想していたのとは違った展開に、ソーマは一瞬にして怯えた。今にも足にすがってきそうな巨体を蹴って逃げ出したい。だが扉に張り付いていると解かる、外に山賊たちが聞き耳を立てるためにべったりとくっついていると。ちょっとやそっとじゃ開くことなんてできないし、目の前の状況もメチャクチャ怖い。なんでいきなり女神様とか言い出すのこの人……いや、襲われるのも嫌だけど、変な宗教みたいに潤んだ目で見つめられるのもすっごく嫌だ。
「あ……その…改心したならいいんじゃない、かな? うん、改心は大切だよ」
適当なことを口に出してみる。あまりの適当さに自分でも不安になるが、魔法をかけられた盗賊の親分は、神託を与えられたように目を輝かせた。
「ありがとうございます女神さまっ!」
「あ……その、女神じゃないんだけど……」
だからといって、竜王をこの姿では名乗れない。
(やられなかっただけましって思ったほうが良いのかな?)
だったら、このままこいつの神を演じてやろうじゃないか。ちょっとだけ恐怖が消えたソーマは、父が言うように魔法をかけられた人間が自分の言うことを聞くかどうか実験しようと思い始めた。
まずは……。
「あの……水貰ってもいいかな?」
「へいっ!」
山賊の親分はぐぁっと起き上がると、ソーマの後ろに向かって大声をぶつけた。
「今すぐ水もってこいや!」
「すぐもってきやすっ!」
バタバタと遠のいていく足音。そして待たずにすぐに樽に入った水が運び込まれた。
「いや、こんなにいっぱいは申し訳ないよ」
「女神様のもんです! 全部飲んでくれてかまわねーです」
「そう……じゃあコップに汲むね」
ソーマはコップで水を掬うと、駆けつけ一杯とばかりに飲み干していった。
「はぁ……」
やっと人心地就いた。落ち着いたと同時に、少しだけ心に余裕ができ、山賊の親分の部屋の椅子に腰かけると、向かいに彼を座らせた。
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