上 下
33 / 111

本編30

しおりを挟む
「王都以外のところだったら、どこでもこんな夜空が見えるんじゃない?」

「そうなのか。私は王都を離れるのは初めてだからな」

「そうだったんだ。やっぱり帰ったほうが良いよ、きっと王都よりも不便だよ、ここ」

「かもしれないな。あそこはなんでもあってすぐに手に入る。だが、王都にはソーマがいない。私はここのほうが良い」

 子供のように星空を眺めていた顔が、優しい表情のまま微笑みかけてくる。

 もし、ソーマが男ではなかったら、きっとロマンティックな光景と王子の微笑みに、顔を赤めたことだろう。残念ながら、色事にとことん疎いソーマはドキドキすらしなかった。感情面ですらすれ違っている二人であった。

「まぁ遅いし、今日は泊めてあげるよ。明日になったら帰ってね」

「なぜそんなにしてまで、私を帰そうとするのだ」

「だって、僕が一緒に住みたいのは可愛い女の子だもん。男じゃないよ」

「なに? あれは私を欲していたのではなかったのか。王都で一番美しいものを差し出せと言ったではないか」

「だーかーらっ、女の子だって何度も言ったのに、ザームエルが聞く耳持たなかったんじゃないか」
 もういいよ、疲れた。

 ソーマは不毛なやり取りを強引に終わらせると、竜の屋敷へと入っていった。朝、思い付きで旅立ったから色々と汚していったが、有能な家事魔法はそのすべてを綺麗に清め、いつものように清潔な館へと戻っていた。

「ここがソーマの家か」

「好きな部屋を使っていいよ。ご飯できているかな?」

 朝食以降何も食べていないソーマはぐったりしていた。もうお腹が空きすぎて死にそう……ではなかった。なぜかあまり食欲がない。

 きっと疲れているからだ。身体ではなく精神が。

 だって、ザームエルとずっと無益なやり取りをしてきたからと自分を納得させた。

 だが習慣で食堂へと足を運ぶ。今日やってきたであろう兎が見事に調理されテーブルに乗っていた。

「なんだ、この館には使用人がいるのか」

 人の気配が全くないのに、ホカホカの料理がテーブルに乗っていることに驚いているザームエルに、初めて自分がここに来た日の驚きを彷彿とさせた。ソーマも同じだったからだ、自分以外に誰かいるのではないかと屋敷中探し回ったのだ。石板に種明かしをされひどく落ち込んでしまった。

 だが、自分だけじゃなかったのだ。良かった良かった。

「ザームエルもお腹空いたでしょ。一緒に食べよう」

「ああ、そうだな」

 席に着くと、自動的に取り分けられた肉が、誰の手もないまま宙を浮き皿に乗っていく。

「なんだこれはっ! 幽霊でも住んでいるのか!?」

「違うよ。これは魔法だよ。この館全部にいろんな魔法がかかっていて、全部やってくれるようになっているんだ」

「なんだそれは……宮廷魔法使いですらそんなことができないぞ」

「うん、まぁ僕の魔法じゃないけど。ここに住んでいた竜たちがどんどんいろんな魔法をかけていってこうなったんだ」

「……便利だな」

「美味しいから食べてよ」

 不安そうなザームエルを促し、ソーマは最近覚えたばかりのテーブルマナーに則ってフォークとナイフを扱っていく。まだ慣れず、フォークの先を皿の底まで刺してしまう。昔からの癖がどうしても抜けきらず、上手くできない。

 カトラリーに四苦八苦するソーマに、テーブルマナーなど生まれた時から身についていてもおかしくない王族のザームエルは、不快に思う前に微笑ましそうにそれを眺めた。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!

梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!? 【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】 ▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。 ▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。 ▼毎日18時投稿予定

平凡なSubの俺はスパダリDomに愛されて幸せです

おもち
BL
スパダリDom(いつもの)× 平凡Sub(いつもの) BDSM要素はほぼ無し。 甘やかすのが好きなDomが好きなので、安定にイチャイチャ溺愛しています。 順次スケベパートも追加していきます

異世界転移してΩになった俺(アラフォーリーマン)、庇護欲高めα騎士に身も心も溶かされる

ヨドミ
BL
もし生まれ変わったら、俺は思う存分甘やかされたい――。 アラフォーリーマン(社畜)である福沢裕介は、通勤途中、事故により異世界へ転移してしまう。 異世界ローリア王国皇太子の花嫁として召喚されたが、転移して早々、【災厄のΩ】と告げられ殺されそうになる。 【災厄のΩ】、それは複数のαを番にすることができるΩのことだった――。 αがハーレムを築くのが常識とされる異世界では、【災厄のΩ】は忌むべき存在。 負の烙印を押された裕介は、間一髪、銀髪のα騎士ジェイドに助けられ、彼の庇護のもと、騎士団施設で居候することに。 「αがΩを守るのは当然だ」とジェイドは裕介の世話を焼くようになって――。 庇護欲高め騎士(α)と甘やかされたいけどプライドが邪魔をして素直になれない中年リーマン(Ω)のすれ違いラブファンタジー。 ※Rシーンには♡マークをつけます。

【完結】別れ……ますよね?

325号室の住人
BL
☆全3話、完結済 僕の恋人は、テレビドラマに数多く出演する俳優を生業としている。 ある朝、テレビから流れてきたニュースに、僕は恋人との別れを決意した。

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

小悪魔系世界征服計画 ~ちょっと美少年に生まれただけだと思っていたら、異世界の救世主でした~

朱童章絵
BL
「僕はリスでもウサギでもないし、ましてやプリンセスなんかじゃ絶対にない!」 普通よりちょっと可愛くて、人に好かれやすいという以外、まったく普通の男子高校生・瑠佳(ルカ)には、秘密がある。小さな頃からずっと、別な世界で日々を送り、成長していく夢を見続けているのだ。 史上最強の呼び声も高い、大魔法使いである祖母・ベリンダ。 その弟子であり、物腰柔らか、ルカのトラウマを刺激しまくる、超絶美形・ユージーン。 外見も内面も、強くて男らしくて頼りになる、寡黙で優しい、薬屋の跡取り・ジェイク。 いつも笑顔で温厚だけど、ルカ以外にまったく価値を見出さない、ヤンデレ系神父・ネイト。 領主の息子なのに気さくで誠実、親友のイケメン貴公子・フィンレー。 彼らの過剰なスキンシップに狼狽えながらも、ルカは日々を楽しく過ごしていたが、ある時を境に、現実世界での急激な体力の衰えを感じ始める。夢から覚めるたびに強まる倦怠感に加えて、祖母や仲間達の言動にも不可解な点が。更には魔王の復活も重なって、瑠佳は次第に世界全体に疑問を感じるようになっていく。 やがて現実の自分の不調の原因が夢にあるのではないかと考えた瑠佳は、「夢の世界」そのものを否定するようになるが――。 無自覚小悪魔ちゃん、総受系愛され主人公による、保護者同伴RPG(?)。 (この作品は、小説家になろう、カクヨムにも掲載しています)

異世界転移して美形になったら危険な男とハジメテしちゃいました

ノルジャン
BL
俺はおっさん神に異世界に転移させてもらった。異世界で「イケメンでモテて勝ち組の人生」が送りたい!という願いを叶えてもらったはずなのだけれど……。これってちゃんと叶えて貰えてるのか?美形になったけど男にしかモテないし、勝ち組人生って結局どんなん?めちゃくちゃ危険な香りのする男にバーでナンパされて、ついていっちゃってころっと惚れちゃう俺の話。危険な男×美形(元平凡)※ムーンライトノベルズにも掲載

異世界転生先でアホのふりしてたら執着された俺の話

深山恐竜
BL
俺はよくあるBL魔法学園ゲームの世界に異世界転生したらしい。よりにもよって、役どころは作中最悪の悪役令息だ。何重にも張られた没落エンドフラグをへし折る日々……なんてまっぴらごめんなので、前世のスキル(引きこもり)を最大限活用して平和を勝ち取る! ……はずだったのだが、どういうわけか俺の従者が「坊ちゃんの足すべすべ~」なんて言い出して!?

処理中です...