上 下
32 / 111

本編29

しおりを挟む
 女神なんかじゃないよと言っているのに、どうしてか相手の耳に入らないようだ。

 困った。なぜこんなことになってしまったのだろう。できるなら綺麗な女の子をお迎えしてすぐにでも竜の館に招こうと思ったのに。やはり自分には可愛いお嫁さんなんて来てもらえないのだろうか。

 しかも洞窟で変な男と二人きりだ。

 押し問答にもならない一方的な主張で近づいて来られたら、怖い以外の感想はない。

「あの、本当に王都に帰らなくていいの? 王子様なんでしょ?」

「なんだ、私と一緒では何か不都合があるのか? ソーマが望むなら王子などやめてもいいのだ」

「止める必要とかないんじゃないかな? でもお仕事が待ってるよ、きっと……多分」

「なに、気にするな。今の私にとってソーマとの時間が一番大切なのだ」

 大切にしていただかなくて結構です。むしろお帰りいただきたいです。

 だが所詮元村人、はっきり言ってはいけないルールが身についているせいで、なんとか遠回しに追い出そうと試みる。

「お城でザームエルのことを待ってる人たちがいっぱいいるんじゃないの?」

 兵士とか、ご両親とか、ご兄弟とか。

 そう続けようと思ったのに、なぜか意外な言葉がザームエルから飛び出した。

「私が今まで相手をした宮中のどの女官よりお前のほうが美しい。きっとソーマは私の運命の相手なのだろう」

「はい?」

 今まで相手をしたとはどういう意味だろう……。

「それって……」

「恋多き男として王都で名を馳せてきたが、これからは心に決めたお前とともにこの人生を全うしよう」

「恋多き男って……え、もしかして」

「なんだ、嫉妬してくれるのか?」

 嬉しそうにニヤついた顔を近づけてきた。

「違うって……そんな意味じゃなくて」

「恥ずかしがることはない。今までの相手はきっとソーマを慈しむための練習台に過ぎない。お前が妬くことなど何もない。目の前に美しい人がいて、他に目を向ける暇などない」

 何を言っているのかさっぱりわかりません。

 石板や本で勉強してきたが、こんなことは記されてはいない。

 当然だ。元々竜族は嗜みを大切にしてきた一族だ。性的なことは当然のこと、恋のハウツーすら記載されていない。しかも、そういった本を手元に置いておくことすらも恥じていた。初心なソーマに、恋愛のスペシャリストであるザームエルの意図など分かるはずもなかった。

 追い詰められ、とうとう石板まで辿り着いたソーマはバランスを崩し、後ろへと転がっていった。

「ソーマ!」

 慌てて転がっていくソーマを追いかけていったザームエルは、共に壁の向こうへと吸い込まれていった。

「なっ!」

 仄明るい洞窟と違って、満天の星空と王都では見られない明るい月明かりに感嘆した。

「なんと美しい……」

「いたたたたっ。あーあ、せっかくの新しい服が汚れちゃったよ」

 忙しなく女官の寝所を移動するだけの夜を過ごしていたザームエルが、滅多に目にすることがなかった美しい夜空に見惚れている横で、ソーマは立ち上がり埃を落としていった。

「凄いな……」

「そう? むしろ僕はこれしか知らないから」

 夜になれば満天の星空に、何よりもひときわ輝く月なんて当たり前だ。森の中にいれば星の位置を確認して今自分がいるほう場所を認識するし、月の満ち欠けで野菜の収穫の時期を判断する。それが村人というものだ。だが、王子は違うのだろう。

「王都では違うの?」

「違うな……夜でも夜盗が出ないよう燈を灯さなければならないから。夜空というのはこれほどまでに美しいのか」

 村では夜盗よりも野菜を盗み食いに来る猪のほうが大問題だ。火を灯すより犬を飼ったほうが建設的だ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

転生したら本でした~スパダリ御主人様の溺愛っぷりがすごいんです~

トモモト ヨシユキ
BL
10000回の善行を知らないうちに積んでいた俺は、SSSクラスの魂として転生することになってしまったのだが、気がつくと本だった‼️ なんだ、それ! せめて、人にしてくれよ‼️ しかも、御主人様に愛されまくりってどうよ⁉️ エブリスタ、ノベリズムにも掲載しています。

変態村♂〜俺、やられます!〜

ゆきみまんじゅう
BL
地図から消えた村。 そこに肝試しに行った翔馬たち男3人。 暗闇から聞こえる不気味な足音、遠くから聞こえる笑い声。 必死に逃げる翔馬たちを救った村人に案内され、ある村へたどり着く。 その村は男しかおらず、翔馬たちが異変に気づく頃には、すでに囚われの身になってしまう。 果たして翔馬たちは、抱かれてしまう前に、村から脱出できるのだろうか?

【完結】異世界から来た鬼っ子を育てたら、ガッチリ男前に育って食べられた(性的に)

てんつぶ
BL
ある日、僕の住んでいるユノスの森に子供が一人で泣いていた。 言葉の通じないこのちいさな子と始まった共同生活。力の弱い僕を助けてくれる優しい子供はどんどん大きく育ち――― 大柄な鬼っ子(男前)×育ての親(平凡) 20201216 ランキング1位&応援ありがとうごございました!

光る穴に落ちたら、そこは異世界でした。

みぃ
BL
自宅マンションへ帰る途中の道に淡い光を見つけ、なに? と確かめるために近づいてみると気付けば落ちていて、ぽん、と異世界に放り出された大学生が、年下の騎士に拾われる話。 生活脳力のある主人公が、生活能力のない年下騎士の抜けてるとこや、美しく格好いいのにかわいいってなんだ!? とギャップにもだえながら、ゆるく仲良く暮らしていきます。 何もかも、ふわふわゆるゆる。ですが、描写はなくても主人公は受け、騎士は攻めです。

ヒロイン不在の異世界ハーレム

藤雪たすく
BL
男にからまれていた女の子を助けに入っただけなのに……手違いで異世界へ飛ばされてしまった。 神様からの謝罪のスキルは別の勇者へ授けた後の残り物。 飛ばされたのは神がいなくなった混沌の世界。 ハーレムもチート無双も期待薄な世界で俺は幸せを掴めるのか?

転移したらなぜかコワモテ騎士団長に俺だけ子供扱いされてる

塩チーズ
BL
平々凡々が似合うちょっと中性的で童顔なだけの成人男性。転移して拾ってもらった家の息子がコワモテ騎士団長だった! 特に何も無く平凡な日常を過ごすが、騎士団長の妙な噂を耳にしてある悩みが出来てしまう。

【完結】守銭奴ポーション販売員ですが、イケメン騎士団長に溺愛されてます!?

古井重箱
BL
【あらすじ】 異世界に転生して、俺は守銭奴になった。病気の妹を助けるために、カネが必要だからだ。商都ゲルトシュタットで俺はポーション会社の販売員になった。そして黄金騎士団に営業をかけたところ、イケメン騎士団長に気に入られてしまい━━!? 「俺はノンケですから!」「みんな最初はそう言うらしいよ。大丈夫。怖くない、怖くない」「あんたのその、無駄にポジティブなところが苦手だーっ!」 今日もまた、全力疾走で逃げる俺と、それでも懲りない騎士団長の追いかけっこが繰り広げられる。 【補足】 イケメン×フツメン。スパダリ攻×毒舌受。同性間の婚姻は認められているけれども、男性妊娠はない世界です。アルファポリスとムーンライトノベルズに掲載しています。性描写がある回には*印をつけております。

異世界転生先でアホのふりしてたら執着された俺の話

深山恐竜
BL
俺はよくあるBL魔法学園ゲームの世界に異世界転生したらしい。よりにもよって、役どころは作中最悪の悪役令息だ。何重にも張られた没落エンドフラグをへし折る日々……なんてまっぴらごめんなので、前世のスキル(引きこもり)を最大限活用して平和を勝ち取る! ……はずだったのだが、どういうわけか俺の従者が「坊ちゃんの足すべすべ~」なんて言い出して!?

処理中です...