多色燦然

春於

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7. 秘色

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書店に入っていくと、ぶらぶらと店内を散策しながら旅行雑誌の棚の前に辿り着く。その前にベンチがあったから二人して腰かけると、北海道から沖縄まで綺麗に並べられた表紙の地名を眺めた。

今日は薫が描いたイラストがグッズ化し、全国の系列店に置かれているということでちょっと足を伸ばしてデパートにやって来た。いつもはネットや家の近くの店で済ましているのもあって二人でこんなでかいデパートにいるのはなんだか新鮮な気持ちで、用もないのに色んな店に立ち寄ってしまう。

「どこも魅力的だったね」

デパート内を歩き回ったのもあってくっついてくる薫にもたれて小さく頷く。幸いにも書店の奥なのもあって周りには人がいない。なのもあって家の中のように薫に身体を預ければ、大きな手で太ももを撫でられる。

「愛琉と旅行したいなあ」

最近、薫は旅行に行きたいらしく一緒に行こうと誘ってくる。そのたびに心を躍らせてしまうけど、決して浮かれてはいけないと必死に抑えている。

「愛琉はどこか行きたいところある?」

なのに薫はわざわざオレの顔を覗いて尋ねてくる。それだけでオレの心臓は簡単に跳ねるし、頬は茹でられたように熱くなるし。だからすぐに逃げるように目を逸らして床を見つめた。

「特にない。どこでもいい」
「うーん。じゃあ、四十七都道府県一つずつ回っていく?」

オレが目を合わせないようにしているのに気づいたのか、その代わりに肩に乗ったオレの頭に頬を擦りつけてくる。耳元で聞こえる声は顔を見ていなくても微笑んでいるのが伝わってくる。

どんだけ旅行したいんだよ。心の内では笑い飛ばせるのに、実際は口角が上がらないように顔を歪めている。オレと旅行したいと思ってくれているのが信じられないくらい嬉しい。

「……薫と行けるならどこでもいい」
「やったー、僕もだよ」

頑張って抑えていたのに、どうしても溢れてしまった。すると一段と明るい声がしたと思えば、横から伸びてきた腕に抱きしめられる。あまりに突然のことで思わず息を呑んで固まってしまった。

「おい、外だぞ」
「今は人いないからいいでしょ? どうしてもダメ?」
「……どうしてもじゃないけど」
「よかった」

薫の腕に囲まれた途端、心臓と一緒に全身が跳ねかけたけど一生懸命我慢した。薫に触れられるといつも安心するけど、高揚や熱情が混ざって何とも言えない感情に満たされる。

「愛琉といるだけで楽しいんだから旅行になったらもっと楽しいね」

薫が当たり前のように言う。それが嬉しいのに申し訳なくて、何と答えるのが正解かわからなくて黙ってしまった。

「とりあえず気になるところ買ってみよ」

弾んだ声でオレの顔を覗いて賛同を求めてくる。それにおそるおそる頷けば、抱きしめていた腕を外して立ち上がった薫に手を差し出される。その手を取れば、軽い力では解けないほど固く結ばれた。

明日、一ヵ月後、半年後。どんどん薫との間に将来の約束ができていく。いつか、その未来が突然なくなるんじゃないか。そう思うと怖くて約束なんてしたくないのに、それ以上に薫がオレといたいと思ってくれるのが嬉しくて約束してしまう。

だから、聞いたことのある観光地の旅行雑誌を数冊買ってもらった。

「じゃあ、行こうか」

買ってもらった本を持とうとした途端、横から袋を取られてしまう。これくらいは、と思っていたのに、薫は何も持たせてくれない。薫の手には数個袋があるのに、オレの手には薫とつないだ手しかない。

「って言っても、真向いだからすぐ着くんだけどね」

なんて言いながら振り向くと、斜め後ろを歩いていたオレに微笑んだ。書店の前にある大きな道を挟んだ先にある目当ての店はすぐにわかった。

「これ、すごいな」
「こんな風になってるんだね」

店先の一番目立つところに薫の描いたイラストが大きく飾ってある。窓のそばに座りこみ、日向ぼっこをするオレの絵。SNSに載せているのは知っているけど、こんな人目に飾られるとは思ってなかった。

その下には薫のイラストレーターのときの名前である「Kou」とともにオレを模した絵が描かれたTシャツやフォトカードが並んでいる。その他にはデフォルメされたオレのキーホルダーやアクリルスタンドと、これでもかってほどグッズが置いてあった。

思わってなかった光景に二人して圧倒されていると、店の奥からスーツを着た女性が出てきた。

「すみません、もしかしてKou様ですか?」

声をかけられた途端、びっくりしてしまってとっさに薫の後ろに隠れた。

「初めまして、Kouです。この度はお話いただき、ありがとうございます」
「いえいえ、こちらこそ。私、Kou様の絵大好きなので今回グッズ化のお手伝いができてとても嬉しいです」

どうやらこの女性が担当さんらしい。薫の後ろで二人の話を聞きながら息を潜める。

薫との生活ですっかり人見知りになってしまった。元からあまり人と接するのは得意じゃなかったけど、今は薫が苦手なことも嫌なことも全部薫がやってくれるからすっかり甘え癖がついてしまった。

「あっ、もしかしてその方は」

薫を盾に隠れているといきなり自分に話しかけられた。まさか自分に声をかけてくるとはおもってなかったからちょっと肩が跳ねてしまった。

「……こ、こんにちは」

せめて挨拶だけでちゃんとしないと、と薫から顔を覗かせて小さく頭を下げると、またすぐに薫の後ろへと戻った。

「すみません、この子人見知りで」

そう言いながらも大丈夫、と言うようにギュッとオレとつながる手に力を込める。それに返事するようにオレも掴むと、前にある薫の背中を見つめた。

「できれば、サインを書いていただけませんか?」
「はい、大丈夫ですよ」

そんな会話をしていると思えば、女性が店の奥へと小走りで向かっていく。色紙とか持ってくるんだろうか。薫と二人きりになったのもあって一安心すれば、薫が心配そうにこちらを見てきた。

「愛琉、大丈夫?」
「だ、大丈夫だし」
「あともうちょっとだからね。手、離すけど服とか掴んでていいからね」

子どもかよと思いつつも素直に頷くと、ちょうど女性が帰ってきた。また薫の後ろに隠れつつも控えめにカーディガンの端を摘まめば、サラサラとサインとともにデフォルメされたオレが描かれていく。

「ありがとうございます!」

完成された色紙を手渡すと、女性はさっそく目立つところに飾った。

「僕たちはもう少し見ていきますね」
「はい、どうぞ。では、私はここで」
「今日はありがとうございました」
「こちらこそありがとうございました」

二人が頭を下げるのをオレも真似すれば、女性は颯爽と去っていった。

「愛琉、そこ立って」

やっと二人になったと緊張していた身体から息を吐きつつ力を抜ければ、さっきまでの温和そうな笑みとは違って蕩けた笑みを向けてきた。

「えっ、なんで」
「愛琉のおかげでこの話が来たんだから、記念に写真撮りたい」

そんなことを言いながらも軽く背中を押して促してくる。これは断れないやつだ。そう悟ってしぶしぶ色紙の横に立てば、スマホを構えてパシャパシャと何枚も写真を撮っていく。

もういいんじゃないか。そろそろどこかに行こうかと声をかけようとしたとき、こちらに向かってくる男女が目に入ってきた。その瞬間、心臓を鷲掴みにされたように苦しくなり、背筋に冷や汗が流れた。

「あっ、」
「えっ、何かあった?」
「ううん、何もない」

あの人と会ってはいけない。早くここから消えないと。焦りが募るにつれて思考がぐるぐると回っていき、怖くなって縋るように薫の腕に抱きついた。

「どこか店に入って休もう」

ここじゃないどこかだったらどこでもいい。そう思って薫の腕を引いて去ろうとするも、男が駆けてくるのが目の端で見える。

「早く行こう」
「待ってくれ」

逃げられると思ったのに、男はすぐ目の前にやって来た。

「愛琉、だよね? 俺のこと、覚えているかな?」

息を切らしながらも優しい声色で尋ね、オレの顔を覗いてくる。

忘れられるはずがない。元、父親。というか、あの女のせいで血のつながっていない子どもを育てさせられた可哀そうな人だ。

「ご、ご迷惑、おかけしました」

そう言って去ろうとしているのに薫が全然動いてくれない。

「ずっと探してたんだ。話だけでもさせてくれないか?」
「でも、オレは……」

まっすぐ見つめてくる目からは切実は思いが伝わってきて、キリキリと刺すような胸の痛みが襲ってくる。脳裏には男との優しい思い出と同時に死にたくなるような言葉の数々を思い出した。

「二人の関係はわからないし強制はしないけど、愛琉が少しでも迷っているなら話を聞いてみるのもいいんじゃない?」

おそるおそるという感じで言葉を挟めば、腕に抱きつくオレの手を擦ってくれる。黙ったまま薫だけを視界に入れると、少しずつ心臓が落ち着いてきた気がした。

「わ、わかった」

頷いたのはいいものの、この日々が壊れてしまうんじゃないかと怖くてたまらなかった。

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