72 / 87
73『彼岸花の季節・3』
しおりを挟む
RE・友子パラドクス
73『彼岸花の季節・3』
ビリビリ
口に咥えた手拭いに左手を添えて引き裂き、右親指の第二関節の下で縛るがうまくいかない。
「友子……」
「うん、親指吹き飛ばされた……」
「……巻いてあげる」
数秒見ているだけだった麻子がプルっと首を振ってから縛ってくれた。
麻子は腕に停まった蚊も叩けない子だったけど、ちょっと強くなった。
みるみるうちに手拭いは血に染まったが、手を肩の高さに持っていくと、血が滴り落ちることは無くなった。
「高山曹長殿、中隊は無事でありましょうか?」
兵の一人が聞いた。
友子は思った。この人は自分たちが無事であったことが後ろめたくて聞いているんだ。
「気にするな、ただの運だ。中隊の敢闘のお陰で、我々は無事に来られたんだ。自分たちの命を大切にすることを考えろ」
「先生、このガマには水が湧いています!」
「ほんとう!?」
純子が叫び、柚木先生が確認した。
「……この水は飲めるわ。兵隊さん達もどうぞ!」
二三人はいっしょに飲める泉で、順番に喉を潤した。鉄鉢にくんで頭から被る兵もいた。
「ばかもん、そういうことは、水筒に水を詰めてからやれ。お前の汗くさい水なんかごめんだからな」
「申し訳なくありました!」
つかの間、空気が和んだ。
十分に水筒や竹筒に水を入れると、さっきの兵にならってみんなで水を浴びた。顔を洗うだけでも、もりもりと元気がもどってくる。
「シッ………!」
「妙ちゃん……?」
「人が近づいてきます……」
「吉田、様子を見てこい!」
「は!」
吉田という兵は、二分ほどで戻ってきた。
「北方十二時と二時の方向から敵歩兵部隊。見える範囲に、それぞれ一個中隊。距離は四百ほどであります」
「………」
高山曹長が腕を組んだ。
「宮里先生。あなた方は生き延びてください。我々はやるだけやります。けして無駄死にしないように……いいですね。中隊八十名が犠牲になって助かった命なんですから。寺沢、池尻、お前達も、ここに残れ」
「曹長殿、我々も連れて行ってください!」
「足手まといな負傷兵は連れて行けん」
「曹長殿!」
「吉田、二人の武装を解け。そこの中学生も銃を渡しなさい。川西、敵が二百まで近づいたら知らせろ」
「は!」
「このガマの北東に岩場があります。我々は、そこで最後の一戦をやります。先生、あなたは生徒達のためにも冷静に行動してください」
「でも……」
「もう十分です。学生、女学生は良く聞け。敵の姿が見えたら、アイ、ウィル、サレンダー……サレンダーでいい、そう言って手を上げて出て行くんだ。けして肩から下に手をやるんじゃないぞ」
「曹長さん、それは……」
「この条件で、それだけ言えば、敵は撃ってはきません」
「総長殿、敵二百であります!」
「よし、岩場に向かって移動。姿勢を低くせよ。移動中の発砲はするな、ひたすら駆けろ!」
そして、高山らが移動を開始すると、二名の兵が発砲しながら反対方向に駆け出した。
「あいつら……」
そう呟きはしたが、移動速度は緩めなかった。反対方向に行った二人の気配は十秒と持たなかった。
岩場まで二十メートルのところで敵に見つかり、激しい銃撃を受けた。岩場にたどりつけたのは六名に過ぎなかった。吉田一等兵が、横に飛び出しスライディングしながら、手榴弾を投げた。最接近していた米兵が二人吹き飛んだが、吉田も肩を撃たれ動けなくなった。
「援護射撃!」
残った四人が撃ちまくったが、たちまち機関銃にやられ、二人が頭を吹き飛ばされた。
「もういい、撃つな!」
高山は最後の命令を出した。そして吠えるように叫んだ。
「ドントシュート! サレンダー!」
そう言って銃を投げ出し、ガマに民間人と非武装の負傷兵がいることを英語で伝えた。
小隊長が戦死して指揮権を委譲された時、小隊はまだ四十人、中隊全部で百人は居た。それがガマの負傷兵を入れても、わずかに六名。女学生たちを守り抜けたことで良しとしよう。
「ソーリー、レスキュー、ヒム。ヒイ イズ ウーンデッド」
「…… he's already dead.」
短い小銃を構えた米兵が呟いて、小隊……いや中隊の生存者は五名に減ってしまった。
彼岸花をそよがせている風が逆風になって、みんなは目が覚めた。
友子と紀香の電脳も一瞬の機能停止から回復した。機能を停止していたのは一秒ちょっと。その間に、ここにいる全員に幻想を観た。義体である友子たちにも。
彼岸花が無心にそよいでいた……友子はなぶられた髪をそっと直そうとした。
え、親指が無い!
☆彡 主な登場人物
鈴木 友子 30年前の事故で義体化された見かけは15歳の美少女
鈴木 一郎 友子の弟で父親
鈴木 春奈 一郎の妻
鈴木 栞 未来からやってきて友子の命を狙う友子の娘
白井 紀香 2年B組 演劇部部長 友子の宿敵
大佛 聡 クラスの委員長
王 梨香 クラスメート
長峰 純子 クラスメート
麻子 クラスメート
妙子 クラスメート 演劇部
水島 昭二 談話室の幽霊 水島結衣との二重人格 バニラエッセンズボーカル
滝川 修 城南大の学生を名乗る退役義体兵士
73『彼岸花の季節・3』
ビリビリ
口に咥えた手拭いに左手を添えて引き裂き、右親指の第二関節の下で縛るがうまくいかない。
「友子……」
「うん、親指吹き飛ばされた……」
「……巻いてあげる」
数秒見ているだけだった麻子がプルっと首を振ってから縛ってくれた。
麻子は腕に停まった蚊も叩けない子だったけど、ちょっと強くなった。
みるみるうちに手拭いは血に染まったが、手を肩の高さに持っていくと、血が滴り落ちることは無くなった。
「高山曹長殿、中隊は無事でありましょうか?」
兵の一人が聞いた。
友子は思った。この人は自分たちが無事であったことが後ろめたくて聞いているんだ。
「気にするな、ただの運だ。中隊の敢闘のお陰で、我々は無事に来られたんだ。自分たちの命を大切にすることを考えろ」
「先生、このガマには水が湧いています!」
「ほんとう!?」
純子が叫び、柚木先生が確認した。
「……この水は飲めるわ。兵隊さん達もどうぞ!」
二三人はいっしょに飲める泉で、順番に喉を潤した。鉄鉢にくんで頭から被る兵もいた。
「ばかもん、そういうことは、水筒に水を詰めてからやれ。お前の汗くさい水なんかごめんだからな」
「申し訳なくありました!」
つかの間、空気が和んだ。
十分に水筒や竹筒に水を入れると、さっきの兵にならってみんなで水を浴びた。顔を洗うだけでも、もりもりと元気がもどってくる。
「シッ………!」
「妙ちゃん……?」
「人が近づいてきます……」
「吉田、様子を見てこい!」
「は!」
吉田という兵は、二分ほどで戻ってきた。
「北方十二時と二時の方向から敵歩兵部隊。見える範囲に、それぞれ一個中隊。距離は四百ほどであります」
「………」
高山曹長が腕を組んだ。
「宮里先生。あなた方は生き延びてください。我々はやるだけやります。けして無駄死にしないように……いいですね。中隊八十名が犠牲になって助かった命なんですから。寺沢、池尻、お前達も、ここに残れ」
「曹長殿、我々も連れて行ってください!」
「足手まといな負傷兵は連れて行けん」
「曹長殿!」
「吉田、二人の武装を解け。そこの中学生も銃を渡しなさい。川西、敵が二百まで近づいたら知らせろ」
「は!」
「このガマの北東に岩場があります。我々は、そこで最後の一戦をやります。先生、あなたは生徒達のためにも冷静に行動してください」
「でも……」
「もう十分です。学生、女学生は良く聞け。敵の姿が見えたら、アイ、ウィル、サレンダー……サレンダーでいい、そう言って手を上げて出て行くんだ。けして肩から下に手をやるんじゃないぞ」
「曹長さん、それは……」
「この条件で、それだけ言えば、敵は撃ってはきません」
「総長殿、敵二百であります!」
「よし、岩場に向かって移動。姿勢を低くせよ。移動中の発砲はするな、ひたすら駆けろ!」
そして、高山らが移動を開始すると、二名の兵が発砲しながら反対方向に駆け出した。
「あいつら……」
そう呟きはしたが、移動速度は緩めなかった。反対方向に行った二人の気配は十秒と持たなかった。
岩場まで二十メートルのところで敵に見つかり、激しい銃撃を受けた。岩場にたどりつけたのは六名に過ぎなかった。吉田一等兵が、横に飛び出しスライディングしながら、手榴弾を投げた。最接近していた米兵が二人吹き飛んだが、吉田も肩を撃たれ動けなくなった。
「援護射撃!」
残った四人が撃ちまくったが、たちまち機関銃にやられ、二人が頭を吹き飛ばされた。
「もういい、撃つな!」
高山は最後の命令を出した。そして吠えるように叫んだ。
「ドントシュート! サレンダー!」
そう言って銃を投げ出し、ガマに民間人と非武装の負傷兵がいることを英語で伝えた。
小隊長が戦死して指揮権を委譲された時、小隊はまだ四十人、中隊全部で百人は居た。それがガマの負傷兵を入れても、わずかに六名。女学生たちを守り抜けたことで良しとしよう。
「ソーリー、レスキュー、ヒム。ヒイ イズ ウーンデッド」
「…… he's already dead.」
短い小銃を構えた米兵が呟いて、小隊……いや中隊の生存者は五名に減ってしまった。
彼岸花をそよがせている風が逆風になって、みんなは目が覚めた。
友子と紀香の電脳も一瞬の機能停止から回復した。機能を停止していたのは一秒ちょっと。その間に、ここにいる全員に幻想を観た。義体である友子たちにも。
彼岸花が無心にそよいでいた……友子はなぶられた髪をそっと直そうとした。
え、親指が無い!
☆彡 主な登場人物
鈴木 友子 30年前の事故で義体化された見かけは15歳の美少女
鈴木 一郎 友子の弟で父親
鈴木 春奈 一郎の妻
鈴木 栞 未来からやってきて友子の命を狙う友子の娘
白井 紀香 2年B組 演劇部部長 友子の宿敵
大佛 聡 クラスの委員長
王 梨香 クラスメート
長峰 純子 クラスメート
麻子 クラスメート
妙子 クラスメート 演劇部
水島 昭二 談話室の幽霊 水島結衣との二重人格 バニラエッセンズボーカル
滝川 修 城南大の学生を名乗る退役義体兵士
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
銀河太平記
武者走走九郎or大橋むつお
SF
いまから二百年の未来。
前世紀から移住の始まった火星は地球のしがらみから離れようとしていた。火星の中緯度カルディア平原の大半を領域とする扶桑公国は国民の大半が日本からの移民で構成されていて、臣籍降下した扶桑宮が征夷大将軍として幕府を開いていた。
その扶桑幕府も代を重ねて五代目になろうとしている。
折しも地球では二千年紀に入って三度目のグローバリズムが破綻して、東アジア発の動乱期に入ろうとしている。
火星と地球を舞台として、銀河規模の争乱の時代が始まろうとしている。
日本国転生
北乃大空
SF
女神ガイアは神族と呼ばれる宇宙管理者であり、地球を含む太陽系を管理して人類の歴史を見守ってきた。
或る日、ガイアは地球上の人類未来についてのシミュレーションを実施し、その結果は22世紀まで確実に人類が滅亡するシナリオで、何度実施しても滅亡する確率は99.999%であった。
ガイアは人類滅亡シミュレーション結果を中央管理局に提出、事態を重くみた中央管理局はガイアに人類滅亡の回避指令を出した。
その指令内容は地球人類の歴史改変で、現代地球とは別のパラレルワールド上に存在するもう一つの地球に干渉して歴史改変するものであった。
ガイアが取った歴史改変方法は、国家丸ごと転移するもので転移する国家は何と現代日本であり、その転移先は太平洋戦争開戦1年前の日本で、そこに国土ごと上書きするというものであった。
その転移先で日本が世界各国と開戦し、そこで起こる様々な出来事を超人的な能力を持つ女神と天使達の手助けで日本が覇権国家になり、人類滅亡を回避させて行くのであった。

超能力者の私生活
盛り塩
SF
超能力少女達の異能力バトル物語。ギャグ・グロ注意です。
超能力の暴走によって生まれる怪物『ベヒモス』
過去、これに両親を殺された主人公『宝塚女優』(ヒロインと読む)は、超能力者を集め訓練する国家組織『JPA』(日本神術協会)にスカウトされ、そこで出会った仲間達と供に、宿敵ベヒモスとの戦いや能力の真相について究明していく物語です。
※カクヨムにて先行投降しております。
男性向け(女声)シチュエーションボイス台本
しましまのしっぽ
恋愛
男性向け(女声)シチュエーションボイス台本です。
関西弁彼女の台本を標準語に変えたものもあります。ご了承ください
ご自由にお使いください。
イラストはノーコピーライトガールさんからお借りしました


いつか日本人(ぼく)が地球を救う
多比良栄一
SF
この小説にはある仕掛けがある。
読者はこの物語を読み進めると、この作品自体に仕掛けられた「前代未聞」のアイデアを知ることになる。
それは日本のアニメやマンガへ注がれるオマージュ。
2次創作ではない、ある種の入れ子構造になったメタ・フィクション。
誰もがきいたことがある人物による、誰もみたことがない物語がいま幕を開ける。
すべてのアニメファンに告ぐ!! 。隠された謎を見抜けるか!!。
------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------
25世紀後半 地球を襲った亜獣と呼ばれる怪獣たちに、デミリアンと呼ばれる生命体に搭乗して戦う日本人少年ヤマトタケル。なぜか日本人にしか操縦ができないこの兵器に乗る者には、同時に、人類を滅ぼすと言われる「四解文書」と呼ばれる極秘文書も受け継がされた。
もしこれを人々が知れば、世界は「憤怒」し、「恐怖」し、「絶望」し、そして「発狂」する。
かつてそれを聞いた法皇がショック死したほどの四つの「真理」。
世界でたった一人、人類を救えも、滅ぼしもできる、両方の力を手に入れた日本人少年ヤマトタケル。
彼は、世界100億人全員から、救いを求められ、忌み嫌われ、そして恐れられる存在になった。
だが彼には使命があった。たとえ人類の半分の人々を犠牲にしても残り11体の亜獣を殲滅すること、そして「四解文書」の謎を誰にも知られずに永遠に葬ることだった。

【超速爆速レベルアップ】~俺だけ入れるダンジョンはゴールドメタルスライムの狩り場でした~
シオヤマ琴@『最強最速』発売中
ファンタジー
ダンジョンが出現し20年。
木崎賢吾、22歳は子どもの頃からダンジョンに憧れていた。
しかし、ダンジョンは最初に足を踏み入れた者の所有物となるため、もうこの世界にはどこを探しても未発見のダンジョンなどないと思われていた。
そんな矢先、バイト帰りに彼が目にしたものは――。
【自分だけのダンジョンを夢見ていた青年のレベリング冒険譚が今幕を開ける!】

私たちの試作機は最弱です
ミュート
SF
幼い頃から米軍で人型機動兵器【アーマード・ユニット】のパイロットとして活躍していた
主人公・城坂織姫は、とある作戦の最中にフレンドリーファイアで味方を殺めてしまう。
その恐怖が身を蝕み、引き金を引けなくなってしまった織姫は、
自身の姉・城坂聖奈が理事長を務める日本のAD総合学園へと編入する。
AD総合学園のパイロット科に所属する生徒会長・秋沢楠。
整備士の卵であるパートナー・明宮哨。
学園の治安を守る部隊の隊長を務める神崎紗彩子。
皆との触れ合いで心の傷を癒していた織姫。
後に彼は、これからの【戦争】という物を作り変え、
彼が【幸せに戦う事の出来る兵器】――最弱の試作機と出会う事となる。
※この作品は現在「ノベルアップ+」様、「小説家になろう!」様にも
同様の内容で掲載しており、現在は完結しております。
こちらのアルファポリス様掲載分は、一日五話更新しておりますので
続きが気になる場合はそちらでお読み頂けます。
※感想などももしお時間があれば、よろしくお願いします。
一つ一つ噛み締めて読ませて頂いております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる