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73『彼岸花の季節・3』

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RE・友子パラドクス

73『彼岸花の季節・3』 




 ビリビリ


 口に咥えた手拭いに左手を添えて引き裂き、右親指の第二関節の下で縛るがうまくいかない。

「友子……」

「うん、親指吹き飛ばされた……」

「……巻いてあげる」

 数秒見ているだけだった麻子がプルっと首を振ってから縛ってくれた。

 麻子は腕に停まった蚊も叩けない子だったけど、ちょっと強くなった。

 みるみるうちに手拭いは血に染まったが、手を肩の高さに持っていくと、血が滴り落ちることは無くなった。

 
「高山曹長殿、中隊は無事でありましょうか?」

 兵の一人が聞いた。

 友子は思った。この人は自分たちが無事であったことが後ろめたくて聞いているんだ。

「気にするな、ただの運だ。中隊の敢闘のお陰で、我々は無事に来られたんだ。自分たちの命を大切にすることを考えろ」

「先生、このガマには水が湧いています!」

「ほんとう!?」

 純子が叫び、柚木先生が確認した。

「……この水は飲めるわ。兵隊さん達もどうぞ!」

 二三人はいっしょに飲める泉で、順番に喉を潤した。鉄鉢にくんで頭から被る兵もいた。

「ばかもん、そういうことは、水筒に水を詰めてからやれ。お前の汗くさい水なんかごめんだからな」

「申し訳なくありました!」

 つかの間、空気が和んだ。

 十分に水筒や竹筒に水を入れると、さっきの兵にならってみんなで水を浴びた。顔を洗うだけでも、もりもりと元気がもどってくる。

「シッ………!」

「妙ちゃん……?」

「人が近づいてきます……」

「吉田、様子を見てこい!」

「は!」

 吉田という兵は、二分ほどで戻ってきた。

「北方十二時と二時の方向から敵歩兵部隊。見える範囲に、それぞれ一個中隊。距離は四百ほどであります」

「………」


 高山曹長が腕を組んだ。


「宮里先生。あなた方は生き延びてください。我々はやるだけやります。けして無駄死にしないように……いいですね。中隊八十名が犠牲になって助かった命なんですから。寺沢、池尻、お前達も、ここに残れ」

「曹長殿、我々も連れて行ってください!」

「足手まといな負傷兵は連れて行けん」

「曹長殿!」

「吉田、二人の武装を解け。そこの中学生も銃を渡しなさい。川西、敵が二百まで近づいたら知らせろ」

「は!」

「このガマの北東に岩場があります。我々は、そこで最後の一戦をやります。先生、あなたは生徒達のためにも冷静に行動してください」

「でも……」

「もう十分です。学生、女学生は良く聞け。敵の姿が見えたら、アイ、ウィル、サレンダー……サレンダーでいい、そう言って手を上げて出て行くんだ。けして肩から下に手をやるんじゃないぞ」

「曹長さん、それは……」

「この条件で、それだけ言えば、敵は撃ってはきません」

「総長殿、敵二百であります!」

「よし、岩場に向かって移動。姿勢を低くせよ。移動中の発砲はするな、ひたすら駆けろ!」

 そして、高山らが移動を開始すると、二名の兵が発砲しながら反対方向に駆け出した。

「あいつら……」

 そう呟きはしたが、移動速度は緩めなかった。反対方向に行った二人の気配は十秒と持たなかった。

 岩場まで二十メートルのところで敵に見つかり、激しい銃撃を受けた。岩場にたどりつけたのは六名に過ぎなかった。吉田一等兵が、横に飛び出しスライディングしながら、手榴弾を投げた。最接近していた米兵が二人吹き飛んだが、吉田も肩を撃たれ動けなくなった。

「援護射撃!」

 残った四人が撃ちまくったが、たちまち機関銃にやられ、二人が頭を吹き飛ばされた。

「もういい、撃つな!」

 高山は最後の命令を出した。そして吠えるように叫んだ。

「ドントシュート! サレンダー!」

 そう言って銃を投げ出し、ガマに民間人と非武装の負傷兵がいることを英語で伝えた。

 小隊長が戦死して指揮権を委譲された時、小隊はまだ四十人、中隊全部で百人は居た。それがガマの負傷兵を入れても、わずかに六名。女学生たちを守り抜けたことで良しとしよう。

「ソーリー、レスキュー、ヒム。ヒイ イズ ウーンデッド」

「…… he's already dead.」

 短い小銃を構えた米兵が呟いて、小隊……いや中隊の生存者は五名に減ってしまった。


 彼岸花をそよがせている風が逆風になって、みんなは目が覚めた。


 友子と紀香の電脳も一瞬の機能停止から回復した。機能を停止していたのは一秒ちょっと。その間に、ここにいる全員に幻想を観た。義体である友子たちにも。

 彼岸花が無心にそよいでいた……友子はなぶられた髪をそっと直そうとした。



 え、親指が無い!



☆彡 主な登場人物

鈴木 友子        30年前の事故で義体化された見かけは15歳の美少女
鈴木 一郎        友子の弟で父親
鈴木 春奈        一郎の妻
鈴木  栞        未来からやってきて友子の命を狙う友子の娘
白井 紀香        2年B組 演劇部部長 友子の宿敵
大佛  聡        クラスの委員長
王  梨香        クラスメート
長峰 純子        クラスメート
麻子           クラスメート
妙子           クラスメート 演劇部
水島 昭二        談話室の幽霊 水島結衣との二重人格 バニラエッセンズボーカル
滝川 修         城南大の学生を名乗る退役義体兵士


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