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64『お隣の中野さん・2』
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RE・友子パラドクス
64『お隣の中野さん・2』
「中野のオジサン、自己嫌悪なんて簡単なところに逃げ込まないでねぇ、通報したりしないから」
正直、中野は自己嫌悪というような麗しげなものではなく、ただパニックに落ち込んでいるだけだった。しかし、七十歳にもなろうかという元高校教師に自己分析をさせ、正しい十年余りの余生(日本人の平均寿命から割り出した)を、心静かに送ってもらうには、自己嫌悪のうちに閉じこもっているだけでは、なんの進歩ももたらさない。
なんと、友子は七十歳の元教師をソクラテスのように論破し、中野の精神を救済させようとしているのだ!
「中野のオジサンは、これまでずっと独身でぇ、教師と党員であることを生き甲斐に生きてきたのよね」
「その命題の置き方は間違えている。わたしがずっと独身であったことと、教師、党員であったことを並列にしては誤謬に満ちた結論しか導き出せない」
「もう、ムツカシイこというんだからぁ。ガチガチの教師で、コチコチの党員だったから、女性に巡り会う機会が無かったのよ。あ、話は最後まで聞いてね。オジサンは、そうでありながら、求めている女性像は、まるで違った……ここに不幸があった」
「……どういうことかね?」
「オジサンは、自分と同じ教師だったり党員だったりする女性には魅力感じなかったのよ」
「それは意味が違う。彼女たちは、同志であり、そういう対象なんかではないのだ!」
「じゃ、簡単な実験」
友子はタブレットを出した。
「今から、ここに八人づつ女性の写真が出てきます。時間は一秒間。ただ見てくれるだけでいいから」
「見るだけで、いいのか?」
「うん、いくよ」
友子は、八人づつ、延べ1600人の若い女性の写真を見せる。それは、過去に中野が出会った、同僚、後輩、そして生徒。それに、通勤途中で電車の中で、チラ見したのから無意識な憧れを持った女性などから選ばれた人たちであった。友子は、一秒間の間に中野がどの女性を見たか、瞳孔の開き具合から血圧、心拍数まで計って結論を出す。
「じゃ、今から、一つのグループを一人0・2秒ずつ見てもらいます……」
中野の瞳孔は小さくなり、心拍数、血圧も低くなっていった。簡単にいうと興味が無いのだ。
「じゃ、次のグループ行きますねぇ……」
中野の瞳孔は大きくなり、心拍数、血圧も高くなった。要するに、好みの女性達であったのだ。
「なんだか、懐かしいような顔もあったような気がするが」
「オジサンが、興味を持たなかったのは、同業の党員、またはそういう傾向を持った女性。興味を持ったのは、そういう思想的な傾向とは真逆な女性達。で、魅力を感じた女性の平均値を出すと……これ!」
それは、オカッパに近いボサボサ髪、今で言うとボブに分類される女学生の姿であった。試しにほんの0・1秒水着姿にしたが、中野には変化が無かった。
「オジサン、やっぱりダテに七十年生きてないね。反応がとても複雑だわぁ(^_^;)。憧れと、反感が両方あるよ」
「そ、そうかな、自分じゃ意識してないけど」
友子は、その平均値を数値化して、自分の電脳のデータと照合してみた。
―― え? ――
なんと、一番の近似値は友子自身だった。
でも、不思議だった。普段、隣から感じる中野の視線は胸とお尻で、単純なスケベエジジイだと思っていたが、さっきの水着姿には反応していない。本当の関心は、顔となんとなくの雰囲気だ。
『また資本論なんか読んで。こんなもんで世界なんか理解できないわよ。弟が時代遅れのマルクスボーイだなんて、姉ちゃんやだからね!』
瞬間、中野のお姉さんの姿が言葉といっしょに浮かび上がった。
―― そうかぁ、女性の理想像はお姉さんなんだ……十七で亡くなってる。これが意識下にあったんだ。ちょっと、あたしにも似てるかなあ ――
甘いと思われるかもしれないが、友子は、その日のことは何も誰にも言わなかった。それどころかSNSから、中野と共通の友人が一人いる59歳の女性にフレンド依頼を中野宛てに出させた。自然で無理のないタイプの女性だった。
心拍数などを計っていて友子には分かってしまった。中野の寿命は、あと二三年。友子でも手の施しようがない心臓と、血管の障害がある。若い頃の教師時代の無節操が祟っている。
中野は彼なりに、いい教師を勤め上げた気で居る。
資本論をバイブルに、タイプの女性と晩年に仲良くなって生涯を閉じてもいいんじゃないかと思う友子であった。
☆彡 主な登場人物
鈴木 友子 30年前の事故で義体化された見かけは15歳の美少女
鈴木 一郎 友子の弟で父親
鈴木 春奈 一郎の妻
鈴木 栞 未来からやってきて友子の命を狙う友子の娘
白井 紀香 2年B組 演劇部部長 友子の宿敵
大佛 聡 クラスの委員長
王 梨香 クラスメート
長峰 純子 クラスメート
麻子 クラスメート
妙子 クラスメート 演劇部
水島 昭二 談話室の幽霊 水島結衣との二重人格 バニラエッセンズボーカル
滝川 修 城南大の学生を名乗る退役義体兵士
64『お隣の中野さん・2』
「中野のオジサン、自己嫌悪なんて簡単なところに逃げ込まないでねぇ、通報したりしないから」
正直、中野は自己嫌悪というような麗しげなものではなく、ただパニックに落ち込んでいるだけだった。しかし、七十歳にもなろうかという元高校教師に自己分析をさせ、正しい十年余りの余生(日本人の平均寿命から割り出した)を、心静かに送ってもらうには、自己嫌悪のうちに閉じこもっているだけでは、なんの進歩ももたらさない。
なんと、友子は七十歳の元教師をソクラテスのように論破し、中野の精神を救済させようとしているのだ!
「中野のオジサンは、これまでずっと独身でぇ、教師と党員であることを生き甲斐に生きてきたのよね」
「その命題の置き方は間違えている。わたしがずっと独身であったことと、教師、党員であったことを並列にしては誤謬に満ちた結論しか導き出せない」
「もう、ムツカシイこというんだからぁ。ガチガチの教師で、コチコチの党員だったから、女性に巡り会う機会が無かったのよ。あ、話は最後まで聞いてね。オジサンは、そうでありながら、求めている女性像は、まるで違った……ここに不幸があった」
「……どういうことかね?」
「オジサンは、自分と同じ教師だったり党員だったりする女性には魅力感じなかったのよ」
「それは意味が違う。彼女たちは、同志であり、そういう対象なんかではないのだ!」
「じゃ、簡単な実験」
友子はタブレットを出した。
「今から、ここに八人づつ女性の写真が出てきます。時間は一秒間。ただ見てくれるだけでいいから」
「見るだけで、いいのか?」
「うん、いくよ」
友子は、八人づつ、延べ1600人の若い女性の写真を見せる。それは、過去に中野が出会った、同僚、後輩、そして生徒。それに、通勤途中で電車の中で、チラ見したのから無意識な憧れを持った女性などから選ばれた人たちであった。友子は、一秒間の間に中野がどの女性を見たか、瞳孔の開き具合から血圧、心拍数まで計って結論を出す。
「じゃ、今から、一つのグループを一人0・2秒ずつ見てもらいます……」
中野の瞳孔は小さくなり、心拍数、血圧も低くなっていった。簡単にいうと興味が無いのだ。
「じゃ、次のグループ行きますねぇ……」
中野の瞳孔は大きくなり、心拍数、血圧も高くなった。要するに、好みの女性達であったのだ。
「なんだか、懐かしいような顔もあったような気がするが」
「オジサンが、興味を持たなかったのは、同業の党員、またはそういう傾向を持った女性。興味を持ったのは、そういう思想的な傾向とは真逆な女性達。で、魅力を感じた女性の平均値を出すと……これ!」
それは、オカッパに近いボサボサ髪、今で言うとボブに分類される女学生の姿であった。試しにほんの0・1秒水着姿にしたが、中野には変化が無かった。
「オジサン、やっぱりダテに七十年生きてないね。反応がとても複雑だわぁ(^_^;)。憧れと、反感が両方あるよ」
「そ、そうかな、自分じゃ意識してないけど」
友子は、その平均値を数値化して、自分の電脳のデータと照合してみた。
―― え? ――
なんと、一番の近似値は友子自身だった。
でも、不思議だった。普段、隣から感じる中野の視線は胸とお尻で、単純なスケベエジジイだと思っていたが、さっきの水着姿には反応していない。本当の関心は、顔となんとなくの雰囲気だ。
『また資本論なんか読んで。こんなもんで世界なんか理解できないわよ。弟が時代遅れのマルクスボーイだなんて、姉ちゃんやだからね!』
瞬間、中野のお姉さんの姿が言葉といっしょに浮かび上がった。
―― そうかぁ、女性の理想像はお姉さんなんだ……十七で亡くなってる。これが意識下にあったんだ。ちょっと、あたしにも似てるかなあ ――
甘いと思われるかもしれないが、友子は、その日のことは何も誰にも言わなかった。それどころかSNSから、中野と共通の友人が一人いる59歳の女性にフレンド依頼を中野宛てに出させた。自然で無理のないタイプの女性だった。
心拍数などを計っていて友子には分かってしまった。中野の寿命は、あと二三年。友子でも手の施しようがない心臓と、血管の障害がある。若い頃の教師時代の無節操が祟っている。
中野は彼なりに、いい教師を勤め上げた気で居る。
資本論をバイブルに、タイプの女性と晩年に仲良くなって生涯を閉じてもいいんじゃないかと思う友子であった。
☆彡 主な登場人物
鈴木 友子 30年前の事故で義体化された見かけは15歳の美少女
鈴木 一郎 友子の弟で父親
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大佛 聡 クラスの委員長
王 梨香 クラスメート
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麻子 クラスメート
妙子 クラスメート 演劇部
水島 昭二 談話室の幽霊 水島結衣との二重人格 バニラエッセンズボーカル
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