トモコパラドクス

武者走走九郎or大橋むつお

文字の大きさ
上 下
48 / 87

48『友子のマッタリ渇望症・4』

しおりを挟む
RE・友子パラドクス

48『友子のマッタリ渇望症・4』 




 かすかに期待していた、また滝川に会えるのではないかと……。


『再会』という店の名前のせいもあるだろう。

 石造りに見える正面、壁際の植え込みには糸杉のミニチュアみたいな緑と花々が並んで、入り口にはテントの張り出しの下に樫の木ドア。

 手応えのあるドアを引いて中に入る。期待に反して店内は良いコーヒーの香りがするだけで、人の気配も義体の気配もせず、カウンターの向こう、コーヒーのサーバーみたいのから湯気が立っている。

 とりあえず左側の窓辺の四人がけに腰をおろし……かわいい悲鳴を上げた。

「キャ!」

 お尻を押さえて立ち上がると、そこに滝川がいた。

「たいしたもんでしょ、ここまで気配を消せると」

「この対応不能の状態を『びっくり』っていうんでしょうね……前いいですか?」

「どうぞ」

 友子は、滝川の膝の感触をお尻に残したまま前の席についた。目の前には成分分析不能なコーヒーが湯気を立てている。

「……成分が分からないと不安?」

「いえ、こういう状況に慣れてないだけです」

「ここでは、ただ安らげばいいんだ」

「滝川さんも、義体なんですよね?」

「ああ、そうだよ。それ以上は説明しないけどね。とにかく、ここではくつろげばいい」

「………」

「無理もないけど、トモちゃんは困った人だ。分析とか解析とかしないと、前に進めないらしい」

「すみません」

「じゃ、ほんの一瞬だけ、ぼくの過去の断片を見せるよ……」

 ズオーーー

 一瞬、頭の中に深い悲しみや怒り、恐れ、破壊の衝動など、ささくれだった情念が飛び込んできた。そして、それらは、解析する間もなく頭から消え去った。

「……すごい」

「それだけ分かればいいよ。人間は、自分でしょいきれないものを、全部義体である我々に背負わせた。無責任……とまでは言わないけど。ぼくたち義体にも退役や休息は許されていいと思うんだ」

「滝川さんは、退役されたんですか?」

「むりやり。もう人間たちに義体であることも感知させない。まあ、いつかは突き止められるだろうけどね。それまで、ぼくはただの城南大学の学生さ。トモちゃんの記憶からもたどれない仕組みになっている」

「このお店は?」

「ぼく達がが作った、義体のための亜空間。トモちゃんが必要になれば、どこにでも現れるよ。店の名前とカタチはその時次第だけどね」

「……おいしいメロンソーダ」

「よかった」

「これが美味しいと感じられることは、わたし、少しは癒されたんですね」

「ハハ、そうだけどね。癒されたと感じればそれでいい。認識の並列化も、ここではしなくていい。なんとなくの表情や仕草で、そう感じればそれだけでいいよ」

「フフ、はい、そうします」

「これから、夏休みだね。人間らしく過ごせよ、トモちゃん」

 気づくと、店の中には数組の客が憩い、ウェイトレスがゆっくりと対応していた。二人いるウェイトレスの一人と目が合った。その目は「良かったわね」と言っている。

 後になって忘れてしまったけど、懐かしい旅の話をした。

 へええ……ほおお……そうなんだ……ほんとですか……と楽しく話しているうちにメロンソーダのグラスが空になった。 

「じゃ、わたし行きます。なんだか、良い夏休みが送れそうな気になってきました」


「それはけっこう。また、電話かどこかの喫茶店で」

「はい(^▽^)」



 喫茶店を出て、振り返ると、やはり店は消えてただの児童公園に変わっていた。



「やっぱりね」

 そう、納得した後、友子は、思い切り人間的なショックを受け、うなり声を上げてしまった。

「くそ~!」

 薄いビニール袋に入った犬のウンコを、まともに踏みつけてしまった。ウンコは、破れたビニール袋からはみ出してお気に入りのヘップにベッチャリと付いてしまった。



 実に、人間であったころから三十数年ぶりの失敗であった。



「こういうのも癒しの現れかもね」

 さすがに、ウンコは目力で電子分解した。60%の水分と、有機分子に分解されてウンコは空気によって希釈されて、水蒸気といっしょに上って行く。

 そして、見上げた空にはムクムクと入道雲が湧いて、友子の夏休みが始まった……。




☆彡 主な登場人物

鈴木 友子        30年前の事故で義体化された見かけは15歳の美少女
鈴木 一郎        友子の弟で父親
鈴木 春奈        一郎の妻
鈴木  栞        未来からやってきて友子の命を狙う友子の娘
白井 紀香        2年B組 演劇部部長 友子の宿敵
大佛  聡        クラスの委員長
王  梨香        クラスメート
長峰 純子        クラスメート
麻子           クラスメート
妙子           クラスメート 演劇部
水島 昭二        談話室の幽霊 水島結衣との二重人格 バニラエッセンズボーカル
滝川 修         城南大の学生を名乗る退役義体兵士
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

銀河太平記

武者走走九郎or大橋むつお
SF
 いまから二百年の未来。  前世紀から移住の始まった火星は地球のしがらみから離れようとしていた。火星の中緯度カルディア平原の大半を領域とする扶桑公国は国民の大半が日本からの移民で構成されていて、臣籍降下した扶桑宮が征夷大将軍として幕府を開いていた。  その扶桑幕府も代を重ねて五代目になろうとしている。  折しも地球では二千年紀に入って三度目のグローバリズムが破綻して、東アジア発の動乱期に入ろうとしている。  火星と地球を舞台として、銀河規模の争乱の時代が始まろうとしている。

博士が見た風景

Euclase
SF
博士と助手の不思議な研究

アイアンハート――宇宙樹と歌う世界

柚緒駆
SF
新創世から200年後の世界。南極の氷の中から掘り出され、目覚めるロボット。彷徨う異邦人。そして宇宙樹が歌う。滅びの歌を。

男性向け(女声)シチュエーションボイス台本

しましまのしっぽ
恋愛
男性向け(女声)シチュエーションボイス台本です。 関西弁彼女の台本を標準語に変えたものもあります。ご了承ください ご自由にお使いください。 イラストはノーコピーライトガールさんからお借りしました

超能力者の私生活

盛り塩
SF
超能力少女達の異能力バトル物語。ギャグ・グロ注意です。 超能力の暴走によって生まれる怪物『ベヒモス』 過去、これに両親を殺された主人公『宝塚女優』(ヒロインと読む)は、超能力者を集め訓練する国家組織『JPA』(日本神術協会)にスカウトされ、そこで出会った仲間達と供に、宿敵ベヒモスとの戦いや能力の真相について究明していく物語です。 ※カクヨムにて先行投降しております。

【超速爆速レベルアップ】~俺だけ入れるダンジョンはゴールドメタルスライムの狩り場でした~

シオヤマ琴@『最強最速』発売中
ファンタジー
ダンジョンが出現し20年。 木崎賢吾、22歳は子どもの頃からダンジョンに憧れていた。 しかし、ダンジョンは最初に足を踏み入れた者の所有物となるため、もうこの世界にはどこを探しても未発見のダンジョンなどないと思われていた。 そんな矢先、バイト帰りに彼が目にしたものは――。 【自分だけのダンジョンを夢見ていた青年のレベリング冒険譚が今幕を開ける!】

いつか日本人(ぼく)が地球を救う

多比良栄一
SF
この小説にはある仕掛けがある。 読者はこの物語を読み進めると、この作品自体に仕掛けられた「前代未聞」のアイデアを知ることになる。 それは日本のアニメやマンガへ注がれるオマージュ。 2次創作ではない、ある種の入れ子構造になったメタ・フィクション。 誰もがきいたことがある人物による、誰もみたことがない物語がいま幕を開ける。 すべてのアニメファンに告ぐ!! 。隠された謎を見抜けるか!!。 ------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------ 25世紀後半 地球を襲った亜獣と呼ばれる怪獣たちに、デミリアンと呼ばれる生命体に搭乗して戦う日本人少年ヤマトタケル。なぜか日本人にしか操縦ができないこの兵器に乗る者には、同時に、人類を滅ぼすと言われる「四解文書」と呼ばれる極秘文書も受け継がされた。 もしこれを人々が知れば、世界は「憤怒」し、「恐怖」し、「絶望」し、そして「発狂」する。 かつてそれを聞いた法皇がショック死したほどの四つの「真理」。 世界でたった一人、人類を救えも、滅ぼしもできる、両方の力を手に入れた日本人少年ヤマトタケル。 彼は、世界100億人全員から、救いを求められ、忌み嫌われ、そして恐れられる存在になった。 だが彼には使命があった。たとえ人類の半分の人々を犠牲にしても残り11体の亜獣を殲滅すること、そして「四解文書」の謎を誰にも知られずに永遠に葬ることだった。

ナースコール

wawabubu
青春
腹膜炎で緊急手術になったおれ。若い看護師さんに剃毛されるが…

処理中です...