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40『ベターハーフ・3・ニコライの鐘が鳴る』

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RE・友子パラドクス

40『ベターハーフ・3・ニコライの鐘が鳴る』 




「下りるよ」


 紀香が声に出して言ったのは新御茶ノ水駅に電車が滑り込んだ時だった。

 読めば探れる程度に思考をブロックしている。なんだか、ワクワクして友子もあえて読まない。

「御茶ノ水のあたりって初めてかも」

 山手線なら一駅向こうのアキバには時々行くが、お茶の水は初めての友子だ。

 むろん、その気になればグーグルアースはもちろんのこと、近辺の監視カメラをハッキングして一秒もかからずに付近の情報を得られるが、人間並みに間隔を絞っている。

 本郷通りがせり上がって聖橋になって神田川を跨ぐ。その右側にノンノン茂った木々の間に覗くのは由緒正しい湯島の聖堂。ビルに隠れて見えないが、そのさらに右側には江戸の総鎮守神田明神があるはずだ。

 神田川沿いは大学や高校も多く、絶好の散歩道、恰好のデートコース。

 西に向かえば水道橋から東京ドームシティー。東に向かい、左に曲がって神田明神でお御籤をひくも良し、昌平橋、万世橋を横目に殺して、アキバに突撃するのも楽しい。

 でも、なんで御茶ノ水?

 

 ディンドーンチャランチャラン! ディンドーンチャランチャラン! ディンドーンチャランチャラン!



 壮麗かつ陽気な鐘の音がいきなり鳴りだした(゚д゚)!

「え!? え!?」

 振り返って驚いた。

 湯島の聖堂と同じく緑青の緑もゆかしい玉ねぎドーム。鐘の音は奥の鐘楼から発せられているのだが、感覚としては玉ねぎドームが鳴動している。

 宗教には無関心な友子だが、ビザンツ以来の歴史を生き抜き、信仰されてきたハリストスの鐘の音には魂を揺さぶる響きがある。その響きの中に身を置くだけで啓示を受けたように、福音に浴したように人を高揚させ、魂を揺さぶるものがあるのだ。

 ……でも、日曜のミサでもないのに鐘が鳴る?

 見ると相棒の紀香がテヘペロをカマシて道の向こう側を指さしている。

 え?

 紀香の指先、横断歩道を渡った街路樹の陰に乃木坂の制服女子が、友子以上に啓示を受けた顔になって鐘楼を見つめている。

 コンマ一秒で全生徒を検索すると、3年B組、中村杏の特徴と一致、同時に体温・心拍・血圧・脳波などを測定、杏がとてもときめき、高揚していることが読み取れた。

――隠れて!――

 紀香の思念が飛び込んできて、ビルの角に身を寄せる。

 自分たちが出てきたもう一つ北の出口からアズマッチが出てくるのが見えた。

 地下の駅に居てさえ鐘の音が聞こえたのだろう、余韻の振動を残すニコライ堂を見上げるアズマッチ。

 ようやく、その余韻も収まると、アズマッチは小さくため息をついて聖橋の方角に歩き出し、ほとんど無意識に読み取った情報で、アズマッチの住まいが神田明神の東にあるマンションであると知れた。



――行くよ――



 自宅に向かうアズマッチ、その後を信号一つ分遅れて付いていく中村杏。

 その後ろを付けて行く紀香と友子であった。



☆彡 主な登場人物

鈴木 友子        30年前の事故で義体化された見かけは15歳の美少女
鈴木 一郎        友子の弟で父親
鈴木 春奈        一郎の妻
鈴木  栞        未来からやってきて友子の命を狙う友子の娘
白井 紀香        2年B組 演劇部部長 友子の宿敵
大佛  聡        クラスの委員長
王  梨香        クラスメート
長峰 純子        クラスメート
麻子           クラスメート
妙子           クラスメート 演劇部
水島 昭二        談話室の幽霊 水島結衣との二重人格 バニラエッセンズボーカル





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