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32『面倒だから奇跡だ!』
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RE・友子パラドクス
32『面倒だから奇跡だ!』
「左半身にマヒが残ります。日常生活も介助無しでは無理かもしれません」
まどかの家族を前に、主治医は明日の天気予報が「せっかくの雨です」という程度の残念顔で言った。
「甚一、おめえが好子さんにかけた苦労の末だと思え。根性据えて看病すんだぞ!」
お祖父ちゃんが、小さな声で、でもしっかり、腹に収まる言い方でお父さんを励ました。
「わかってらい。でも、でもよ、こうなるまで気がついてやれなかった自分が情けなくってよ……」
お父さんは、俯いたまま、声を絞り出した。
「大将、工場のことなら任せてくださいよ。なあに、ヒト月やフタ月、自分がなんとかしますよ」
柳井のオイチャンがいうと、天気予報を付け加えるような気楽さで、医者が言った。
「まあ、最低でも半年は覚悟してください」
みんな、シーンとしてしまった。
「でもね、おまいさん……」
「なんでい、ババアの出る幕じゃねえや」
「いいや、出る幕だよ。甚一が付き添うのはあたりまえだけど、身の回りのことは、やっぱり身内の女でなくちゃ」
「じゃ、おめえが、好子さん担いだり、下の世話ができるってのかよ?」
「あたしだって、やれることはやれるけど。ここは、まどかにも一肌脱いでもらわなくっちゃねえ」
「まどかは、無理だよ。スケジュールいっぱいなんだからさ。芸能界って鉄工所のようなわけにゃいかないんだから」
兄の健一が、したり顔で注釈する。
「てめえ、鉄工所と芸能界をいっしょにしやがったな!」
「ち、ちがうよ。いっしょには成らないから言ったんじゃないか!」
「あ、そうか……て、なおのこと鉄工所バカにしてんじゃねえか!」
「騒ぐんじゃねえ! ここは病院だ、みなさんのご迷惑も考えろ。なあ看護婦さん」
「あ、今は看護師って言うんですよ、おじいちゃん」
医者が、天気予報の用語を間違えたように軽く言い添える。昭和一桁のお祖父ちゃんよりは首一つ背の高い医者なので、ひどく上から目線に聞こえる。
「なんだと、いつから、そんな外国語になっちまったんだ!?」
「外国語じゃありませんよ。日本語です。二十一世紀に入って、もう定着してますよ」
と、医者が鼻で笑うように言う。
「てやんでい、このヒョウロクダマ! カンゴシだなんて、まるで人の身も心もカンカンゴシゴシ扱うような言い方は、おいら認めねえからな。なにかい、それは、また進駐軍かなんかのお達しで、大東亜戦争を太平洋戦争に言い返させられたのと同しデンなんだろい!」
「オジイチャンね、婦の字がいけないんですよ。女偏に帚。女性を侮辱してる言葉なんですよ」
医者は、噛んで含めるようにいったが、ジイチャンには、これがカンに障った。
「てやんでい、だったら主婦はどうなんだい。ご婦人て、憧れと尊敬の籠もった言葉は、どうしてくれんだよ。やい、下手な言い訳言いやがったら、ただじゃおかねえからな!」
じいちゃんが、クリカラモンモンの二の腕をまくった。
「祖父ちゃん、相手は先生なんだからよ、オイラたちの言葉はお分かりにはならねえんだ」
「ま。おめえが、そういうなら……でもよ、長生きはしたくねえなぁ。看護師だなんてよぉ、言葉が冷てえよ。四三が十二どころか死産がいっぺえって印象だぜ。だいたい物書きが困るじゃねえか。看護婦っていや、一発で女と分かるけどよ。女性看護師じゃ、情緒もしまりもねえ」
とんだところに、話がいきそうなので、医者は回れ右してドアに手を掛けた。
「わたしが、やるわ!」
ノックもしないで、まどかが入ってきた。
「わたし、学校の火事で死にかけたとき、お母さんが懸命に治してくれたんだもん(『まどか 乃木坂学院高校演劇部物語』参照)その恩返ししなくっちゃ」
「まどか、ずいぶん早いじゃないか」
「うん、新幹線の中で走ってきちゃった」
と、うけながして主治医に迫った。
「看病って、平たく言えば手当でしょ。人の痛みを分かってあげよう。押さえてあげようって、思わず手をあててしまうことから生まれた言葉なんでしょ?」
「さすが江戸っ子! いいこと言うなあ、まどかぁ」
「したっけ、まどか、仕事の方は?」
「大丈夫、わたしが奇跡をおこすから……」
そして、ほんとうに奇跡がおこった。
いや、起こした。
まどかは、お母さんの頭に手を当て、生きてる脳細胞を一万倍の速度で活性化して、元通りにした。
「あら、まどか。どうしたのよ? いやだ、ここ病院?」
きまり悪そうに、お母さんは体を起こした。
「ミラクルおこりましたぁッ!」
ナースステーションに繋がる通話機に、それまで黙っていた女性看護師は大きな声で言った。
「信じられない、こんなことが……」
バタリ
医者は呆然として、カルテのバインダーを落としてしまった。
そして、みんなが喜んでいるうちに、まどかは、本物のまどかとテレポートで入れ替わった。
本物のまどかは、さっき新幹線に乗り、ウツラウツラしかけたところであった。で、本物のまどかも病院にテレポートさせられ奇跡が起こったと思った。
――面倒だから、奇跡ってことにしちゃったぁ(≖ᴗ≖ )――
学校に残した本体にもどっても、友子はニヤケが停まらない。
「なにやらかしたのよ?」
紀香が、ニヤニヤしながら、近づいてきた。
「ううん、梅雨の晴れ間もいいもんだなって」
「しおらしいことを。言ってみそ」
「だから、梅雨空がね……」
やがて、この分身の術でも手に負えないことがおこるとは、予想だにしない友子であった……。
☆彡 主な登場人物
鈴木 友子 30年前の事故で義体化された見かけは15歳の美少女
鈴木 一郎 友子の弟で父親
鈴木 春奈 一郎の妻
白井 紀香 2年B組 演劇部部長 友子の宿敵
大佛 聡 クラスの委員長
王 梨香 クラスメート
長峰 純子 クラスメート
麻子 クラスメート
妙子 クラスメート 演劇部
水島 昭二 談話室の幽霊 水島結衣との二重人格 バニラエッセンズボーカル
32『面倒だから奇跡だ!』
「左半身にマヒが残ります。日常生活も介助無しでは無理かもしれません」
まどかの家族を前に、主治医は明日の天気予報が「せっかくの雨です」という程度の残念顔で言った。
「甚一、おめえが好子さんにかけた苦労の末だと思え。根性据えて看病すんだぞ!」
お祖父ちゃんが、小さな声で、でもしっかり、腹に収まる言い方でお父さんを励ました。
「わかってらい。でも、でもよ、こうなるまで気がついてやれなかった自分が情けなくってよ……」
お父さんは、俯いたまま、声を絞り出した。
「大将、工場のことなら任せてくださいよ。なあに、ヒト月やフタ月、自分がなんとかしますよ」
柳井のオイチャンがいうと、天気予報を付け加えるような気楽さで、医者が言った。
「まあ、最低でも半年は覚悟してください」
みんな、シーンとしてしまった。
「でもね、おまいさん……」
「なんでい、ババアの出る幕じゃねえや」
「いいや、出る幕だよ。甚一が付き添うのはあたりまえだけど、身の回りのことは、やっぱり身内の女でなくちゃ」
「じゃ、おめえが、好子さん担いだり、下の世話ができるってのかよ?」
「あたしだって、やれることはやれるけど。ここは、まどかにも一肌脱いでもらわなくっちゃねえ」
「まどかは、無理だよ。スケジュールいっぱいなんだからさ。芸能界って鉄工所のようなわけにゃいかないんだから」
兄の健一が、したり顔で注釈する。
「てめえ、鉄工所と芸能界をいっしょにしやがったな!」
「ち、ちがうよ。いっしょには成らないから言ったんじゃないか!」
「あ、そうか……て、なおのこと鉄工所バカにしてんじゃねえか!」
「騒ぐんじゃねえ! ここは病院だ、みなさんのご迷惑も考えろ。なあ看護婦さん」
「あ、今は看護師って言うんですよ、おじいちゃん」
医者が、天気予報の用語を間違えたように軽く言い添える。昭和一桁のお祖父ちゃんよりは首一つ背の高い医者なので、ひどく上から目線に聞こえる。
「なんだと、いつから、そんな外国語になっちまったんだ!?」
「外国語じゃありませんよ。日本語です。二十一世紀に入って、もう定着してますよ」
と、医者が鼻で笑うように言う。
「てやんでい、このヒョウロクダマ! カンゴシだなんて、まるで人の身も心もカンカンゴシゴシ扱うような言い方は、おいら認めねえからな。なにかい、それは、また進駐軍かなんかのお達しで、大東亜戦争を太平洋戦争に言い返させられたのと同しデンなんだろい!」
「オジイチャンね、婦の字がいけないんですよ。女偏に帚。女性を侮辱してる言葉なんですよ」
医者は、噛んで含めるようにいったが、ジイチャンには、これがカンに障った。
「てやんでい、だったら主婦はどうなんだい。ご婦人て、憧れと尊敬の籠もった言葉は、どうしてくれんだよ。やい、下手な言い訳言いやがったら、ただじゃおかねえからな!」
じいちゃんが、クリカラモンモンの二の腕をまくった。
「祖父ちゃん、相手は先生なんだからよ、オイラたちの言葉はお分かりにはならねえんだ」
「ま。おめえが、そういうなら……でもよ、長生きはしたくねえなぁ。看護師だなんてよぉ、言葉が冷てえよ。四三が十二どころか死産がいっぺえって印象だぜ。だいたい物書きが困るじゃねえか。看護婦っていや、一発で女と分かるけどよ。女性看護師じゃ、情緒もしまりもねえ」
とんだところに、話がいきそうなので、医者は回れ右してドアに手を掛けた。
「わたしが、やるわ!」
ノックもしないで、まどかが入ってきた。
「わたし、学校の火事で死にかけたとき、お母さんが懸命に治してくれたんだもん(『まどか 乃木坂学院高校演劇部物語』参照)その恩返ししなくっちゃ」
「まどか、ずいぶん早いじゃないか」
「うん、新幹線の中で走ってきちゃった」
と、うけながして主治医に迫った。
「看病って、平たく言えば手当でしょ。人の痛みを分かってあげよう。押さえてあげようって、思わず手をあててしまうことから生まれた言葉なんでしょ?」
「さすが江戸っ子! いいこと言うなあ、まどかぁ」
「したっけ、まどか、仕事の方は?」
「大丈夫、わたしが奇跡をおこすから……」
そして、ほんとうに奇跡がおこった。
いや、起こした。
まどかは、お母さんの頭に手を当て、生きてる脳細胞を一万倍の速度で活性化して、元通りにした。
「あら、まどか。どうしたのよ? いやだ、ここ病院?」
きまり悪そうに、お母さんは体を起こした。
「ミラクルおこりましたぁッ!」
ナースステーションに繋がる通話機に、それまで黙っていた女性看護師は大きな声で言った。
「信じられない、こんなことが……」
バタリ
医者は呆然として、カルテのバインダーを落としてしまった。
そして、みんなが喜んでいるうちに、まどかは、本物のまどかとテレポートで入れ替わった。
本物のまどかは、さっき新幹線に乗り、ウツラウツラしかけたところであった。で、本物のまどかも病院にテレポートさせられ奇跡が起こったと思った。
――面倒だから、奇跡ってことにしちゃったぁ(≖ᴗ≖ )――
学校に残した本体にもどっても、友子はニヤケが停まらない。
「なにやらかしたのよ?」
紀香が、ニヤニヤしながら、近づいてきた。
「ううん、梅雨の晴れ間もいいもんだなって」
「しおらしいことを。言ってみそ」
「だから、梅雨空がね……」
やがて、この分身の術でも手に負えないことがおこるとは、予想だにしない友子であった……。
☆彡 主な登場人物
鈴木 友子 30年前の事故で義体化された見かけは15歳の美少女
鈴木 一郎 友子の弟で父親
鈴木 春奈 一郎の妻
白井 紀香 2年B組 演劇部部長 友子の宿敵
大佛 聡 クラスの委員長
王 梨香 クラスメート
長峰 純子 クラスメート
麻子 クラスメート
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