トモコパラドクス

武者走走九郎or大橋むつお

文字の大きさ
上 下
29 / 87

29『バニラエッセンズ』

しおりを挟む
RE・友子パラドクス

29『バニラエッセンズ』 




 水島結衣は学校に来るのが早い。八時前には教室で予習のチェックなどをしている。

 これに次いで早いのが王梨香である。



 おはよう



 静かに挨拶を交わし、それぞれ勉強に没頭するのが、結衣が転校してからの一年A組の習わしになってきた。

 二人に影響されて、他の子たちも勉強に熱を入れてくれればと、ノッキーこと柚木先生も願っている。

 特に、A組の出来が悪いというわけではなかった。学年でも上位のクラスだ。新採三年目で初めてもった一年生。生徒たちには恵まれたと思った。

 思った分、ノッキー先生の生徒たちへの愛情は膨らむばかりであった。「ばかり」の「ばか」で、鈴木友子を連想して少しおかしい。

 友子は、けしてバカではない。だが、いろんなことに気を取られ、集中しきれないでいるところがある。で、このごろは、ほんとうにバカな顔をしていることもある。

 現実の友子は違う。

 頭はスーパーコンピューター以上の能力を持った数十年後の技術で作られた義体で、ノッキーの知らないところで、ダイハードやったり、宇宙人の戦いに巻き込まれたり、幽霊の水島昭二が結衣という女子高生としてやっていけるのを見届けたり、けっこう忙しい。


 たまにアイドルに擬態して、先輩の紀香と街をうろつくのが、ささやかな息抜きであった。勉強は、目立たないようにわざと真ん中の順位をキープしている。



―― ピンポンパ~ン♪ 一年A組の水島結衣さん、一年A組の水島結衣さん、理事長室まで至急に来て下さい ――



 長閑な校内放送で、結衣は理事長室に呼び出された。

「失礼します……」

 そう言って入った理事長室には、あまり長閑ではない顔つきのノッキーが、先に来て座っていた。

「まあ、掛けたまえ」

「はい」

 理事長は自分の椅子に座ったまま、内容を伝えた。

「一時間ほど前に、東亜テレビから電話があってね。放課後水島さんのことで取材に来たいって言うんだ」

「え……わたしにですか?」

「ああ、これだよ」

 理事長はモニターの電源を入れた。そこには東京ドームの横で、バニラというディユオといっしょに楽しそうに歌っている結衣の姿が映っていた。

「あ、これは……」

「もう、アクセスが四万を超えている。なかなか大したもんだよ」

「わたしは、反対よ」

 ノッキーが先回りした。

「転校してきてから、一週間ちょっとだけど、水島さんの力と熱心さはよく分かっているわ。今は勉強中心にやってもらいたいの」

「まあまあ、柚木先生。水島さん本人の気持ちも聞こうじゃありませんか」

 理事長は、手を頭の後ろで組んで、ノビをした。びっくりするほど若く見える。

「スマホで撮られていたのは、知っていましたけど、こんなに話が大きくなっているなんて……」

「でしょ、だから今のうちに。理事長先生、お願いします」

「ボクは、青春時代、いろいろチャレンジしてみればいいと思う」

「先生」

「柚木先生。ハイティーンというのは、可能性の固まりなんですよ。時に自分で制御できないほどにね。僕は戦時中、そうありたくてもできなかった生徒をたくさん見てきました。生きていくことさえままならない時代でした。年寄りの妄想と笑ってくださってもいいが……時々、生徒の中に見つけてしまうんですよ。こいつは青春をやり直すために生まれ変わってきた奴じゃないかと」

「え、生まれ変わりですか?」

「いや、水島さんがそうだということでは無くて。ほら、つい、こないだも、坂東はるかさんと仲まどかさんが来てくれたでしょ。坂東さんは、この学校は中退だが、転校先の大阪の学校で素晴らしい成績を残し、得難い体験をして、今は女優の道を歩いている。類は友を呼ぶで幼なじみで後輩の仲まどかさんも女優になってしまった」

「ああ、うちのクラスにも入ってくれて、弾けてましたね(^▽^)」

「坂東さんは大阪でも充実した高校生活を送ったようですが、乃木坂に居ても人の何倍もドラマのあった人だと思うんです。で、たった半日でそれを取り戻されたような。仲さんも部活ばかりだった分を柚木先生のクラスで取り戻した。なんというか、乃木坂は中身が濃い。ハハ、いささか我田引水ですかな(^▢^)」

「『まどか 乃木坂学院高校演劇部物語』も『ワケあり転校生の7カ月』も読みました!」

「いささか誇張されているが、ほぼあの通りだよ。水島さんにもそういうところがあるのかもしれない。試してみてはどうかなぁ。向いていなければ、いくらでも方向転換の道はある。でしょ、柚木先生の先輩の貴崎マリ先生には驚きました。先生を辞めてタレントさんになっちまった」

「貴崎マリ?」

「ああ、芸名は上野百合です」

「え、あの上野百合ですか『のどあめカンタービレ』の?」

「そう、柚木先生より五歳は年上……あ、これは業界じゃ秘密だがね」



 そういうわけで、放課後は、東亜テレビが、でっかい中継車とマイクロバスでやってきた。



「中継の上野です。スタジオのタムリさん。聞こえてますか?」



 驚いたことに、MCでやってきたのは、その上野百合だった。ノッキーは驚き、理事長は、タヌキのような顔でとぼけていた。

――百合ちゃん、なんだか自分の学校みたいにスイスイ行くね――

 スタジオのタムリが本質をついてきた。

「そりゃあ、天下の乃木坂学院ですよ。もう、ネットで、トイレの位置まで確認済みです。ああ、バニラ、早くきて!」

 バニラの二人は生徒たちに取り巻かれ、素人らしく緊張している。

「こんにちは。東京ドーム……の横で、頑張ってますバニラの岩崎広也です」

「あ、西川康志です」

「今、SNSで人気のバニラ……っても、一人足りません。そう、メインボーカルの秘密の彼女が、ここにいます。で、本日の突撃アタックは、その彼女に、正式にメンバーになっていただけるよう、こんな中継車まで用意してコクリにきました。これで断られたら、今日の経費は、このバニラの二人が……」

「ええ、そんなの聞いてないっすよ!」

 マジに聞いた西川がビビリながら抗議した。

「うそよ。タムリさんがもつことになってます」

――え、ええ!?――

 タムリが奇声を発した。

「では、さっそく。ボーカルの彼女いるかなぁ……」

 一瞬生徒たちがシーンとし、結衣がこわごわと手を上げた。みんなからどよめきが起こった。

「すみません……一回歌わせてもらえませんか? それで決めたいと思います」

「よっしゃー、バニラ、いいわね、今月のタムリさんの家賃がかかってるんだからね。しっかりね!」

 この事態を予想していたスタッフによってPAの準備はバッチリだった。結衣はマイクを持つと、ゆっくりバニラの前に立った。もう顔つきがちがう。何かが降りてきた顔になっている。


 《ぼくの おいたち》 作詞:岩崎広也   作曲:西川康志

 ぼくのおいたち ぼくのおいたち ぼくのおいたち

 でも 兄貴と姉貴のむすこじゃなくってね~♪

 

 コミックソングが、きれいなバラードになって、グラウンドにいたみんなの拍手が鳴り響いた。

 すると、ロケバスから業界では名の通ったHIKARIプロの会長・光ミツルが降りてきた。

「はい、じゃ、君たち、ここにサイン」

「え……?」

 当然驚くバニラの二人。

「水島さんは未成年だから、あとで保護者のハンコもらってね」

 結衣は、もう迷うことなくサインした。保護者のはんこ……まあ、なんとかなるだろう。

 陰で見ていた友子は、紀香を振り返った。

「じゃ、新ユニット名を発表します……バニラエッセンス改め……」

 光会長が宣言した。

 そして、ここにHIKARIプロの新ユニット「バニラエッセンズ」が誕生した……。 




☆彡 主な登場人物

鈴木 友子        30年前の事故で義体化された見かけは15歳の美少女
鈴木 一郎        友子の弟で父親
鈴木 春奈        一郎の妻
白井 紀香        2年B組 演劇部部長 友子の宿敵
大佛  聡        クラスの委員長
王  梨香        クラスメート
長峰 純子        クラスメート
麻子           クラスメート
妙子           クラスメート 演劇部
水島 昭二        談話室の幽霊 水島結衣との二重人格ばにらえっせんす
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

銀河太平記

武者走走九郎or大橋むつお
SF
 いまから二百年の未来。  前世紀から移住の始まった火星は地球のしがらみから離れようとしていた。火星の中緯度カルディア平原の大半を領域とする扶桑公国は国民の大半が日本からの移民で構成されていて、臣籍降下した扶桑宮が征夷大将軍として幕府を開いていた。  その扶桑幕府も代を重ねて五代目になろうとしている。  折しも地球では二千年紀に入って三度目のグローバリズムが破綻して、東アジア発の動乱期に入ろうとしている。  火星と地球を舞台として、銀河規模の争乱の時代が始まろうとしている。

日本国転生

北乃大空
SF
 女神ガイアは神族と呼ばれる宇宙管理者であり、地球を含む太陽系を管理して人類の歴史を見守ってきた。  或る日、ガイアは地球上の人類未来についてのシミュレーションを実施し、その結果は22世紀まで確実に人類が滅亡するシナリオで、何度実施しても滅亡する確率は99.999%であった。  ガイアは人類滅亡シミュレーション結果を中央管理局に提出、事態を重くみた中央管理局はガイアに人類滅亡の回避指令を出した。  その指令内容は地球人類の歴史改変で、現代地球とは別のパラレルワールド上に存在するもう一つの地球に干渉して歴史改変するものであった。  ガイアが取った歴史改変方法は、国家丸ごと転移するもので転移する国家は何と現代日本であり、その転移先は太平洋戦争開戦1年前の日本で、そこに国土ごと上書きするというものであった。  その転移先で日本が世界各国と開戦し、そこで起こる様々な出来事を超人的な能力を持つ女神と天使達の手助けで日本が覇権国家になり、人類滅亡を回避させて行くのであった。

ゾンビの坩堝

GANA.
SF
 ……とうとう、自分もゾンビ……――  飲み込みも吐き出しもできず、暗澹と含みながら座る自分は数メートル前……100インチはある壁掛け大型モニターにでかでかと、執務室風バーチャル背景で映る、しわばんだグレイ型宇宙人風の老人を上目遣いした。血色の良い腕を出す、半袖シャツ……その赤地に咲くハイビスカスが、ひどく場違いだった。 『……このまま患者数が増え続けますと、社会保障費の膨張によって我が国の財政は――』  スピーカーからの、しわがれた棒読み……エアコンの効きが悪いのか、それとも夜間だから切られているのか、だだっ広いデイルームはぞくぞくとし、青ざめた素足に黒ビニールサンダル、青地ストライプ柄の病衣の上下、インナーシャツにブリーフという格好、そしてぼんやりと火照った頭をこわばらせる。ここに強制入所させられる前……検査バス車内……そのさらに前、コンビニで通報されたときよりもだるさはひどくなっており、入所直後に浴びせられた消毒薬入りシャワーの臭いと相まって、軽い吐き気がこみ上げてくる。 『……患者の皆さんにおかれましては、積極的にリハビリテーションに励んでいただき、病に打ち勝って一日も早く職場や学校などに復帰されますよう、当施設の長としてお願い申し上げます』

【マテリアラーズ】 惑星を巡る素材集め屋が、大陸が全て消失した地球を再興するため、宇宙をまたにかけ、地球を復興する

紫電のチュウニー
SF
 宇宙で様々な技術が発達し、宇宙域に二足歩行知能生命体が溢れるようになった時代。  各星には様々な技術が広まり、多くの武器や防具を求め、道なる生命体や物質を採取したり、高度な 技術を生み出す惑星、地球。  その地球において、通称【マテリアラーズ】と呼ばれる、素材集め専門の集団がいた。  彼らにはスポンサーがつき、その協力を得て多くの惑星より素材を集める危険な任務を担う。  この物語はそんな素材屋で働き始めた青年と、相棒の物語である。  青年エレットは、惑星で一人の女性と出会う事になる。  数奇なる運命を持つ少女とエレットの織り成すSFハイファンタジーの世界をお楽しみください。

最前線攻略に疲れた俺は、新作VRMMOを最弱職業で楽しむことにした

水の入ったペットボトル
SF
 これまであらゆるMMOを最前線攻略してきたが、もう俺(大川優磨)はこの遊び方に満足してしまった。いや、もう楽しいとすら思えない。 ゲームは楽しむためにするものだと思い出した俺は、新作VRMMOを最弱職業『テイマー』で始めることに。 βテストでは最弱職業だと言われていたテイマーだが、主人公の活躍によって評価が上がっていく?  そんな周りの評価など関係なしに、今日も主人公は楽しむことに全力を出す。  この作品は「カクヨム」様、「小説家になろう」様にも掲載しています。

超能力者の私生活

盛り塩
SF
超能力少女達の異能力バトル物語。ギャグ・グロ注意です。 超能力の暴走によって生まれる怪物『ベヒモス』 過去、これに両親を殺された主人公『宝塚女優』(ヒロインと読む)は、超能力者を集め訓練する国家組織『JPA』(日本神術協会)にスカウトされ、そこで出会った仲間達と供に、宿敵ベヒモスとの戦いや能力の真相について究明していく物語です。 ※カクヨムにて先行投降しております。

男性向け(女声)シチュエーションボイス台本

しましまのしっぽ
恋愛
男性向け(女声)シチュエーションボイス台本です。 関西弁彼女の台本を標準語に変えたものもあります。ご了承ください ご自由にお使いください。 イラストはノーコピーライトガールさんからお借りしました

ナースコール

wawabubu
青春
腹膜炎で緊急手術になったおれ。若い看護師さんに剃毛されるが…

処理中です...