28 / 87
28『きかんしえん・2』
しおりを挟む
RE・友子パラドクス
28『きかんしえん・2』
「ええ……期末試験も近いことだし、きょ、今日は自習にします!」
驚いたことに、柚木先生の方から切り出した。
麻衣、妙子、亮介、結衣、そして友子の五人は肩すかし。他のみんなは驚いた。
柚木先生は、テストの前日だって自習にしたことがない。それが、唐突に自習だなんて、クラスのみんなは、喜ぶ前にとまどった。
なんというか、良い意味で納得がいかないのだ、ノッキー先生らしくない。
「ごめん、正直に言う。放課後出さなきゃならないレポートが、まだ書けてないの。だから先生に時間をちょうだい!」
やっと歓声が上がり、みんなは大人しく自習(格好だけだど)の体制に入った。
ノッキー先生は、パソコンを前に無言で唸る。友子は先生の心を覗いた。
「机間支援」という言葉に引っかかっていた。
なるほど、これが「きかんしえん」か、と友子は分かった。普通に聞いたら「気管支炎」にしか聞こえない。
ノッキー先生は、三年目研修で都教委の研修を受けていて、その研修が明日の午後に迫っていて、それに出すレポートで悩んでいた。で、そのテーマが「机間指導」なのだ。
え、机間支援じゃなくて机間指導?
よく覗いてみると、他にも「机間観察」「机間巡視」というのもある。
四つとも、授業中に教師が生徒の机の列に入って指導したり様子を見ることを指す業界用語で、この同じことが時代と共に『机間巡視⇒机間観察⇒机間支援⇒机間指導』と変化したもののようだ。
友子は、先生の心の中にダイブしてみた。
――なに、そんなに悩んでるんですか?――
――言葉がインチキだからよ。中身は同じことなのに言葉ばっかりいじって、いい加減なのよ。机間支援てのに一番現れてる。誰が聞いても気管支炎でしょ――
――ですね。『先生、なにウロウロしてるんですか?』『キカンシエンよ』『え、大丈夫ですか!?』になりますね――
――でしょ――
――でも、いまは机間指導なんでしょ?――
――うん、一見まともなんだけど、言葉あそびという点では同じで胡散臭く感じてしまう――
――そうなんですか?――
――看護師って言い方があるじゃない――
――ああ、ナースのことですね――
――これって、性別が分からないでしょ――
――そうですね、昔は看護婦でしたね――
そうだ、小説とかで「看護婦さんがやさしく脈をみた」は「女性看護師さんがやさしく脈をみた」になって、躓いた表現になってしまう。
――でしょ、うちのお母さんは看護婦だったんだけどね、途中で看護師に変わったけど「仕事のきつさは全然変わらない」って、呼び方変わっても、夜勤明けはいつもしんどそうだった。どうせしんどいんだったら「看護婦さん」とした親しみ込めて呼ばれた方がよかったって――
そうだ、わたしも最初に殺された時、ずっと傍にいてくれたのは婦警さんだった。意識が無くなるまで手を握ってくれて「婦警さん、ありがとう……」て言ったら「うんうん、だいじょうぶだからね」って優しく微笑んでくれた。あれを「女性警官さん、ありがとう……」では言葉が硬くて雰囲気が壊れる。
――ああ……――
――でも、今は机間指導なんでしょ?――
――もっともらしいんだけど、言葉遊びという点では同じ。言葉ばかりいじっても仕方ないなんて書けないでしょ――
――そうか……――
――試験中や授業中に机の間を歩くのは、教室の秩序を守るためであり、授業が分からない子や、ノッて無い子にカツを入れるためなの。それを言葉だけいじって、さも指導の最先端いってますって立前がねえ――
――てか、心が拒否してますね……え、その指導主事って、ノッキー先生の恩師なんだ!――
――うん、すごく授業の下手くそな先生。授業中、生徒の目も見ないで勝手に進んでいっちゃうし、机間指導はもちろん、教壇から降りることもしない。質問にもろくに答えない。授業は、いつも遅刻してくるし、早く終わっちゃうし、中身は四十分ちょっとしかなかったわ――
――そんな人が指導主事になれるんですか?――
――学歴と毛並みがよかったからね――
――え……?――
――帝都大出身で、家は、三代続いた都議会議員――
――M党の花高議員ですね。わたしが、なんとかします。そんなレポートろくに目も通さないんだから、テキトーでいいんですよ、テキトーで――
――これでも、イッパシの教師なのよ、いいかげんなことはできないわ――
――そういうノッキー先生好きだけど、こんなとこで突っ張っても、時間と気力の無駄遣い。さっさとやっちゃおう――
友子は、教師の指導法のサイトを開き、ノッキー先生の心に響くキーワードを見つけ、先生の前頭葉にインストールした。
「あ……できちゃった!」
ノッキー先生が声を上げた。
「えー、なんでだろう。頭の中グチャグチャだったのに、自然に書けちゃった……」
よかったよかった(^_^;)
この話には後日談がある。
指導主事に飽き足らなくなった花高は、父が参議院選挙に出ることをうけ、都議会議員選挙に出ることになった。親子ともに自信満々だったが、議員として……というより、人としてどこか欠けることのある親子は、そろって落選した。
「政治家は、看板でなるもんじゃない。これで分かったろう!」
初代のお祖父ちゃんから説教された親子は、祖父の命令で、ハローワークに行って仕事を探したのだった……。
☆彡 主な登場人物
鈴木 友子 30年前の事故で義体化された見かけは15歳の美少女
鈴木 一郎 友子の弟で父親
鈴木 春奈 一郎の妻
白井 紀香 2年B組 演劇部部長 友子の宿敵
大佛 聡 クラスの委員長
王 梨香 クラスメート
長峰 純子 クラスメート
麻子 クラスメート
妙子 クラスメート 演劇部
水島 昭二 談話室の幽霊 水島結衣との二重人格
28『きかんしえん・2』
「ええ……期末試験も近いことだし、きょ、今日は自習にします!」
驚いたことに、柚木先生の方から切り出した。
麻衣、妙子、亮介、結衣、そして友子の五人は肩すかし。他のみんなは驚いた。
柚木先生は、テストの前日だって自習にしたことがない。それが、唐突に自習だなんて、クラスのみんなは、喜ぶ前にとまどった。
なんというか、良い意味で納得がいかないのだ、ノッキー先生らしくない。
「ごめん、正直に言う。放課後出さなきゃならないレポートが、まだ書けてないの。だから先生に時間をちょうだい!」
やっと歓声が上がり、みんなは大人しく自習(格好だけだど)の体制に入った。
ノッキー先生は、パソコンを前に無言で唸る。友子は先生の心を覗いた。
「机間支援」という言葉に引っかかっていた。
なるほど、これが「きかんしえん」か、と友子は分かった。普通に聞いたら「気管支炎」にしか聞こえない。
ノッキー先生は、三年目研修で都教委の研修を受けていて、その研修が明日の午後に迫っていて、それに出すレポートで悩んでいた。で、そのテーマが「机間指導」なのだ。
え、机間支援じゃなくて机間指導?
よく覗いてみると、他にも「机間観察」「机間巡視」というのもある。
四つとも、授業中に教師が生徒の机の列に入って指導したり様子を見ることを指す業界用語で、この同じことが時代と共に『机間巡視⇒机間観察⇒机間支援⇒机間指導』と変化したもののようだ。
友子は、先生の心の中にダイブしてみた。
――なに、そんなに悩んでるんですか?――
――言葉がインチキだからよ。中身は同じことなのに言葉ばっかりいじって、いい加減なのよ。机間支援てのに一番現れてる。誰が聞いても気管支炎でしょ――
――ですね。『先生、なにウロウロしてるんですか?』『キカンシエンよ』『え、大丈夫ですか!?』になりますね――
――でしょ――
――でも、いまは机間指導なんでしょ?――
――うん、一見まともなんだけど、言葉あそびという点では同じで胡散臭く感じてしまう――
――そうなんですか?――
――看護師って言い方があるじゃない――
――ああ、ナースのことですね――
――これって、性別が分からないでしょ――
――そうですね、昔は看護婦でしたね――
そうだ、小説とかで「看護婦さんがやさしく脈をみた」は「女性看護師さんがやさしく脈をみた」になって、躓いた表現になってしまう。
――でしょ、うちのお母さんは看護婦だったんだけどね、途中で看護師に変わったけど「仕事のきつさは全然変わらない」って、呼び方変わっても、夜勤明けはいつもしんどそうだった。どうせしんどいんだったら「看護婦さん」とした親しみ込めて呼ばれた方がよかったって――
そうだ、わたしも最初に殺された時、ずっと傍にいてくれたのは婦警さんだった。意識が無くなるまで手を握ってくれて「婦警さん、ありがとう……」て言ったら「うんうん、だいじょうぶだからね」って優しく微笑んでくれた。あれを「女性警官さん、ありがとう……」では言葉が硬くて雰囲気が壊れる。
――ああ……――
――でも、今は机間指導なんでしょ?――
――もっともらしいんだけど、言葉遊びという点では同じ。言葉ばかりいじっても仕方ないなんて書けないでしょ――
――そうか……――
――試験中や授業中に机の間を歩くのは、教室の秩序を守るためであり、授業が分からない子や、ノッて無い子にカツを入れるためなの。それを言葉だけいじって、さも指導の最先端いってますって立前がねえ――
――てか、心が拒否してますね……え、その指導主事って、ノッキー先生の恩師なんだ!――
――うん、すごく授業の下手くそな先生。授業中、生徒の目も見ないで勝手に進んでいっちゃうし、机間指導はもちろん、教壇から降りることもしない。質問にもろくに答えない。授業は、いつも遅刻してくるし、早く終わっちゃうし、中身は四十分ちょっとしかなかったわ――
――そんな人が指導主事になれるんですか?――
――学歴と毛並みがよかったからね――
――え……?――
――帝都大出身で、家は、三代続いた都議会議員――
――M党の花高議員ですね。わたしが、なんとかします。そんなレポートろくに目も通さないんだから、テキトーでいいんですよ、テキトーで――
――これでも、イッパシの教師なのよ、いいかげんなことはできないわ――
――そういうノッキー先生好きだけど、こんなとこで突っ張っても、時間と気力の無駄遣い。さっさとやっちゃおう――
友子は、教師の指導法のサイトを開き、ノッキー先生の心に響くキーワードを見つけ、先生の前頭葉にインストールした。
「あ……できちゃった!」
ノッキー先生が声を上げた。
「えー、なんでだろう。頭の中グチャグチャだったのに、自然に書けちゃった……」
よかったよかった(^_^;)
この話には後日談がある。
指導主事に飽き足らなくなった花高は、父が参議院選挙に出ることをうけ、都議会議員選挙に出ることになった。親子ともに自信満々だったが、議員として……というより、人としてどこか欠けることのある親子は、そろって落選した。
「政治家は、看板でなるもんじゃない。これで分かったろう!」
初代のお祖父ちゃんから説教された親子は、祖父の命令で、ハローワークに行って仕事を探したのだった……。
☆彡 主な登場人物
鈴木 友子 30年前の事故で義体化された見かけは15歳の美少女
鈴木 一郎 友子の弟で父親
鈴木 春奈 一郎の妻
白井 紀香 2年B組 演劇部部長 友子の宿敵
大佛 聡 クラスの委員長
王 梨香 クラスメート
長峰 純子 クラスメート
麻子 クラスメート
妙子 クラスメート 演劇部
水島 昭二 談話室の幽霊 水島結衣との二重人格
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
銀河太平記
武者走走九郎or大橋むつお
SF
いまから二百年の未来。
前世紀から移住の始まった火星は地球のしがらみから離れようとしていた。火星の中緯度カルディア平原の大半を領域とする扶桑公国は国民の大半が日本からの移民で構成されていて、臣籍降下した扶桑宮が征夷大将軍として幕府を開いていた。
その扶桑幕府も代を重ねて五代目になろうとしている。
折しも地球では二千年紀に入って三度目のグローバリズムが破綻して、東アジア発の動乱期に入ろうとしている。
火星と地球を舞台として、銀河規模の争乱の時代が始まろうとしている。

スプラヴァン!
鳳
SF
西暦2100年。
日本の夏季は50℃付近に達し、超高温注意報が発令される。
異常な熱波で熱中症による外への行動制限が過剰にかかり、
日本各地であらゆるスポーツが中止されてゆく中、
政府はウォーターバトルフィールド開催を宣言。
水鉄砲で打ち合うスポーツを行う壮大な水打ち計画を実施した。
多くの人たちがイベントに乗じて打ち合い、冷涼に愉快する。
体力不足を補おうと、全国学校の科目としても登録。
あたかも、水のごとく国の中に浸透し続けていった。
一方、トウキョウ内で成績が上がらない学校があり、
エアコンに浸りきった気分でうだつが上がらずに向上心もなくなる
児童たちもふえてゆく。
どうにもならず無力にふぬけたところ、1人の転校生がやってきた。
同じく各地方で水にふれ合う者たちも様々な出来事に
巡り会い、少年、少女時代の一時を熱風にゆられて送る。
あの日、楽しかった夏へ。ありえたかもしれない水物語。
この作品は7月1日~8月31日の間のみ投稿します。
季節に合わせて是非お読み下さい。

超能力者の私生活
盛り塩
SF
超能力少女達の異能力バトル物語。ギャグ・グロ注意です。
超能力の暴走によって生まれる怪物『ベヒモス』
過去、これに両親を殺された主人公『宝塚女優』(ヒロインと読む)は、超能力者を集め訓練する国家組織『JPA』(日本神術協会)にスカウトされ、そこで出会った仲間達と供に、宿敵ベヒモスとの戦いや能力の真相について究明していく物語です。
※カクヨムにて先行投降しております。
男性向け(女声)シチュエーションボイス台本
しましまのしっぽ
恋愛
男性向け(女声)シチュエーションボイス台本です。
関西弁彼女の台本を標準語に変えたものもあります。ご了承ください
ご自由にお使いください。
イラストはノーコピーライトガールさんからお借りしました

『機械の夜明け』
粟井義道
SF
15章構成プロット
📌 舞台: 2057年、日本。AI政府「オルタ」が完全支配する世界。
📌 主人公: カズマ・アオバ(22歳)—感情を持つことが禁止された社会で"人間らしさ"に憧れる青年。
📌 目的: AI支配からの解放と、人間らしさの復活。

いつか日本人(ぼく)が地球を救う
多比良栄一
SF
この小説にはある仕掛けがある。
読者はこの物語を読み進めると、この作品自体に仕掛けられた「前代未聞」のアイデアを知ることになる。
それは日本のアニメやマンガへ注がれるオマージュ。
2次創作ではない、ある種の入れ子構造になったメタ・フィクション。
誰もがきいたことがある人物による、誰もみたことがない物語がいま幕を開ける。
すべてのアニメファンに告ぐ!! 。隠された謎を見抜けるか!!。
------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------
25世紀後半 地球を襲った亜獣と呼ばれる怪獣たちに、デミリアンと呼ばれる生命体に搭乗して戦う日本人少年ヤマトタケル。なぜか日本人にしか操縦ができないこの兵器に乗る者には、同時に、人類を滅ぼすと言われる「四解文書」と呼ばれる極秘文書も受け継がされた。
もしこれを人々が知れば、世界は「憤怒」し、「恐怖」し、「絶望」し、そして「発狂」する。
かつてそれを聞いた法皇がショック死したほどの四つの「真理」。
世界でたった一人、人類を救えも、滅ぼしもできる、両方の力を手に入れた日本人少年ヤマトタケル。
彼は、世界100億人全員から、救いを求められ、忌み嫌われ、そして恐れられる存在になった。
だが彼には使命があった。たとえ人類の半分の人々を犠牲にしても残り11体の亜獣を殲滅すること、そして「四解文書」の謎を誰にも知られずに永遠に葬ることだった。


【超速爆速レベルアップ】~俺だけ入れるダンジョンはゴールドメタルスライムの狩り場でした~
シオヤマ琴@『最強最速』発売中
ファンタジー
ダンジョンが出現し20年。
木崎賢吾、22歳は子どもの頃からダンジョンに憧れていた。
しかし、ダンジョンは最初に足を踏み入れた者の所有物となるため、もうこの世界にはどこを探しても未発見のダンジョンなどないと思われていた。
そんな矢先、バイト帰りに彼が目にしたものは――。
【自分だけのダンジョンを夢見ていた青年のレベリング冒険譚が今幕を開ける!】
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる