8 / 87
8『乃木坂の空の白い雲』
しおりを挟む
RE・友子パラドクス
8『乃木坂の白い雲』
連休明けの空にポッカリ雲が浮かんで、乃木坂を学校へ向かう友子は見とれてしまった。
義体になる何年か前に、両親に連れられていった遊園地のことを思い出していた。
いま父をやっている一郎は、まだ保育所。ちょこまかとよく動く子で目が離せなかった。友子は、面倒なガキだと思いながら、姉として弟への愛情は十分持っていた。だから遊園地で一郎が急に走り出し「コラぁ!」と言って、背中のリュックを掴まえバランスを崩し姉弟重なって芝生に転んだときも、じゃれ合いながらケラケラ笑えた。その時も、こんな雲が浮かんでいたなあ……そう思ったら、歩道の敷石につまずいて、前を歩いていた担任の柚木先生のお尻を掴んでしまった。
「ウワ[ *Д* ]!」「キャー(≧◇≦)!」
ダブルの悲鳴に、通学通勤途中のみんなが注目した。
「また、あなたぁ!?」
「あ、すみません。つい雲見て思い出にふけっていたもので……」
「鈴木さんねぇ」
「あ、でもでも、先生って、いつも生徒が危ないというところにいらっしゃるんですね! 偉いです! 教師の鑑です!」
「うう……嬉しいけど、今度は他の先生にしてちょうだい(≧ヘ≦)」
「はい、すみません」
先生は、さっさと先を急いで行ってしまった。
「どうだった、柚木先生のお尻の感触は?」
気がつくと、クラスの委員長大佛聡が、落っことしたカバンを拾ってくれてニヤニヤしている。
「その質問はセクハラよ、オサラギサトシ君。委員長としても問題ありだな」
「お、名前、覚えていてくれたんだな、正確に。たいがいのやつはダイブツソウとか読んじゃうんだぜ」
「カバン拾ってくれてアリガト!」
そう言って、友子はさっさと歩き出した。
「おい、待ってくれよ!」
「まったねえ!」
友子は、競歩の試合なら世界新のスピードで校門へ向かった。大佛も走って追いかけてくるほどのバカではないようだ。
まだ自分の力がコントロールできていない。
昨日は外交官を危機から救って、ネットへの介入と瞬間の指技と擬態の能力があることが分かった。スゴイと思ったら、さっきみたいにズッコケる。初日は敵を誘い出すための計算した行動だったけど(それで白石紀香は姿を現したけど、もう、敵などという状況ではないことが分かった)今のは完全な不可抗力。どうやら、自分の中にはいろんなモードやスキルがあるようだけど、その種類も切り替え方も分からない友子だ。
クラスはおろか、この二日あまりで見た生徒や先生の情報は全て記憶してしまった。今も大佛聡の情報が一瞬頭に浮かび、彼が一番好意を持つようなリアクションをしたことなど、友子の意識の中にはなかった。
これは、デフォルトの親和的プログラムのなせるワザで、三十年ぶりに人と接することができる喜びから増幅されたものだ。本来宿敵である白石紀香が敵ではなく、当面は誰とも戦わずに済むという安心感もプラスになっている。
放課後までには、ほとんどのクラスメートと仲良しになってしまった。
六時間目に柚木先生が授業に来たが、歩き方が微妙におかしい。他の生徒は気づかないが、先生のニュートラルな歩き方を覚えてしまった友子には分かった。朝、友子が掴んだお尻が、目を透視モードにすると青あざになっていることが分かった。
少しだけ申し訳ない気持ちになった。
同時に、先生の気持ちに曇りがあることにも気づいた。
先生は空席になっている長峰純子という生徒のことが気に掛かっているのだ。
入学して一週間ほどで来なくなった子だ。電話や家庭訪問をくり返しているがラチがあかないようだ。柚木先生の記憶を基に長峰純子の情報を取り込んだ。長峰興産という大きな会社の社長の一人娘だ。するとネットを介して長峰興産の表と裏の情報が頭に流れ込んできた。
え、ええ……!?
その情報に友子は慄然とした。
「鈴木さん、十五ページの漢文読んでみて」
柚木先生が、ボンヤリしている友子に当てた。目の奥には若干の意地悪が籠もっていたが気にもならなかった。
「はい……渭城朝雨潤輕塵 客舎青青柳色新 勧君更盡一杯酒 西出陽關無故人」
教室中がシーンとなった。
王維の『送元二使安西』を完全な中国語の発音でやってのけてしまったのだ。
――しまった(-_-;)――
そう思った時は、華僑の生徒である王梨香(ワンちゃん)が一人感動の眼差しで見つめている。
「鈴木さん。中国語できるの……?」
「あ…………NHKの中国語講座で、ちょっと」
「汝会说汉语! あ、あなたとっても中国語がうまいわ!」
梨香(ワンちゃん)が感激のあまり、中国語と日本語で賞賛した。
「じゃ、ついでに訳してもらおうかしら」
「は、はい。渭城の朝の雨が軽い砂埃を潤し旅館の前の柳の葉色も雨に洗われて瑞々しい。君にすすめる。昨夜は大いに飲み明かしたが、ここでもう一杯飲んでくれ。西域との境である陽関を出れば、もう友人は一人もいないだろうから……アハハ、こないだ中国語講座で出てきたとこなんです」
「ああ……こ、ここの解説は、又今度にして、白楽天にいきます!」
やってしまった。と、反省しきりの友子であった……。
☆彡 主な登場人物
鈴木 友子 30年前の事故で義体化された見かけは15歳の美少女
鈴木 一郎 友子の弟で父親
鈴木 春奈 一郎の妻
白井 紀香 2年B組 演劇部部長 友子の宿敵
大佛 聡 クラスの委員長
王 梨香 クラスメート
長峰 純子 長欠のクラスメート
8『乃木坂の白い雲』
連休明けの空にポッカリ雲が浮かんで、乃木坂を学校へ向かう友子は見とれてしまった。
義体になる何年か前に、両親に連れられていった遊園地のことを思い出していた。
いま父をやっている一郎は、まだ保育所。ちょこまかとよく動く子で目が離せなかった。友子は、面倒なガキだと思いながら、姉として弟への愛情は十分持っていた。だから遊園地で一郎が急に走り出し「コラぁ!」と言って、背中のリュックを掴まえバランスを崩し姉弟重なって芝生に転んだときも、じゃれ合いながらケラケラ笑えた。その時も、こんな雲が浮かんでいたなあ……そう思ったら、歩道の敷石につまずいて、前を歩いていた担任の柚木先生のお尻を掴んでしまった。
「ウワ[ *Д* ]!」「キャー(≧◇≦)!」
ダブルの悲鳴に、通学通勤途中のみんなが注目した。
「また、あなたぁ!?」
「あ、すみません。つい雲見て思い出にふけっていたもので……」
「鈴木さんねぇ」
「あ、でもでも、先生って、いつも生徒が危ないというところにいらっしゃるんですね! 偉いです! 教師の鑑です!」
「うう……嬉しいけど、今度は他の先生にしてちょうだい(≧ヘ≦)」
「はい、すみません」
先生は、さっさと先を急いで行ってしまった。
「どうだった、柚木先生のお尻の感触は?」
気がつくと、クラスの委員長大佛聡が、落っことしたカバンを拾ってくれてニヤニヤしている。
「その質問はセクハラよ、オサラギサトシ君。委員長としても問題ありだな」
「お、名前、覚えていてくれたんだな、正確に。たいがいのやつはダイブツソウとか読んじゃうんだぜ」
「カバン拾ってくれてアリガト!」
そう言って、友子はさっさと歩き出した。
「おい、待ってくれよ!」
「まったねえ!」
友子は、競歩の試合なら世界新のスピードで校門へ向かった。大佛も走って追いかけてくるほどのバカではないようだ。
まだ自分の力がコントロールできていない。
昨日は外交官を危機から救って、ネットへの介入と瞬間の指技と擬態の能力があることが分かった。スゴイと思ったら、さっきみたいにズッコケる。初日は敵を誘い出すための計算した行動だったけど(それで白石紀香は姿を現したけど、もう、敵などという状況ではないことが分かった)今のは完全な不可抗力。どうやら、自分の中にはいろんなモードやスキルがあるようだけど、その種類も切り替え方も分からない友子だ。
クラスはおろか、この二日あまりで見た生徒や先生の情報は全て記憶してしまった。今も大佛聡の情報が一瞬頭に浮かび、彼が一番好意を持つようなリアクションをしたことなど、友子の意識の中にはなかった。
これは、デフォルトの親和的プログラムのなせるワザで、三十年ぶりに人と接することができる喜びから増幅されたものだ。本来宿敵である白石紀香が敵ではなく、当面は誰とも戦わずに済むという安心感もプラスになっている。
放課後までには、ほとんどのクラスメートと仲良しになってしまった。
六時間目に柚木先生が授業に来たが、歩き方が微妙におかしい。他の生徒は気づかないが、先生のニュートラルな歩き方を覚えてしまった友子には分かった。朝、友子が掴んだお尻が、目を透視モードにすると青あざになっていることが分かった。
少しだけ申し訳ない気持ちになった。
同時に、先生の気持ちに曇りがあることにも気づいた。
先生は空席になっている長峰純子という生徒のことが気に掛かっているのだ。
入学して一週間ほどで来なくなった子だ。電話や家庭訪問をくり返しているがラチがあかないようだ。柚木先生の記憶を基に長峰純子の情報を取り込んだ。長峰興産という大きな会社の社長の一人娘だ。するとネットを介して長峰興産の表と裏の情報が頭に流れ込んできた。
え、ええ……!?
その情報に友子は慄然とした。
「鈴木さん、十五ページの漢文読んでみて」
柚木先生が、ボンヤリしている友子に当てた。目の奥には若干の意地悪が籠もっていたが気にもならなかった。
「はい……渭城朝雨潤輕塵 客舎青青柳色新 勧君更盡一杯酒 西出陽關無故人」
教室中がシーンとなった。
王維の『送元二使安西』を完全な中国語の発音でやってのけてしまったのだ。
――しまった(-_-;)――
そう思った時は、華僑の生徒である王梨香(ワンちゃん)が一人感動の眼差しで見つめている。
「鈴木さん。中国語できるの……?」
「あ…………NHKの中国語講座で、ちょっと」
「汝会说汉语! あ、あなたとっても中国語がうまいわ!」
梨香(ワンちゃん)が感激のあまり、中国語と日本語で賞賛した。
「じゃ、ついでに訳してもらおうかしら」
「は、はい。渭城の朝の雨が軽い砂埃を潤し旅館の前の柳の葉色も雨に洗われて瑞々しい。君にすすめる。昨夜は大いに飲み明かしたが、ここでもう一杯飲んでくれ。西域との境である陽関を出れば、もう友人は一人もいないだろうから……アハハ、こないだ中国語講座で出てきたとこなんです」
「ああ……こ、ここの解説は、又今度にして、白楽天にいきます!」
やってしまった。と、反省しきりの友子であった……。
☆彡 主な登場人物
鈴木 友子 30年前の事故で義体化された見かけは15歳の美少女
鈴木 一郎 友子の弟で父親
鈴木 春奈 一郎の妻
白井 紀香 2年B組 演劇部部長 友子の宿敵
大佛 聡 クラスの委員長
王 梨香 クラスメート
長峰 純子 長欠のクラスメート
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
銀河太平記
武者走走九郎or大橋むつお
SF
いまから二百年の未来。
前世紀から移住の始まった火星は地球のしがらみから離れようとしていた。火星の中緯度カルディア平原の大半を領域とする扶桑公国は国民の大半が日本からの移民で構成されていて、臣籍降下した扶桑宮が征夷大将軍として幕府を開いていた。
その扶桑幕府も代を重ねて五代目になろうとしている。
折しも地球では二千年紀に入って三度目のグローバリズムが破綻して、東アジア発の動乱期に入ろうとしている。
火星と地球を舞台として、銀河規模の争乱の時代が始まろうとしている。
シンクの卵
名前も知らない兵士
児童書・童話
小学五年生で文房具好きの桜井春は、小学生ながら秘密組織を結成している。
メンバーは四人。秘密のアダ名を使うことを義務とする。六年生の閣下、同級生のアンテナ、下級生のキキ、そして桜井春ことパルコだ。
ある日、パルコは死んだ父親から手紙をもらう。
手紙の中には、銀貨一枚と黒いカードが入れられており、カードには暗号が書かれていた。
その暗号は市境にある廃工場の場所を示していた。
とある夜、忍び込むことを計画した四人は、集合場所で出くわしたファーブルもメンバーに入れて、五人で廃工場に侵入する。
廃工場の一番奥の一室に、誰もいないはずなのにランプが灯る「世界を変えるための不必要の部屋」を発見する五人。
そこには古い机と椅子、それに大きな本とインクが入った卵型の瓶があった。
エポックメイキング。
その本に万年筆で署名して、正式な秘密組織を発足させることを思いつくパルコ。
その本は「シンクの卵」と呼ばれ、書いたことが現実になる本だった。

男性向け(女声)シチュエーションボイス台本
しましまのしっぽ
恋愛
男性向け(女声)シチュエーションボイス台本です。
関西弁彼女の台本を標準語に変えたものもあります。ご了承ください
ご自由にお使いください。
イラストはノーコピーライトガールさんからお借りしました

超能力者の私生活
盛り塩
SF
超能力少女達の異能力バトル物語。ギャグ・グロ注意です。
超能力の暴走によって生まれる怪物『ベヒモス』
過去、これに両親を殺された主人公『宝塚女優』(ヒロインと読む)は、超能力者を集め訓練する国家組織『JPA』(日本神術協会)にスカウトされ、そこで出会った仲間達と供に、宿敵ベヒモスとの戦いや能力の真相について究明していく物語です。
※カクヨムにて先行投降しております。

いつか日本人(ぼく)が地球を救う
多比良栄一
SF
この小説にはある仕掛けがある。
読者はこの物語を読み進めると、この作品自体に仕掛けられた「前代未聞」のアイデアを知ることになる。
それは日本のアニメやマンガへ注がれるオマージュ。
2次創作ではない、ある種の入れ子構造になったメタ・フィクション。
誰もがきいたことがある人物による、誰もみたことがない物語がいま幕を開ける。
すべてのアニメファンに告ぐ!! 。隠された謎を見抜けるか!!。
------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------
25世紀後半 地球を襲った亜獣と呼ばれる怪獣たちに、デミリアンと呼ばれる生命体に搭乗して戦う日本人少年ヤマトタケル。なぜか日本人にしか操縦ができないこの兵器に乗る者には、同時に、人類を滅ぼすと言われる「四解文書」と呼ばれる極秘文書も受け継がされた。
もしこれを人々が知れば、世界は「憤怒」し、「恐怖」し、「絶望」し、そして「発狂」する。
かつてそれを聞いた法皇がショック死したほどの四つの「真理」。
世界でたった一人、人類を救えも、滅ぼしもできる、両方の力を手に入れた日本人少年ヤマトタケル。
彼は、世界100億人全員から、救いを求められ、忌み嫌われ、そして恐れられる存在になった。
だが彼には使命があった。たとえ人類の半分の人々を犠牲にしても残り11体の亜獣を殲滅すること、そして「四解文書」の謎を誰にも知られずに永遠に葬ることだった。


【超速爆速レベルアップ】~俺だけ入れるダンジョンはゴールドメタルスライムの狩り場でした~
シオヤマ琴@『最強最速』発売中
ファンタジー
ダンジョンが出現し20年。
木崎賢吾、22歳は子どもの頃からダンジョンに憧れていた。
しかし、ダンジョンは最初に足を踏み入れた者の所有物となるため、もうこの世界にはどこを探しても未発見のダンジョンなどないと思われていた。
そんな矢先、バイト帰りに彼が目にしたものは――。
【自分だけのダンジョンを夢見ていた青年のレベリング冒険譚が今幕を開ける!】
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる