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174『献茶にことよせて』

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鳴かぬなら 信長転生記

174『献茶にことよせて』織部 




 いつに変わらぬ所作で茶をたて、それからは常には使わぬ高坏に茶碗を載せ、恭しく神前の八脚案(はっきゃくあん=神さまのテーブル)に備える利休パイセン。

 パイセンの一礼に合わせて、わたしも、信玄・謙信の両先輩と共に頭を下げる。

 長江の築堤工事を観て扶桑に戻ったわたしは信玄パイセンに報告したのだが、それが少し大げさになった。

 御山に登って神前で考えようということになった。

 山頂の草原に毛氈を敷き、献茶の様式をとっている。

 御祭神の天照大神は趣味がお菓子作り、畏まったことが苦手な神さまだから、この場には姿を現さない。信玄・謙信両パイセンも百も承知だ。

 神前で話すということで、わたしの報告と、報告を基にした分析、分析の結果に出た作戦というか行動指針に重みが付く。部室や生徒会室、まして、いつもの中庭では軽すぎるしね。

 それに、御山は学院の聖域なので、学園の者たちを呼ばなくても角が立たない。

 さすがに信玄、やることにソツが無いし無駄もない。

「それじゃあ、本題に入るぞ。織部、もう一度話してくれ」

 献茶の後、利休パイセンのお手前でお茶を頂くと、信玄パイセンはさっそく振ってきた。

「はい、長江の上流では……」

 見たままに話をする。

 感想や意見は交えない。気にかかる茶器を見つけて、その姿形を述べるだけで欠点も長所も述べないことに似ている。感じた長所や欠点を述べるのは、見た者の主観に過ぎず聞いた者の目を眩ますことになる。信玄・謙信パイセンも優れた武将で、例え主観を交えても的確に判断するだろうが、及ばずながら、この古田織部も二人に倣う。

 魏の曹操が長江の上流、魏と呉の境界で長堤を築いている。その費用の過半を魏が負担、築堤の指揮は魏が行うものの、労務の大半は呉の兵士や応募してきた人夫に任せ、賃金は平等に支払い、就労時間や福利厚生も行き届いていている。宿舎周辺は工事関係者相手の出店などが多く現れ活況を呈している。そして、事業費が足らずに魏の側の堤防を二尺近く低く作っていることなどを、用意した資料を基に説明した。

「作事は信玄が専門でしょ」

 腕組みする信玄パイセンに謙信パイセンが水を向ける。

「利休、神前であるが膝を崩しても構わぬか?」

「ご随意に、元々神代の時代に正座の習慣は無いしね」

「それでは……」

 足を組みかえると、刹那、赤のパンツが覗く。常は生成りの木綿と決めているパイセン、気構えのほどがうかがえる。

「治山治水は為政者たる者の要諦、それに力を注ぐのはなにも不思議ではない。儂も、信玄堤の工事には力を注いだからなぁ……織部、図面を見せてくれ」

「はい、どうぞ」

「「え?」」

 利休・謙信パイセンが意外の声を上げる。

「儂も驚いた、この図面、売店で売っているんだそうだ」

「相場の三倍はするんですけどね、高い分は工費の足しにするそうです」

「……単なる思い付きではないなぁ、規模も工程も理にかなっている」

「織部、あなた自身もこれを確認したのね?」

「はい、武蔵といっしょに要所要所の現場を見てきましたが、図面の通り。場所によっては、それに増す補強が行われていました。これが写真です」

「むむ、ていねいな作事だ」

「よく写真に撮らせたわね」

「実に協力的でした、曹操殿も『いっそ、定期的に説明会をやってもいいかなあ』と言って、料金設定の相談もされたぐらいです」

「その料金も?」

「はい、築堤の資金になります。出ている出店などからも2%の冥加金を徴収しています」

「2%ではたかが知れているでしょ?」

 魚屋やら貸倉庫を生業にした商売人でもある利休パイセンも質問を挟む。

「はい、利はそれ以上にあると思われるので、業者の半分以上がプラス2~3%の寄付をしております」

「うまいやり方だ、初めから4%5%の税を課しては店を出す者も少なく反発も招くだろうしな」

「はい、その意に感じた洛陽の大商人たちは自発的に資金を提供し始めていると聞いています。商人たちに国境はありませんので、これに同調する者も現れるかもしれません」

「しかし、これほどの大事業、空気や善意に頼っていても全ては賄えないだろうに……はてさて、曹操という男、有能なサイコパスとばかり思っていたが……得体がしれん」

「武蔵がいっしょだったはずだが?」

「はい、工事関係者の町では売り切れの店からニギヤカシにライブめいたことをやるんですが、その雰囲気が気に入って居ついてしまいました」

「なんと、あの剣術バカがか!?」

「はい、探索の折にはカラコンをさせて目の鋭さを隠していたんですが、あいつ、目つきを柔らかくすると人格が変わってしまいまして……剣術使いでもあって、リズム感もいいし、身のこなしも軽いもんですから……あ、動画を観てもらった方が早いですねえ(^_^;)」

 タブレットで動画を出すと、三人とも笑顔になって見てくれる。

「水を得た魚というか、戦場の謙信というか……」

「信玄というか……」

「まさに『野(や)にある花ごとく』ね」

 これは言い間違いではない、前世では『野(の)にある花の如く』と言った利休パイセンだけど、こちらに来てからは『野(や)にある花の如く』と折に触れて言う。

『窯変』に通じる言葉と思っているけど、なぜか、曹操の顔が浮かんでしまったわたしだった。



 
☆彡 主な登場人物

織田 信長       本能寺の変で討ち取られて転生  ニイ(三国志での偽名)
熱田 敦子(熱田大神) あっちゃん 信長担当の尾張の神さま
織田 市        信長の妹  シイ(三国志での偽名)
平手 美姫       信長のクラス担任
武田 信玄       同級生
上杉 謙信       同級生 配下に上杉四天王(直江兼続・柿崎景家・宇佐美定満・甘粕景持 )
古田 織部       茶華道部の眼鏡っ子  越後屋(三国志での偽名)
宮本 武蔵       孤高の剣聖
二宮 忠八       市の友だち 紙飛行機の神さま
雑賀 孫一       クラスメート
松平 元康       クラスメート 後の徳川家康
リュドミラ       旧ソ連の女狙撃手 リュドミラ・ミハイロヴナ・パヴリィチェンコ  劉度(三国志での偽名)
今川 義元       学院生徒会長
坂本 乙女       学園生徒会長
曹茶姫         魏の女将軍 部下(備忘録 検品長) 曹操・曹素の妹
諸葛茶孔明       漢の軍師兼丞相
大橋紅茶妃       呉の孫策妃 コウちゃん
孫権          呉王孫策の弟 大橋の義弟
天照大神        御山の御祭神  弟に素戔嗚  部下に思金神(オモイカネノカミ) 一言主

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