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169『赤壁・1』

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鳴かぬなら 信長転生記

169『赤壁・1』書籍範 




 大橋(だいきょう)さんには感謝するばかりだ。

 本来なら『大橋さん』などと気安く呼べるお方ではない。

 豊盃羽沙壽(ほうはいぱさじゅ)のオーナーで、自由都市豊盃で一目も二目も置かれる商人であるばかりでなく文化的リーダー。パサージュという新しい業態で、豊盃楼(豊盃ビル)を生き返らせ豊盃一お洒落な商業施設にしてくださった。
 お蔭で、閉店寸前だったわたしの店もパサージュの中央路に移って望外の繁盛。繁盛しすぎて老夫婦では回し切れなくなり、もう若い人に譲ろうかと思った時。わたしを店主にしたまま自分の店になさって、なんと家賃まで払ってくださる。「全部譲られてはお寂しいでしょ」と、店の一画を新聞と雑誌のコーナーにしてくださった。

 それに、大橋さんは呉の孫策公の妃である。元々は喬公の姫で喬公が呉に下った時に捕虜同然に妻妾の一人にされたが、その器の大きさと優れた器量で妃同然の処遇を受けていらっしゃる。
 妹の小橋さまも、孫策様第一の家臣、周瑜殿の妃になられ、姉妹共々呉の発展と三国志の平安に尽くされている。

 その大橋さま、いや、大橋さんが、いくつかの地点を指し示し「ちょっと見てきて下さらないかしら」と老生にお頼みになった。

 これで二回目。

 前回は「三蔵法師さま御一行に豊盃に来ていただけるように、あ、いえ、道中お噂を集めて知らせていただけないかしら」と御頼みになり、運に恵まれて御一行を豊盃にお連れすることができた。

「街や村々の様子を知らせてくださるだけでいいんです。そうねぇ、今度は奥様もお連れになって、お店の方はうちの、そう、リュドミラさんにやってもらいます。だいぶ柔らかくはなったけど、もう少しがんばってもらいましょう。チュウボウ(孫権)も懐いてるし、二人とも社会勉強的な? そんな感じで。ね、正直羨ましいんですよ。孫策さんももう少しお暇になったら、いっしょにあちこち見て周りたい……まぁ、そんな下心あってのことだから、どうぞお気楽に(⌒∇⌒)」

 まいったまいった、これだけのことを大説法会パレードの最中に馬を寄せて、ラーメンいっぱいできるくらいの間におっしゃるんだからなあ。

「ほほほ、あなた、もう耳にタコですよ」

「いや、感謝してもしきれんだろうがぁ。こうやって、本で読むしかなかった三国志のあちらこちらを見て周れてるんだ」

「それはそうだけど、ブツブツ言ってる間にも景色は変わっていきます、しっかり目に停めて大橋さんにお話しできるようにしなくちゃいけませんよ」

「いや、ちゃんと見てるし」

「そうお、じゃあ、ここまでに見えた雲はどんな雲でしたぁ?」

「雲ぉ?」

「あ、上を向いちゃいけません。目に留まったままをおっしゃい」

「ええと……いわし雲、時どき入道雲」

「なんですか、それぇ。夏と秋の雲がごっちゃじゃないですか」

「いや、季節の変わり目だからぁ」

「雲一つない晴天ですよ」

「え、そうなのか?」

「もう、行雲流水を見るのは観光のイロハじゃないですか。ボーっとするのは店番の時だけでいいですからね」

 ぐぬぬ、口の減らん婆さんだ。

「なにか言いましたぁ?」

「あ、いや、今日はな、行雲流水の流水の方を見に行こうと思ってるんだ」

「流水なら、すぐ脇を流れているじゃないですか」

 たしかに長江に沿って馬を進めている。

「水と人との関りを見るんだ。舟運、治水、開発、そういう人の関わり方で自然というものは姿を変えていくんだ」

「そうですねえ、転石苔を生ぜず……若いころ言ってましたよねぇ」

「え、そうだったかぁ?」

「そうですよ、英語で言うとA rolling stone gathers no moss. 言ってましたよ範さん」

「ああ、英語の方がカッコいいかなあ」

「あの言葉には二つの意味があるって、結婚してから分かりましたけどね」

「知ってたのかあ」

「でも、まあ……それで、どのあたりで流水を鑑賞するおつもりなんですか?」

「赤壁」

「え?」

「セキヘキ……ほら、この川の折れを曲がったところだ」

 言うと少女のような反射の良さで首を巡らす。

 口の減ららない婆さんになったが、こういうところは昔のままだ。

 いや、昔を取り戻したのか……大橋さんはほんとうにいい機会を作ってくださった。

 

☆彡 主な登場人物

織田 信長       本能寺の変で討ち取られて転生  ニイ(三国志での偽名)
熱田 敦子(熱田大神) あっちゃん 信長担当の尾張の神さま
織田 市        信長の妹  シイ(三国志での偽名)
平手 美姫       信長のクラス担任
武田 信玄       同級生
上杉 謙信       同級生 配下に上杉四天王(直江兼続・柿崎景家・宇佐美定満・甘粕景持 )
古田 織部       茶華道部の眼鏡っ子  越後屋(三国志での偽名)
宮本 武蔵       孤高の剣聖
二宮 忠八       市の友だち 紙飛行機の神さま
雑賀 孫一       クラスメート
松平 元康       クラスメート 後の徳川家康
リュドミラ       旧ソ連の女狙撃手 リュドミラ・ミハイロヴナ・パヴリィチェンコ  劉度(三国志での偽名)
今川 義元       学院生徒会長
坂本 乙女       学園生徒会長
曹茶姫         魏の女将軍 部下(備忘録 検品長) 曹操・曹素の妹
諸葛茶孔明       漢の軍師兼丞相
大橋紅茶妃       呉の孫策妃 コウちゃん
孫権          呉王孫策の弟 大橋の義弟
天照大神        御山の御祭神  弟に素戔嗚  部下に思金神(オモイカネノカミ) 一言主
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