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36『あの時と同じ』

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鳴かぬなら 信長転生記

36『あの時と同じ』  




 古い話だが聞いてくれ。


 今川義元が三万の軍勢で押し寄せてきた時、織田信長は一巻の終わりだと思った。

 織田信長というのは俺のことな。

 俺は、自分を考える時は『織田信長』という三人称的な固有名詞で考える。『俺』とか『自分』とかの普通の一人称を使うと自己愛が先に立って判断を誤る。

 世間は『尾張のうつけ』という括りで俺の事を見ていた。そういう見方は評価を誤る。じっさい誤っていたしな。

 で、今川義元。

 当時の織田信長の動員力は三千にすぎない。義元とは十倍の開きがある。

 世間も家来も、義元に降参しろと言っていた。降参すれば松平元康(後の家康だ)程度には処遇される。

 城もカミさんも取り上げられ、戦では、最も危険な前線ばかリにまわされる、大名とは名ばかりの高級奴隷だ。

 義元に勝つ見込みは一つだけ。

 奴の軍列が伸びきった時に、奴の首だけを狙って軍列の真横から突っ込んで行くしかない。

 尾張の東に桶狭間と田楽狭間という谷間がある。義元が尾張に侵入するには必ず通らなければならないところだ。

 駿河からの道のりを考えれば、ここで休憩をとる可能性がある。まあ、三割ぐらいの確立だがな。

 人には言わない。こんな博打のような作戦に賛成するやつはバカか、ただの崇拝者だ。

 だが、俺は自分を『織田信長』と規定して、いろいろ手を打った上で、六分の勝利を見込んでいた。


 あの時と同じ感覚がした。


 この獣道をたどれば、三国志の全貌と弱点が同時に見えてくるだろう。

 言いだしたのは武蔵で、謙信も信玄も即座に同意して、東西の獣道をたどることになった。

 さすがに天下に覇を唱えた戦国大名であり、剣豪だ。

 幾つ目かの薮をかき分けると、獣道は登りになって、その先の鞍部を超えると下りになるように見えた。

「ここを超えると見えてくるような気がするぞ」
「武蔵もか」
「ああ」
「少し、休憩してからかかろう」
「うん」

 杉の根方に腰を下ろす。武蔵は、見かけによらず(いや、見かけはポニテのJKなんだが、俺は正体知ってるからな)可愛いボトルを出して、蓋をコップにして注いで飲んだ。

「お前も飲め」
「お茶か?」
「ウオータークーラーの水だ」

「…………」

「なんだ?」
「武蔵、ちょっと微笑んでみろ」

「なぜだ?」

「ちょっとは緩みがあってもいい」
「緩み?」
「ああ、いまは仲間だ」
「そんな女子高生みたいなことができるか」
「いや、女子高生なんだが」
「望んで、こうなったわけではない」
「まあ、いいが」

「飲まないのか?」

「飲む……ゴクゴクゴク……」

「間接キスだな」

 グフ!

「唐突に言うな、水が横っちょに入りかけたぞ」
「女子高生とは、こういうことを言いあうものではないのか?」

「ま、そうだが……お返しだ、食え」

「ポッキーか」

「チョコポッキーだ」

「いただく」

 カリカリカリカリ……

 JKのナリをしているとは言え、信長と武蔵が杉の根方で体育座りして、ホチクリとチョコポッキーを齧っているのは天下の奇観ではある。

「アベックになると、ポッキーを二人で咥えて、両端から喰うというのは本当か?」

「らしいが、そういうのは男女でやるものだ。女子が男に勧めると破壊的な力があるらしいがな」

「破壊的な力か……二本咥えてやってもいいのか?」

「それはな……短くして口の両端で咥えると……ほら、鬼の八重歯だ!」

「か、可愛い……」
「可愛い言うな(*゜O゜*)」

「必殺技かもしれんな」

「ほら、残りはやるから練習しとけ。いくか」

「ああ……」

 緩みかけた表情が一瞬で引き締まる。やっぱり天下無双の武芸者ではある。

 カサリ

 かき分けた草むらの先には巨大な関門から伸びる城壁の端が東の岩山に接するのが臨めた。

 微かに見える楼門には『函谷関』の扁額が掛かっている……。



☆ 主な登場人物

 織田 信長       本能寺の変で討ち取られて転生
 熱田敦子(熱田大神)  信長担当の尾張の神さま
 織田 市        信長の妹(兄を嫌っているので従姉妹の設定になる)
 平手 美姫       信長のクラス担任
 武田 信玄       同級生
 上杉 謙信       同級生
 古田 織部       茶華道部の眼鏡っこ
 宮本武蔵        孤高の剣聖

 
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