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19『野にあるごとく・5』
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鳴かぬなら 信長転生記
19『野にあるごとく・5』
優れた戦国武将には独特の嗅覚がある。
柴田勝家と云えばわが織田家の一番番頭だが、元々は弟信之の家老であった。
信之を謀殺した時に、大方の家来どもが呆然自失する中、あっさり鞍替えをしてきた。
裏切りではあるのだろうが、憎めん。嗅覚は一級品だ。
越前攻めの折、浅井の裏切りに逢って一目散に逃げ帰った。供をしたのは僅かな者たちだった。
琵琶湖の西を必死で逃げたのだが朽木元綱が立ちふさがって行く手を阻んだ。
いち早く、俺の逃走を感知した朽木は敵ながら天晴れだった。朽木の嗅覚は一級品だ。
しかし、それ以上に天晴れだったのは松永久秀だ。
奴は、俺を朽木に売ることもできたが、単身朽木の許を訪れて朽木を説得した。
久秀の感覚は特級と言っていい。
男ではないが、我が妹の市も秀逸だ。
亭主の浅井長政が、父久政に押し切られ、俺を裏切ると知って、小豆袋を送ってよこしてきた。
袋の両端が括られていて「兄上は浅井と朝倉に挟まれて袋のネズミ」を意味していた。
並の女なら、俺に密書を書くか、長政を説得しにかかるだろう。むろん説得できるわけもなく、泣いて諦めるか、自分で喉を突いて死ぬしかしかない。密書は論外、必ず発見される。
それを、なんの躊躇もなく小豆袋に託したのは、市の嗅覚だ。市の嗅覚も特級品だ。
なに? 身内の事しか言っておらんと?
当たり前ではないか、転生したとはいえ、敵共の美点を褒めるのは癪だ。癪なことはせん。
公園まで差し掛かると、いつかと同様に市が居た。
ジャングルジムの天辺でボンヤリと西の空を見ている。
うかつには声を掛けられない。
こないだのように、天辺から跳びかかってこられてはかなわんからな。
しかし……こうやっていても、市は美しい。
さすがは、我が妹ではある。
そうか、これも野にあるごとくだ!
公園全体が花器だ。ジャングルジムは剣山であろう。
周囲の遊具や植栽は添え花であるか。
広い公園の中、ジャングルジムの天辺でぽつねんとしておっても、市には華がある! 存在感がある!
刹那の間、いくつものカメラアングルが頭をよぎる。
これだ!
一呼吸置かぬ間に、公園の東南東の茂みに身を隠してファインダーを覗く。
今だ!
パシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャ
ん? ちょっとシャッター音、多すぎないか?
アハハハハハハ……
歯磨きのCMのようにきれいな歯をのぞかせて利休が笑う。
あくる日の部活で、みんなの写真をいっせいに披露したのだ。
屋上からの写真と、市の写真が共通だった。
俺以外の三人も、公園の方から、ただならぬ気配を感じて、それぞれ別の方角から市を撮っていたのだ。
「まったく、油断も隙も無いぞ。人の妹をなんだと思っている」
謙信は東の方角から逆光に浮きたつ一の後姿を撮っている。
市の容貌、特にその顔の美しさは天下無双だ。
その顔を、あえて捨てて、ほとんどシルエットになった後姿に妹の孤独で孤高な一途さを見出している。
「信長の妹とは知らなかったけど、この子の後姿は、若いころのわたしに通じるものがあるわ」
「であるか」
信玄は東北の方角から、引き気味の高いアングルで撮っていた。
「この娘は、自然に自分の居所に身を置いておる。数ある遊具やベンチではなく、公園の中央にあるジャングルジムの天辺こそが、自分の場所だと心得ておるんだ。自分の華を知って、的確に身を置いておる。甲斐の国から望む富士の美しさに通じて、実に美しい」
古田は西の方角から撮っていた。
「やはり、この娘の美しさは正面です!」
「正面はいいが、なぜ、パンツが写っている?」
「パンツが見えているのは隙です。完全な美しさに見える隙! これは数寄に通じる! いや、数寄そのものの美しさです!」
「そうなのか?」
さすがに「であるか」とは言えない。
「はい、茜に染まる公園、ジャングルジムの天辺に後ろ手突いて空を仰ぐ美少女! 緩く開いた股間に覗く純白のパンツ! 青春の潔癖さを求める美しさが出ています! そう、純白! 縞やイチゴでは現れない一途さが、この写真の肝なんです!」
なんか、腹が立つぞ。
「はい、よく頑張りました。でも、古田さんは別にして、あなたたち三人は茶華道部だけでは収まらないでしょ?」
「ああ、利休さえよければ、籍は置いてもいいが、他の部活も見てみたいな」
「わたしも、信玄に倣うわ」
「信長さんは?」
「籍はおかん」
「そう、フリーハンドで、もっと見てみようというわけね」
「よいか?」
「はい、自由になさって(o^―^o)」
三人は、ウムと頷いたが、古田(こだ)だけが瞬間ムッとしたような……まあいい、俺は俺だ。
☆ 主な登場人物
織田 信長 本能寺の変で討ち取られて転生
熱田敦子(熱田大神) 信長担当の尾張の神さま
織田 市 信長の妹(兄を嫌っているので従姉妹の設定になる)
平手 美姫 信長のクラス担任
武田 信玄 同級生
上杉 謙信 同級生
古田(こだ) 茶華道部の眼鏡っこ
19『野にあるごとく・5』
優れた戦国武将には独特の嗅覚がある。
柴田勝家と云えばわが織田家の一番番頭だが、元々は弟信之の家老であった。
信之を謀殺した時に、大方の家来どもが呆然自失する中、あっさり鞍替えをしてきた。
裏切りではあるのだろうが、憎めん。嗅覚は一級品だ。
越前攻めの折、浅井の裏切りに逢って一目散に逃げ帰った。供をしたのは僅かな者たちだった。
琵琶湖の西を必死で逃げたのだが朽木元綱が立ちふさがって行く手を阻んだ。
いち早く、俺の逃走を感知した朽木は敵ながら天晴れだった。朽木の嗅覚は一級品だ。
しかし、それ以上に天晴れだったのは松永久秀だ。
奴は、俺を朽木に売ることもできたが、単身朽木の許を訪れて朽木を説得した。
久秀の感覚は特級と言っていい。
男ではないが、我が妹の市も秀逸だ。
亭主の浅井長政が、父久政に押し切られ、俺を裏切ると知って、小豆袋を送ってよこしてきた。
袋の両端が括られていて「兄上は浅井と朝倉に挟まれて袋のネズミ」を意味していた。
並の女なら、俺に密書を書くか、長政を説得しにかかるだろう。むろん説得できるわけもなく、泣いて諦めるか、自分で喉を突いて死ぬしかしかない。密書は論外、必ず発見される。
それを、なんの躊躇もなく小豆袋に託したのは、市の嗅覚だ。市の嗅覚も特級品だ。
なに? 身内の事しか言っておらんと?
当たり前ではないか、転生したとはいえ、敵共の美点を褒めるのは癪だ。癪なことはせん。
公園まで差し掛かると、いつかと同様に市が居た。
ジャングルジムの天辺でボンヤリと西の空を見ている。
うかつには声を掛けられない。
こないだのように、天辺から跳びかかってこられてはかなわんからな。
しかし……こうやっていても、市は美しい。
さすがは、我が妹ではある。
そうか、これも野にあるごとくだ!
公園全体が花器だ。ジャングルジムは剣山であろう。
周囲の遊具や植栽は添え花であるか。
広い公園の中、ジャングルジムの天辺でぽつねんとしておっても、市には華がある! 存在感がある!
刹那の間、いくつものカメラアングルが頭をよぎる。
これだ!
一呼吸置かぬ間に、公園の東南東の茂みに身を隠してファインダーを覗く。
今だ!
パシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャ
ん? ちょっとシャッター音、多すぎないか?
アハハハハハハ……
歯磨きのCMのようにきれいな歯をのぞかせて利休が笑う。
あくる日の部活で、みんなの写真をいっせいに披露したのだ。
屋上からの写真と、市の写真が共通だった。
俺以外の三人も、公園の方から、ただならぬ気配を感じて、それぞれ別の方角から市を撮っていたのだ。
「まったく、油断も隙も無いぞ。人の妹をなんだと思っている」
謙信は東の方角から逆光に浮きたつ一の後姿を撮っている。
市の容貌、特にその顔の美しさは天下無双だ。
その顔を、あえて捨てて、ほとんどシルエットになった後姿に妹の孤独で孤高な一途さを見出している。
「信長の妹とは知らなかったけど、この子の後姿は、若いころのわたしに通じるものがあるわ」
「であるか」
信玄は東北の方角から、引き気味の高いアングルで撮っていた。
「この娘は、自然に自分の居所に身を置いておる。数ある遊具やベンチではなく、公園の中央にあるジャングルジムの天辺こそが、自分の場所だと心得ておるんだ。自分の華を知って、的確に身を置いておる。甲斐の国から望む富士の美しさに通じて、実に美しい」
古田は西の方角から撮っていた。
「やはり、この娘の美しさは正面です!」
「正面はいいが、なぜ、パンツが写っている?」
「パンツが見えているのは隙です。完全な美しさに見える隙! これは数寄に通じる! いや、数寄そのものの美しさです!」
「そうなのか?」
さすがに「であるか」とは言えない。
「はい、茜に染まる公園、ジャングルジムの天辺に後ろ手突いて空を仰ぐ美少女! 緩く開いた股間に覗く純白のパンツ! 青春の潔癖さを求める美しさが出ています! そう、純白! 縞やイチゴでは現れない一途さが、この写真の肝なんです!」
なんか、腹が立つぞ。
「はい、よく頑張りました。でも、古田さんは別にして、あなたたち三人は茶華道部だけでは収まらないでしょ?」
「ああ、利休さえよければ、籍は置いてもいいが、他の部活も見てみたいな」
「わたしも、信玄に倣うわ」
「信長さんは?」
「籍はおかん」
「そう、フリーハンドで、もっと見てみようというわけね」
「よいか?」
「はい、自由になさって(o^―^o)」
三人は、ウムと頷いたが、古田(こだ)だけが瞬間ムッとしたような……まあいい、俺は俺だ。
☆ 主な登場人物
織田 信長 本能寺の変で討ち取られて転生
熱田敦子(熱田大神) 信長担当の尾張の神さま
織田 市 信長の妹(兄を嫌っているので従姉妹の設定になる)
平手 美姫 信長のクラス担任
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上杉 謙信 同級生
古田(こだ) 茶華道部の眼鏡っこ
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