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15『野にあるごとく』
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鳴かぬなら 信長転生記
15『野にあるごとく』
「今年度から茶道部と華道部を統一して『茶華道部』と称しております」
池坊専慶を称する千利休が涼し気に言う。
「しかし、利休。池坊専慶というのは実在の池坊華道の創始者であろうが」
信玄が指摘する。
この転生学院の生徒は、基本的に前世から転生してきた武将などの歴史的著名人ばかりだ。いくら利休が茶道の大成者であるとしても、華道創始者の名をかたってはまずいであろう。
「専慶さんは、先日転生なさいましてね。新年度に入っていたこともあり、わたしが襲名しました」
「……うむ、なるほど、専は千と同音、良いのではないですか」
謙信は鷹揚だ。
「実のところは、年度内に部長が替わっては、書類やハンコも変えなければならないからではないのか?」
「ホホ、信長君は鋭いわね。でも、内緒よ、あまり下世話な事情は知られたくないわ」
「ああ、そう言えば、天下布部のハンコを申請した時も『信玄君、ハンコは、年度内は変更できないわよ』と生徒会に言われたなあ」
「フフ、生徒会長ね」
天下布部は伝統のある部活かと思ったが、どうやら、そうでもない気配だ。
「さて、お花の心を感じてもらうところから始めましょうか……古田(こだ)さん、見本をお願い」
「承知しました」
あ、やっぱり、こいつは古田なのか。
古田は新聞紙でくるんだ素材の花を持ってくると、いったん、花卓の前で正座して気を貯める。
たかが、花を活けるのに大仰な気もするが、取組前の力士が蹲踞するようで俺の美意識にもかなっている。
静かに桜の枝を持つと、左手に持ち替え、空いた右手で手にしたものは鋏……ではなかった。
それは、小柄(こづか)であった。
小柄を順手に持つと、僅かに息をつめる。
スパリ
風采の上がらない眼鏡っこには似つかない鮮やかさで、桜の枝を切った。
こやつ、武道の心得がある。
茶道部の時も、紅茶の封を切る仕草に感じさせるものがあったが、封を切るというささやかな動作でもあったので確証が持てなかった。
それに、中型犬を思わせるような凡庸さが先に立って、観察が甘くもなっていた。
慣れている。
枝や花の置き方、生け方に迷いがなく、時おり身を引いて観察はするが、それも、ほんの数秒の事。
五分も掛からずに、俺が見てもお手本と思えるような花活けを完成させた。
「できました」
静かに完成を宣言すると、取り組みが終わって蹲踞するように息を吐いて力を抜く。
なかなかやりおる。
「見事です、古田さん」
「ありがとうございます、部長」
「葉物を低く剣山に差し、枝の三つを天に指向させ、三つを脇に流し、あえて桜を脇に……のびやかに水仙を立て、迷うことなく、見事に花の対比を作りました。花の形も不等辺三角形に設えて、自然んな趣に仕上がっています。いかがですか、天下布部の方々……」
「見事な……」
三人三様に、世辞抜きで古田眼鏡っこの出来を褒める
「わたしの生け花の精神は、これです」
そう言うと、専慶……利休は紙にしたためた七文字を俺たちに示した。
野にある如く
茶席において花を活ける、揺るぐことなき利休四百年の精神だ。
「実は『のにあるごとく』と読んでは間違いなのです」
「ほう……」
「なんと……」
「ではない……」
三人三様に驚く天下布部。
いちばん驚いたのは、眼鏡っこの古田であった。
ゴトリ
小柄を落とすと、古田は師の利休ににじり寄った。
「『野にあるごとく』ではないのですか? わたしは、詫び錆びの境地を、この七文字に託して精進してまいりました! わたしの心柱のようなものなのです! これでなければ、わたしの茶も花も、身の置き所がありません!」
「すまない、気負い過ぎた物言いをしてしまったわね……間違いというよりも……これでは小さいのです。ほんとうは『野(や)にあるごとく』と読むべきなのですよ」
野(や)にあるごとく……!?
なんということだ、たった一文字の読みの違いでしかない。
しかし、野(の)と野(や)では、広がりがまるで違う。
清須城と安土城……いや、俺が本能寺で倒れていなければ作ったであろう大坂城ほどにも違う。
いや、それでも足りん。学校のプールと太平洋ほどにも違うぞ。
利休坊主は、文字一つの読みを変えるだけで、世の詫び錆びを、まるで山葵を丸呑みするように刺激的なものにしてしまいおった。
詫び錆び ⇒ 山葵(わさび)
い、いかん、期せずしてサルのように下卑た洒落を言ってしまった!
☆ 主な登場人物
織田 信長 本能寺の変で打ち取られて転生してきた
熱田敦子(熱田大神) 信長担当の尾張の神さま
織田 市 信長の妹(兄を嫌っているので従姉妹の設定になる)
平手 美姫 信長のクラス担任
武田 信玄 同級生
上杉 謙信 同級生
15『野にあるごとく』
「今年度から茶道部と華道部を統一して『茶華道部』と称しております」
池坊専慶を称する千利休が涼し気に言う。
「しかし、利休。池坊専慶というのは実在の池坊華道の創始者であろうが」
信玄が指摘する。
この転生学院の生徒は、基本的に前世から転生してきた武将などの歴史的著名人ばかりだ。いくら利休が茶道の大成者であるとしても、華道創始者の名をかたってはまずいであろう。
「専慶さんは、先日転生なさいましてね。新年度に入っていたこともあり、わたしが襲名しました」
「……うむ、なるほど、専は千と同音、良いのではないですか」
謙信は鷹揚だ。
「実のところは、年度内に部長が替わっては、書類やハンコも変えなければならないからではないのか?」
「ホホ、信長君は鋭いわね。でも、内緒よ、あまり下世話な事情は知られたくないわ」
「ああ、そう言えば、天下布部のハンコを申請した時も『信玄君、ハンコは、年度内は変更できないわよ』と生徒会に言われたなあ」
「フフ、生徒会長ね」
天下布部は伝統のある部活かと思ったが、どうやら、そうでもない気配だ。
「さて、お花の心を感じてもらうところから始めましょうか……古田(こだ)さん、見本をお願い」
「承知しました」
あ、やっぱり、こいつは古田なのか。
古田は新聞紙でくるんだ素材の花を持ってくると、いったん、花卓の前で正座して気を貯める。
たかが、花を活けるのに大仰な気もするが、取組前の力士が蹲踞するようで俺の美意識にもかなっている。
静かに桜の枝を持つと、左手に持ち替え、空いた右手で手にしたものは鋏……ではなかった。
それは、小柄(こづか)であった。
小柄を順手に持つと、僅かに息をつめる。
スパリ
風采の上がらない眼鏡っこには似つかない鮮やかさで、桜の枝を切った。
こやつ、武道の心得がある。
茶道部の時も、紅茶の封を切る仕草に感じさせるものがあったが、封を切るというささやかな動作でもあったので確証が持てなかった。
それに、中型犬を思わせるような凡庸さが先に立って、観察が甘くもなっていた。
慣れている。
枝や花の置き方、生け方に迷いがなく、時おり身を引いて観察はするが、それも、ほんの数秒の事。
五分も掛からずに、俺が見てもお手本と思えるような花活けを完成させた。
「できました」
静かに完成を宣言すると、取り組みが終わって蹲踞するように息を吐いて力を抜く。
なかなかやりおる。
「見事です、古田さん」
「ありがとうございます、部長」
「葉物を低く剣山に差し、枝の三つを天に指向させ、三つを脇に流し、あえて桜を脇に……のびやかに水仙を立て、迷うことなく、見事に花の対比を作りました。花の形も不等辺三角形に設えて、自然んな趣に仕上がっています。いかがですか、天下布部の方々……」
「見事な……」
三人三様に、世辞抜きで古田眼鏡っこの出来を褒める
「わたしの生け花の精神は、これです」
そう言うと、専慶……利休は紙にしたためた七文字を俺たちに示した。
野にある如く
茶席において花を活ける、揺るぐことなき利休四百年の精神だ。
「実は『のにあるごとく』と読んでは間違いなのです」
「ほう……」
「なんと……」
「ではない……」
三人三様に驚く天下布部。
いちばん驚いたのは、眼鏡っこの古田であった。
ゴトリ
小柄を落とすと、古田は師の利休ににじり寄った。
「『野にあるごとく』ではないのですか? わたしは、詫び錆びの境地を、この七文字に託して精進してまいりました! わたしの心柱のようなものなのです! これでなければ、わたしの茶も花も、身の置き所がありません!」
「すまない、気負い過ぎた物言いをしてしまったわね……間違いというよりも……これでは小さいのです。ほんとうは『野(や)にあるごとく』と読むべきなのですよ」
野(や)にあるごとく……!?
なんということだ、たった一文字の読みの違いでしかない。
しかし、野(の)と野(や)では、広がりがまるで違う。
清須城と安土城……いや、俺が本能寺で倒れていなければ作ったであろう大坂城ほどにも違う。
いや、それでも足りん。学校のプールと太平洋ほどにも違うぞ。
利休坊主は、文字一つの読みを変えるだけで、世の詫び錆びを、まるで山葵を丸呑みするように刺激的なものにしてしまいおった。
詫び錆び ⇒ 山葵(わさび)
い、いかん、期せずしてサルのように下卑た洒落を言ってしまった!
☆ 主な登場人物
織田 信長 本能寺の変で打ち取られて転生してきた
熱田敦子(熱田大神) 信長担当の尾張の神さま
織田 市 信長の妹(兄を嫌っているので従姉妹の設定になる)
平手 美姫 信長のクラス担任
武田 信玄 同級生
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