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73『転院の日』

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はるか ワケあり転校生の7カ月

73『転院の日』



 転院の日は平日の昼前だった。お母さんは、やっぱり来なかった。

「はるかちゃん、ほんとうにありがとう」

 車椅子を押しながら、秀美さん。静かで、短い言葉だったけど、万感の想いがこもっていた。
 わたしは、群青に紙ヒコーキのシュシュでポニーテール。

「シュシュの企画当たるといいですね」
「もう当たってるわよ。さっきから何人も、はるかちゃんのことを見ている」
「え……車椅子の三人連れだからじゃないんですか?」
「視線の区別くらいはつかなきゃ、この仕事は務まりません。むろん、はるかちゃん自身に魅力が無きゃ、誰も見てくれたりしないけどね」
「はるかの器量は学園祭の準ミスレベル。父親だからよくわかってる」
「それって、どういう意味」
「客観的な事実を言ってるんだ」

――それって、わたしのウィークポイントにつながっちゃうんですけど、父上さま。

「今のはるかちゃんは、東京で会ったときの何倍もステキよ。そのシュシュが無くっても」

――それは、秀美さんの心映えの照り返しですよ。

 発車のアナウンス。
 車窓を通して、笑顔の交換。
 発車のチャイム。

 あっけなく、のぞみはホームを離れていった。

 見えなくなるまで見送って、ため息一つ。
 振り返ると、スマホを構えたオネーサンが二人、わたしを撮っていた。

「ごめんなさい、あんまり可愛かったから」
「ども……」
「よかったら、この写真送ろうか。スマホとか持ってるでしょ」
「はい、ありがとうございます」

 送ってもらった写真は、とてもよく撮れていた。
 一枚は、ちょっと寂しげに、のぞみを見送る全身像。
 もう一枚は、振り向いた刹那。ポニーテールがなびいて、群青のシュシュがいいワンポイントになって、少し驚いたようなバストアップ。

「このままJRのコマーシャルに使えるわよ」

 と、オネーサン。聞くと写真学校の学生さんだった。
 オネーサンたちと別れてしばらく写メを見つめて……ひらめいた!

――これだ、『おわかれだけど、さよならじゃない』

 わたしは、ベンチに腰を下ろし、写真を見ながら、そのときの物理的記憶を部活ノートにメモった。

 この写真が、後に大きな波紋を呼ぶとは想像もしなかった。
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