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69『どうしろってのよ!?』

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はるか ワケあり転校生の7カ月

69『どうしろってのよ!?』



 稽古が再開された。

 わたしは三十分早く来て、通用門の前で大橋先生を待った。
 
「先生、これ受け取ってください」
 コンニャク顔で、のらくらやってきた先生をつかまえて、ピンク色の封筒(この色のしかなかったんで)を突き出した。
「ラブレターか?」
「もう、入部届です! 東京で言ったでしょ、大阪に帰ったら出しますって」
「うーん、また今度にしよ」
「わたし、もう荒川の土手でケリをつけたんです。それまでは、東京に帰ることが頭の片隅にあって、踏み切れなかったけど、今度のことで、ふっきれたんです。正式に演劇部員になります」
「その気持ちは嬉しいねんけどな、はるかにはもうちょっといろんなこと経験してもろてからにしたいんや」
「なんですか、それって?」
「演劇の三要素……」
「観客、戯曲、役者、ですよね」
「まあ、先回りせんと、話聞けよ」
「わたしじゃ、まだ力不足だって言うんですか!」
 顔が火照ってきたのは、日差しを増してきたお日さまのせいばかりではなかった。
「その顔や。聞いたこと、見たことが、すぐに増幅して顔に出る。磨きすぎの鏡みたいや」
 わたしは、いそいでホンワカ顔になる。
「そない言うたら、すぐに、そのホンワカや」

――どうしろってのよ!?――

「実際、演劇部やってると、この三要素だけでは間に合わんことがけっこうあるんや」
「具体的に、言ってください」
「東京で、経験したとこやろ。人生は思たようには転がっていかへん。自分自身の心も含めてな。芝居にも同じことがある。」
 汗がこめかみを伝った……。
「はるかの鏡は、よう光る。オレの予想以上や。役者としてもそれは、ものごっつい役に立つ」
「それって……」
「ええ役者になると思てる。そのためには、もうちょっとの間、演劇部とは微妙な距離残しておいたほうがええと思うんや。鏡は、時には曇ってたほうがええ。光りすぎる鏡は割れやすいで」
「先生の話って……」
「ん?」
「なんでもないです」

 コンニャクだと言おうと思った。でも、この五ヶ月あまりで、かみしめたら、後で「そうなんだ」ってことも何度かあった。とりあえず頭にセーブしておくことにした。

「稽古いきましょうか」
 
 出てきたホンワカは、意外に素直ではあった。
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