62 / 95
62『おわかれだけど、さよならじゃない』
しおりを挟む
はるか ワケあり転校生の7カ月
62『おわかれだけど、さよならじゃない』
ファミレスで早めの夕食をとったあと、ホテルにチェックイン。
高そうなホテルだったらと心配していたんだけど、真由さんがリザーブしてくれたのは、こぢんまりとしているけど品のいいビジネスホテル。
先生の部屋とは向かい同士。このへんに真由さんの気配りを感じる。分かるでしょ、隣同士だと、こういうビジネスホテルって音が聞こえるんです。
先生は電車の中でも、ファミレスでも、芝居の話やバカ話はしてくれた。
しかし、午前中の千住でのことは、なにも聞こうとはしなかった。
わたしが話せば聞いてくれたんだろうけど、わたしも整理はついていなかった。
でも、わたしの心の痛みは十分に分かってくれている。無関心のいたわりが嬉しかった。
「ほんなら、明日の朝飯で会おか……ま、なんかあったらいつでもノック……部屋に電話してこいや」
そう言って、先生は向かいの部屋へ。
ドサッ! ベッドにひっくり返ってみた。
…………なにも湧いてこない。
胸がなんかしびれている。
本当はとても痛いのかもしれない。でも麻酔がかかっているようにしびれている。
午前中のできごとが、とても遠いことのように思われた。ほんの数時間前のことなのに。
荒川の土手で泣いたことも覚えている、もちろん。
でも、あのとき爆発したわたしの心……大きな穴が開いている。
その穴は空虚なんだけど、爆発したときの衝撃は不思議に蘇ってこない。
時間がたてば、それはまたやってくるかもしれない。
だから、いまのうちに考えよう、決着のつけ方を。
「おわかれだけどさよならじゃない」にするために。
わたしは、あの群青のポロシャツを渡しそこねていた。
「……そうだ!」
わたしは思いついて、小さなテーブルにホテルの便せんを載せて思い浮かんだ言葉を書き始めた。
一枚書きそこねて、二枚目でスマホが鳴った。
「はい、はるかです……」
「あ、わたし真由。ごめんね遅くに」
「いいえ、すっかりお世話になっちゃって」
「どうだった、お父さん」
「ええ、元気でした。突然だからびっくりしてました」
「はるかちゃん、あなた自身は?」
「大丈夫です、気持ちにケリがつきました。先生には少し面倒かけましたけど」
「そう、声も元気そうだしね」
「はい、いつものわたしです!」
「うん、みたいね。よかった。場合によっちゃ、そこまで行こうかと思ったのよ。もう大丈夫だと思うけどなにかあったら電話してね」
「ありがとございます……おやすみなさい」
簡潔な電話だった。真由さんの性格と、ケリのついたわたしの気持ちが簡潔にさせたんだ。
振り返って、手紙の続きを書こうかとテーブルに目をやるとマサカドクンがいた。
――ウ。
便せんを指してなにか言いたげ。
「大丈夫、クダクダは書かないわよ。今の電話みたく簡潔にね」
書きかけの二枚目もバッサリ捨てて、三枚目。一分足らずで書き上げた。
――ウウ……。
マサカドクンはなにか言いたげであったが「大丈夫」と心の中でつぶやくと、フっといなくなった。
「さ、テレビでも観よっか!」
しばらく観てないなあ。と、時計を見ると……。
「え、もうこんな時間!?」
なんと日付が変わりかけていた。
明くる日は、ノックの音で目が覚めた。
「はい……」
「ネボスケ、先に朝飯いってるぞ」
慌ててダイニングに下りると、先生は食後のコーヒーを飲んでいた。
「すみませーん……」
そして朝食をとりながら、互いの一日の行動を確認した。
先生は横浜の出版社に、わたしは由香と会ってアリバイの資料をもらうために、スカイツリーにだけ寄ってすぐに帰ることにした(ほんとはスカイツリーじゃなくて、もう一度南千住に寄るんだけどね。そのことはナイショにしておいた)
と、かくして、十二時半には新幹線に乗ることができた。待ち時間の間に真由さんにお礼のメールを打っておいた。ポロシャツは仲鉄工のおじさんにあずけた、あの手紙とともに。
手紙に書いたのは、けっきょく一行だけ。
――おわかれだけど、さよならじゃないよ。はるかなる梅若丸――
62『おわかれだけど、さよならじゃない』
ファミレスで早めの夕食をとったあと、ホテルにチェックイン。
高そうなホテルだったらと心配していたんだけど、真由さんがリザーブしてくれたのは、こぢんまりとしているけど品のいいビジネスホテル。
先生の部屋とは向かい同士。このへんに真由さんの気配りを感じる。分かるでしょ、隣同士だと、こういうビジネスホテルって音が聞こえるんです。
先生は電車の中でも、ファミレスでも、芝居の話やバカ話はしてくれた。
しかし、午前中の千住でのことは、なにも聞こうとはしなかった。
わたしが話せば聞いてくれたんだろうけど、わたしも整理はついていなかった。
でも、わたしの心の痛みは十分に分かってくれている。無関心のいたわりが嬉しかった。
「ほんなら、明日の朝飯で会おか……ま、なんかあったらいつでもノック……部屋に電話してこいや」
そう言って、先生は向かいの部屋へ。
ドサッ! ベッドにひっくり返ってみた。
…………なにも湧いてこない。
胸がなんかしびれている。
本当はとても痛いのかもしれない。でも麻酔がかかっているようにしびれている。
午前中のできごとが、とても遠いことのように思われた。ほんの数時間前のことなのに。
荒川の土手で泣いたことも覚えている、もちろん。
でも、あのとき爆発したわたしの心……大きな穴が開いている。
その穴は空虚なんだけど、爆発したときの衝撃は不思議に蘇ってこない。
時間がたてば、それはまたやってくるかもしれない。
だから、いまのうちに考えよう、決着のつけ方を。
「おわかれだけどさよならじゃない」にするために。
わたしは、あの群青のポロシャツを渡しそこねていた。
「……そうだ!」
わたしは思いついて、小さなテーブルにホテルの便せんを載せて思い浮かんだ言葉を書き始めた。
一枚書きそこねて、二枚目でスマホが鳴った。
「はい、はるかです……」
「あ、わたし真由。ごめんね遅くに」
「いいえ、すっかりお世話になっちゃって」
「どうだった、お父さん」
「ええ、元気でした。突然だからびっくりしてました」
「はるかちゃん、あなた自身は?」
「大丈夫です、気持ちにケリがつきました。先生には少し面倒かけましたけど」
「そう、声も元気そうだしね」
「はい、いつものわたしです!」
「うん、みたいね。よかった。場合によっちゃ、そこまで行こうかと思ったのよ。もう大丈夫だと思うけどなにかあったら電話してね」
「ありがとございます……おやすみなさい」
簡潔な電話だった。真由さんの性格と、ケリのついたわたしの気持ちが簡潔にさせたんだ。
振り返って、手紙の続きを書こうかとテーブルに目をやるとマサカドクンがいた。
――ウ。
便せんを指してなにか言いたげ。
「大丈夫、クダクダは書かないわよ。今の電話みたく簡潔にね」
書きかけの二枚目もバッサリ捨てて、三枚目。一分足らずで書き上げた。
――ウウ……。
マサカドクンはなにか言いたげであったが「大丈夫」と心の中でつぶやくと、フっといなくなった。
「さ、テレビでも観よっか!」
しばらく観てないなあ。と、時計を見ると……。
「え、もうこんな時間!?」
なんと日付が変わりかけていた。
明くる日は、ノックの音で目が覚めた。
「はい……」
「ネボスケ、先に朝飯いってるぞ」
慌ててダイニングに下りると、先生は食後のコーヒーを飲んでいた。
「すみませーん……」
そして朝食をとりながら、互いの一日の行動を確認した。
先生は横浜の出版社に、わたしは由香と会ってアリバイの資料をもらうために、スカイツリーにだけ寄ってすぐに帰ることにした(ほんとはスカイツリーじゃなくて、もう一度南千住に寄るんだけどね。そのことはナイショにしておいた)
と、かくして、十二時半には新幹線に乗ることができた。待ち時間の間に真由さんにお礼のメールを打っておいた。ポロシャツは仲鉄工のおじさんにあずけた、あの手紙とともに。
手紙に書いたのは、けっきょく一行だけ。
――おわかれだけど、さよならじゃないよ。はるかなる梅若丸――
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
0
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる