60 / 95
60『大丈夫か、はるか?』
しおりを挟む
はるか ワケあり転校生の7カ月
60『大丈夫か、はるか?』
「視界没やったんだね」
東京のホンワカ顔で聞いた。
「あ、あれは、風がよかったんでな。はるかも元気に自立したようだし……お父さんが自慢できることってこれくらいだからな。オレはオレでやってるって、あんなカタチでしか示せなくってな……もっと早く連絡とりゃよかったんだけど、いろいろあってな」
……わたしは、そんなふうには受け取らなかった。家族再生へのお父さんの意思表示だと思ったんだよ……わたしって、まるでダメダメのオバカちゃん……。
「最近やっと落ち着いて、ね……」
にこやかにお父さんを見る秀美さんの目は、仕事仲間へのそれではなかった。
ぜんぜんの想定外だよ。
訳の分からない社交辞令みたいなことを言い合っているうちに、ホンワカが引きつりはじめた。
「じゃ、そろそろ時間だから」
「あら、そう」
「秀美さん、お父さんのことよろしく」
心にもないことを口走った。
「はい、まかせてちょうだい」
シゲさんや、仲鉄工のおじさんがかけてくれた声にもろくに返事もできないで図書館に戻った。
大橋先生の姿が見えない……こんなときに!
二階の児童図書のコーナーまで捜した。
念のため、一階の文化会館まで下りてみると、ちょうど先生が入ってくるのが目に入った。
「なんや、えらい早かったなあ」
「どこ行ってたんですか!」
「人多いさかいに、隣の神社 散歩してた」
「ちょっと、いっしょに来て」
「お、おい、はるか……」
先生を引っ張るようにして表通りまで出た。
運良くタクシーをつかまえられた。
「荒川の土手道、H駅の三百メートル手前のあたりまで」
それだけ言うと、わたしは無言になった。
先生も無言につき合ってくれた。
着くやいなや、わたしは転げ出すように、タクシーを降り、道ばたで、シフォンケーキをもどしてしまった。
「大丈夫か、はるか?」
「……大丈夫、ちょっと車に酔っただけ」
「真由のネーチャンの車でも酔わへんかったのに……ま、これで口ゆすぎ」
目の前にスポーツドリンクが差し出された。
土手を下りた。
先生はほどよい距離をとって付いてきてくれた。
写真と同じ景色。
青空の下に荒川、四ツ木橋と新四ツ木橋が重なって京成押上線が見える。
身体が場所を覚えていた。
そして、急にこみ上げてきた……。
「ウ、ウウ……ウワーン!!」
四五歳の子どもにもどったように、爆発的に泣いた。
「こんなの、こんなのってないよ。ないよ……ウワーン!!」
先生は、おそるおそる肩に手を置き、それから、不器用にハグしてくれた。
わたしが泣きやむまで、そっと、ずっと……。
このときの泣き方が、あとでわたしと先生の間で少し論争になった。
わたしは、かわいらしく子どものように「ウワーン」と泣いていたつもりだったけど。先生は動物のように「ウオー」と泣き叫んでいたという。
むろん、この論争は、この物語が終わってわたしが卒業するころのことではありますが……。
わたしには、このときの情緒的な記憶がない。
「このことも物理的にメモして残しときますね」
と、泣きじゃくりながら言ったら。
「今日のことはメモせんでええ、覚えとかんでもええ……」
と、先生が言ったから。
60『大丈夫か、はるか?』
「視界没やったんだね」
東京のホンワカ顔で聞いた。
「あ、あれは、風がよかったんでな。はるかも元気に自立したようだし……お父さんが自慢できることってこれくらいだからな。オレはオレでやってるって、あんなカタチでしか示せなくってな……もっと早く連絡とりゃよかったんだけど、いろいろあってな」
……わたしは、そんなふうには受け取らなかった。家族再生へのお父さんの意思表示だと思ったんだよ……わたしって、まるでダメダメのオバカちゃん……。
「最近やっと落ち着いて、ね……」
にこやかにお父さんを見る秀美さんの目は、仕事仲間へのそれではなかった。
ぜんぜんの想定外だよ。
訳の分からない社交辞令みたいなことを言い合っているうちに、ホンワカが引きつりはじめた。
「じゃ、そろそろ時間だから」
「あら、そう」
「秀美さん、お父さんのことよろしく」
心にもないことを口走った。
「はい、まかせてちょうだい」
シゲさんや、仲鉄工のおじさんがかけてくれた声にもろくに返事もできないで図書館に戻った。
大橋先生の姿が見えない……こんなときに!
二階の児童図書のコーナーまで捜した。
念のため、一階の文化会館まで下りてみると、ちょうど先生が入ってくるのが目に入った。
「なんや、えらい早かったなあ」
「どこ行ってたんですか!」
「人多いさかいに、隣の神社 散歩してた」
「ちょっと、いっしょに来て」
「お、おい、はるか……」
先生を引っ張るようにして表通りまで出た。
運良くタクシーをつかまえられた。
「荒川の土手道、H駅の三百メートル手前のあたりまで」
それだけ言うと、わたしは無言になった。
先生も無言につき合ってくれた。
着くやいなや、わたしは転げ出すように、タクシーを降り、道ばたで、シフォンケーキをもどしてしまった。
「大丈夫か、はるか?」
「……大丈夫、ちょっと車に酔っただけ」
「真由のネーチャンの車でも酔わへんかったのに……ま、これで口ゆすぎ」
目の前にスポーツドリンクが差し出された。
土手を下りた。
先生はほどよい距離をとって付いてきてくれた。
写真と同じ景色。
青空の下に荒川、四ツ木橋と新四ツ木橋が重なって京成押上線が見える。
身体が場所を覚えていた。
そして、急にこみ上げてきた……。
「ウ、ウウ……ウワーン!!」
四五歳の子どもにもどったように、爆発的に泣いた。
「こんなの、こんなのってないよ。ないよ……ウワーン!!」
先生は、おそるおそる肩に手を置き、それから、不器用にハグしてくれた。
わたしが泣きやむまで、そっと、ずっと……。
このときの泣き方が、あとでわたしと先生の間で少し論争になった。
わたしは、かわいらしく子どものように「ウワーン」と泣いていたつもりだったけど。先生は動物のように「ウオー」と泣き叫んでいたという。
むろん、この論争は、この物語が終わってわたしが卒業するころのことではありますが……。
わたしには、このときの情緒的な記憶がない。
「このことも物理的にメモして残しときますね」
と、泣きじゃくりながら言ったら。
「今日のことはメモせんでええ、覚えとかんでもええ……」
と、先生が言ったから。
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

女難の男、アメリカを行く
灰色 猫
ライト文芸
本人の気持ちとは裏腹に「女にモテる男」Amato Kashiragiの青春を描く。
幼なじみの佐倉舞美を日本に残して、アメリカに留学した海人は周りの女性に振り回されながら成長していきます。
過激な性表現を含みますので、不快に思われる方は退出下さい。
背景のほとんどをアメリカの大学で描いていますが、留学生から聞いた話がベースとなっています。
取材に基づいておりますが、ご都合主義はご容赦ください。
実際の大学資料を参考にした部分はありますが、描かれている大学は作者の想像物になっております。
大学名に特別な意図は、ございません。
扉絵はAI画像サイトで作成したものです。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。


セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち
ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。
クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。
それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。
そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決!
その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。

とある高校の淫らで背徳的な日常
神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。
クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。
後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。
ノクターンとかにもある
お気に入りをしてくれると喜ぶ。
感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。
してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる