はるか ワケあり転校生の7カ月 (まどか 乃木坂学院高校演劇部物語 姉妹作)

武者走走九郎or大橋むつお

文字の大きさ
上 下
49 / 95

49『置き換え』

しおりを挟む
はるか ワケあり転校生の7カ月

49『置き換え』



「お、やっぱり役者は形(なり)からやなあ」
「ヘヘ」

 ちょっと照れくさい。

「一つ聞いていいですか?」
「なんや?」
「昨日観た芝居なんですけど、こんな風に衣装とかはしっかりしてたんですけど、『結婚の申し込み』がヘタクソだったんです。『熊』の方は断然よかったのに」
「台詞しゃべってない役者見てきたか?」

 昨日の芝居について、言えるだけの言葉を使って説明した。

「リアクションの問題やな。きちんとリアクションでけへん役者と、それを見逃してる演出の問題や」
「なるほど……」
「簡単にうなずくなよ。演る方は大変やねんぞ」
「はい」
「ためしに、最初のとこやっとこか。カオルとスミレが初めて通じ合うとこ」
「スミレは?」
「オレが演る」

カオル: こんにちは……。
スミレ: ……え……。
カオル: こんにちは……!
スミレ: こ、こんちは……。
カオル: 嬉しい、通じた!……わたしのことが分かるんだ!

「どうですか?」
「昨日の『結婚の申込み』も、こんな感じやったんやろなあ」
「どういう意味ですか」

 あのヘタクソといっしょと言われてはたまらない。

「最初の『こんにちは……』で、もうスミレが反応すんのん予感してるやろ」
「そんなことないです」
「ほんなら、『こんにちは……』のあと、何を見て、何を聞いてる?」
「それは……」
「いつも通りスミレには通じひん思てたら、次の何かを見て、何かを……何かが聞こえてるはずや」
「ええと……」
「たとえば、土手の菫とか、桜、空の雲かも知れへん。鳥の声が聞こえてるかもしれへん……やろ?」

「もう一回やらせてください」

 で、なんとか最初の「通じた喜び」はできるようになった。

 問題は次の「嬉しい、通じた!」に移った。

「嬉しいようには見えへん。六十何年かぶりで、生きてる人間に言葉が通じてんで」
「ううん……」

 先生は「喜び」が湧き上がるメソードを教えてくれた。
 演ってみた。「ダメ」だった。

「それは、せいぜい三日ぶりぐらいに会うた友だちや。もっと大きい喜び……『置き換え』やってみよ」

 目玉オヤジが、頭に浮かんだ。

「ジュニア文芸にノミネートされたときのメモ残してるか?」
「はい」

 部活ノートを広げた。

 あの日、駅前の本屋さんで見つけた『ジュニア文芸』 時刻、天気から始まり、タイ焼きを買おうかなと思ったけど、梅雨の蒸し暑さとタイ焼きの熱さを計りにかけて、タイ焼き屋さんをシカトして流した目線の先に見えた親子連れ。お母さんが熱心に本を探し、赤いカッパを着た女の子がぐずっていた……そして『ジュニア文芸』を見つけた。

 ときめきが蘇ってきた。

 先生はさらに細かいところを質問してきた。

 メモの行間からさらに蘇ってくる感覚……。

 本を持ち上げたのは左手だった。だから意外に重かった。
 右手を添えて、しばらく見つめた表紙はAKB48の子たちの笑顔。
 開いてみると、新刊雑誌特有の紙とインクの匂い。
 そして開いた運命のページ!

「そや、その顔や。すごい嬉しいやろ」
「はい背中に電気が走りました!」
「な、感情は飛びついても出てけえへん。物理的な記憶の積み重ねから湧き出てくる。さっきのカオルの喜びの何倍もすごいやろ」
「はい……」
「どないした?」

 わたしは、あの後由香にメール。タキさんに電話をした。タキさんのガハハハ笑いの奥で気づいたお母さんへの想い「ヤナヤツ、ヤナヤツ、ヤナヤツ」が蘇ってきた。先生に正直に言った。

「それは記憶の堆積や。ある記憶を蘇らせると思いもせんかった記憶が蘇ってくることがある。はるか東京を離れてきたことに何か深い想いがあるんやろな。玉串川で見た、あの思い詰めたような顔に繋がってる何かが……」
「それは……」

 なにかモドカシイものが胸にわだかまっているのだけど、うまく言えない。

「またにしょう。そろそろみんなが……」
「おはようございまーす!」
 
 タマちゃん先輩が入ってきた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

女難の男、アメリカを行く

灰色 猫
ライト文芸
本人の気持ちとは裏腹に「女にモテる男」Amato Kashiragiの青春を描く。 幼なじみの佐倉舞美を日本に残して、アメリカに留学した海人は周りの女性に振り回されながら成長していきます。 過激な性表現を含みますので、不快に思われる方は退出下さい。 背景のほとんどをアメリカの大学で描いていますが、留学生から聞いた話がベースとなっています。 取材に基づいておりますが、ご都合主義はご容赦ください。 実際の大学資料を参考にした部分はありますが、描かれている大学は作者の想像物になっております。 大学名に特別な意図は、ございません。 扉絵はAI画像サイトで作成したものです。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

一夏の性体験

風のように
恋愛
性に興味を持ち始めた頃に訪れた憧れの年上の女性との一夜の経験

セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち

ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。 クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。 それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。 そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決! その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。

とある高校の淫らで背徳的な日常

神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。 クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。 後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。 ノクターンとかにもある お気に入りをしてくれると喜ぶ。 感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。 してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。

処理中です...