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49『置き換え』
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はるか ワケあり転校生の7カ月
49『置き換え』
「お、やっぱり役者は形(なり)からやなあ」
「ヘヘ」
ちょっと照れくさい。
「一つ聞いていいですか?」
「なんや?」
「昨日観た芝居なんですけど、こんな風に衣装とかはしっかりしてたんですけど、『結婚の申し込み』がヘタクソだったんです。『熊』の方は断然よかったのに」
「台詞しゃべってない役者見てきたか?」
昨日の芝居について、言えるだけの言葉を使って説明した。
「リアクションの問題やな。きちんとリアクションでけへん役者と、それを見逃してる演出の問題や」
「なるほど……」
「簡単にうなずくなよ。演る方は大変やねんぞ」
「はい」
「ためしに、最初のとこやっとこか。カオルとスミレが初めて通じ合うとこ」
「スミレは?」
「オレが演る」
カオル: こんにちは……。
スミレ: ……え……。
カオル: こんにちは……!
スミレ: こ、こんちは……。
カオル: 嬉しい、通じた!……わたしのことが分かるんだ!
「どうですか?」
「昨日の『結婚の申込み』も、こんな感じやったんやろなあ」
「どういう意味ですか」
あのヘタクソといっしょと言われてはたまらない。
「最初の『こんにちは……』で、もうスミレが反応すんのん予感してるやろ」
「そんなことないです」
「ほんなら、『こんにちは……』のあと、何を見て、何を聞いてる?」
「それは……」
「いつも通りスミレには通じひん思てたら、次の何かを見て、何かを……何かが聞こえてるはずや」
「ええと……」
「たとえば、土手の菫とか、桜、空の雲かも知れへん。鳥の声が聞こえてるかもしれへん……やろ?」
「もう一回やらせてください」
で、なんとか最初の「通じた喜び」はできるようになった。
問題は次の「嬉しい、通じた!」に移った。
「嬉しいようには見えへん。六十何年かぶりで、生きてる人間に言葉が通じてんで」
「ううん……」
先生は「喜び」が湧き上がるメソードを教えてくれた。
演ってみた。「ダメ」だった。
「それは、せいぜい三日ぶりぐらいに会うた友だちや。もっと大きい喜び……『置き換え』やってみよ」
目玉オヤジが、頭に浮かんだ。
「ジュニア文芸にノミネートされたときのメモ残してるか?」
「はい」
部活ノートを広げた。
あの日、駅前の本屋さんで見つけた『ジュニア文芸』 時刻、天気から始まり、タイ焼きを買おうかなと思ったけど、梅雨の蒸し暑さとタイ焼きの熱さを計りにかけて、タイ焼き屋さんをシカトして流した目線の先に見えた親子連れ。お母さんが熱心に本を探し、赤いカッパを着た女の子がぐずっていた……そして『ジュニア文芸』を見つけた。
ときめきが蘇ってきた。
先生はさらに細かいところを質問してきた。
メモの行間からさらに蘇ってくる感覚……。
本を持ち上げたのは左手だった。だから意外に重かった。
右手を添えて、しばらく見つめた表紙はAKB48の子たちの笑顔。
開いてみると、新刊雑誌特有の紙とインクの匂い。
そして開いた運命のページ!
「そや、その顔や。すごい嬉しいやろ」
「はい背中に電気が走りました!」
「な、感情は飛びついても出てけえへん。物理的な記憶の積み重ねから湧き出てくる。さっきのカオルの喜びの何倍もすごいやろ」
「はい……」
「どないした?」
わたしは、あの後由香にメール。タキさんに電話をした。タキさんのガハハハ笑いの奥で気づいたお母さんへの想い「ヤナヤツ、ヤナヤツ、ヤナヤツ」が蘇ってきた。先生に正直に言った。
「それは記憶の堆積や。ある記憶を蘇らせると思いもせんかった記憶が蘇ってくることがある。はるか東京を離れてきたことに何か深い想いがあるんやろな。玉串川で見た、あの思い詰めたような顔に繋がってる何かが……」
「それは……」
なにかモドカシイものが胸にわだかまっているのだけど、うまく言えない。
「またにしょう。そろそろみんなが……」
「おはようございまーす!」
タマちゃん先輩が入ってきた。
49『置き換え』
「お、やっぱり役者は形(なり)からやなあ」
「ヘヘ」
ちょっと照れくさい。
「一つ聞いていいですか?」
「なんや?」
「昨日観た芝居なんですけど、こんな風に衣装とかはしっかりしてたんですけど、『結婚の申し込み』がヘタクソだったんです。『熊』の方は断然よかったのに」
「台詞しゃべってない役者見てきたか?」
昨日の芝居について、言えるだけの言葉を使って説明した。
「リアクションの問題やな。きちんとリアクションでけへん役者と、それを見逃してる演出の問題や」
「なるほど……」
「簡単にうなずくなよ。演る方は大変やねんぞ」
「はい」
「ためしに、最初のとこやっとこか。カオルとスミレが初めて通じ合うとこ」
「スミレは?」
「オレが演る」
カオル: こんにちは……。
スミレ: ……え……。
カオル: こんにちは……!
スミレ: こ、こんちは……。
カオル: 嬉しい、通じた!……わたしのことが分かるんだ!
「どうですか?」
「昨日の『結婚の申込み』も、こんな感じやったんやろなあ」
「どういう意味ですか」
あのヘタクソといっしょと言われてはたまらない。
「最初の『こんにちは……』で、もうスミレが反応すんのん予感してるやろ」
「そんなことないです」
「ほんなら、『こんにちは……』のあと、何を見て、何を聞いてる?」
「それは……」
「いつも通りスミレには通じひん思てたら、次の何かを見て、何かを……何かが聞こえてるはずや」
「ええと……」
「たとえば、土手の菫とか、桜、空の雲かも知れへん。鳥の声が聞こえてるかもしれへん……やろ?」
「もう一回やらせてください」
で、なんとか最初の「通じた喜び」はできるようになった。
問題は次の「嬉しい、通じた!」に移った。
「嬉しいようには見えへん。六十何年かぶりで、生きてる人間に言葉が通じてんで」
「ううん……」
先生は「喜び」が湧き上がるメソードを教えてくれた。
演ってみた。「ダメ」だった。
「それは、せいぜい三日ぶりぐらいに会うた友だちや。もっと大きい喜び……『置き換え』やってみよ」
目玉オヤジが、頭に浮かんだ。
「ジュニア文芸にノミネートされたときのメモ残してるか?」
「はい」
部活ノートを広げた。
あの日、駅前の本屋さんで見つけた『ジュニア文芸』 時刻、天気から始まり、タイ焼きを買おうかなと思ったけど、梅雨の蒸し暑さとタイ焼きの熱さを計りにかけて、タイ焼き屋さんをシカトして流した目線の先に見えた親子連れ。お母さんが熱心に本を探し、赤いカッパを着た女の子がぐずっていた……そして『ジュニア文芸』を見つけた。
ときめきが蘇ってきた。
先生はさらに細かいところを質問してきた。
メモの行間からさらに蘇ってくる感覚……。
本を持ち上げたのは左手だった。だから意外に重かった。
右手を添えて、しばらく見つめた表紙はAKB48の子たちの笑顔。
開いてみると、新刊雑誌特有の紙とインクの匂い。
そして開いた運命のページ!
「そや、その顔や。すごい嬉しいやろ」
「はい背中に電気が走りました!」
「な、感情は飛びついても出てけえへん。物理的な記憶の積み重ねから湧き出てくる。さっきのカオルの喜びの何倍もすごいやろ」
「はい……」
「どないした?」
わたしは、あの後由香にメール。タキさんに電話をした。タキさんのガハハハ笑いの奥で気づいたお母さんへの想い「ヤナヤツ、ヤナヤツ、ヤナヤツ」が蘇ってきた。先生に正直に言った。
「それは記憶の堆積や。ある記憶を蘇らせると思いもせんかった記憶が蘇ってくることがある。はるか東京を離れてきたことに何か深い想いがあるんやろな。玉串川で見た、あの思い詰めたような顔に繋がってる何かが……」
「それは……」
なにかモドカシイものが胸にわだかまっているのだけど、うまく言えない。
「またにしょう。そろそろみんなが……」
「おはようございまーす!」
タマちゃん先輩が入ってきた。
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