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43『なぜか実況中継の練習』

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はるか ワケあり転校生の7カ月

43『なぜか実況中継の練習』




 グラウンドは無対象のトスバレー以来だ。懐かしい。で、暑い……!

「なにするんですか?」

 早くも汗をにじませて、タロくん先輩が言った。

「実況中継をやる」
「え?」
「手ぇにマイク持ったつもりで、目ぇに見えたもんを解説する。まず見本やるから、よう見とけ」

 先生は実況中継を始めた。

「晴れ渡った空に、むくむくと入道雲。積乱雲と表現するより、ずっと夏を感じさせる言葉ではあります。ここに蚊取り線香。ヒエヒエのスイカ。風鈴なんかがチリンと音を響かせますと、立派に夏の道具立てが揃い、あっぱれ『ああ、日本の夏』の風情であります。目をおもむろに下ろしますと、一面のグラウンドに、部活に励む生徒諸君の姿が(長いので割愛します)……と、Y高校、真夏のグラウンドからの実況でありました」

 なんと十分間も。思わず拍手! 休憩中の女子バレーの子たちもいっしょになっていた。

「どうもありがとう(女バレの子たちにお愛想)いいかい君たち……あかん、標準語のままや。オホン、ええか。観察しながら、見たこと、感じたことを言葉に置き換えて、同時に話す。テンポとか聞いてる視聴者、ここでは君らやけどな。その反応も見ながら話題を変えていく。簡単に言うたら、演じる自分と、それを観察してコントロールする自分と二人要る。基本的にはアナウンサーの練習やけど、役者の練習にもなる。今の自分らの芝居はコントロールができてない。ほな、はるかからいこか」

「え、わたしですか?」

「ほかに、はるかはおらん」

 なんとか一分はもった。

 目をグラウンドから、校舎に目をやったところで、詰まってしまった。二階の窓に吉川先輩「あとで……」と口パク。

 先輩二人も、二分と持たなかった。

「栄恵ちゃんおったら、このレッスン喜んでやったやろねえ、アナウンサー志望やさかいに」

 タマちゃん先輩が、まぶしそうに空を見上げた。

「お母さん、早よようなったらええのにな」

 時刻表のように精密な出欠表を見ながら、タロくん先輩がため息をついた。
 吉川先輩の口パクが無ければ、もう二三分はもったのに、とわたしは負け惜しみ。

 午後の稽古では「感情に飛びつくな」と注意された。笑うところで、笑ったら「笑うな!」と言われた。

「人間、笑おと思て、笑うんは『お愛想笑い』だけや。そんなんシラコイやろ。はるか、おまえはカオルや、スミレがシンパシー(共感てな意味)感じて、呼吸がいっしょになる。ほんで初めて喜びやら、はしゃぎに繋がって笑いになる。出会いのとこは七十何年ぶりに生きた人間と話して、それも、狙い付けてたスミレと話せたことでびっくりして笑いになるんや」
「どうしたら……」
「とりあえず、自分の台詞は忘れろ(せっかく覚えたのにー)。そんでスミレの言葉を聞け。そしたら自然に笑いがこみ上げてくる」

 雲をつかむような話。よくわからなかった。

「それから、香盤表と付け帳。舞台で使う衣装やら小道具を書く。一応必要なもんはプリントにしといた。これ参考に書いといで」

 これはよく分かった。

「それから、はるか」
「はい?」
「……もうええわ」

 先生は、わたしの顔を見て、何か言おうとしてやめた。

「先生、ありがとうございました。みなさんお疲れ様でした」

 お決まりの挨拶をして、帰り支度をしていると、先生が思い出したように言った。

「今日、ドラマフェスタの最終日やな。だれか行ってこいよ小屋はPホールや近鉄沿線のもんが行きやすいぞ」
「ボク今日は、家族と出かけますねん」

 U駅近くのタロくん先輩が予防線を張った。

「じゃ、わたし行きます。近所のホールだし」

 これで五本目。クラブの中でも一番たくさん観ている。だから気軽に手が上がった。

「はるか、観るんやったら、台詞をしゃべってない役者見とけ。オレの言うてることが、ちょっとはわかる」

「はい……?」 
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