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25『魔法にかかったように』

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はるか ワケあり転校生の7カ月

25『魔法にかかったように』



「どういうことなんですか!?」

 終礼が終わるのももどかしく、わたしは通用門で大橋先生をつかまえた。

「どうしたんや、はるか?」
「どうしたもこうしたもないですよ……あの目玉オヤジがレーダーだったなんて!」
「ああ、あれか……」
「あれかはないでしょ。わたしホントだと思って、ずっと願掛けしてたのに!」
「純情やなあ、はるかは」
「純情を踏みにじったのは、先生じゃないですか。ただの気象レーダーを目玉オヤジだなんて。人をおちょくるのも程がありますよ!」
「おちょくってへん。あれは目玉オヤジ大権現や」
「まだ、そんなことを!」
「まあ、聞けよ」
「もういい、もういいです……演劇部だってもう辞めるんだから!」

 わたしは通用門を飛び出して駅へ向かって駆けだした。

 二つ目の角を曲がったら、大橋先生が立っていた……。

「なんで……」
「おれは、目玉オヤジ大権現のお使いや」

 わたしは、シカトしてふたたび駆けだした。

 次の角を曲がったら……また立っていた……。

「どうして……」
「そこにあるもんを見てみぃ」

 先生は道ばたのお地蔵さまを指さした。

「あれは、何や?」
「……お地蔵さま」
「だれが決めたんや」
「だれって……」
「よう見てみい」

 わたしは、その祠(ほこら)を覗いてみた。ラグビーボールほどの石に、赤いよだれかけがしてある。

「ただの石ころやろ」

「だって……」

「江戸時代、もっと前かもしれへん。だれかがこれをお地蔵さまやいうことにした。ここらへんは、大坂の陣で戦場になったとこや、その時に討ち死にした人の首塚かもしれへん」
「え……」
「そういうもんや。だれかが、ある日、石とか山とか木ぃとか首塚を見て、神さんや、仏さんやという。そんで信心するもんが現れる」
「だって、あの高安山は……」
「現に、子どもの中には目玉オヤジと思てる子ぉもおる。お年寄りで、あれに毎朝手ぇ合わせてる人もいてはる。はるかかて手ぇ合わせてたんやろ」
「でも先生は、市制何年だかの記念だって……」
「あれは、ちょっとした修飾語や」
「それに願いが叶うって……そう言った」
「宝くじ当てよったんは、ほんまの話、四等賞やけどな。ま、偶然やいうたらそれまでや。けどな、はるか、玉串川で、会うた時の……覚えてるか、あの川に映った自分の顔」
「うん……」
「救いのない顔しとった。そやけど、あの顔がはるかの素顔やと思た……人の心の中には、キザに言うたら、ファンタジーが要る。信仰とか、情熱とか、愛情とかいうファンタジーが。それがあるから、人間はがんばれる。この子にはファンタジーが要ると思た。はるかも、なんかがんばってんねやろ?」
「う、うん……」
「そしたら、いつか願いはかなう。一筋縄ではいかんかもしれんけども、いつかは、きっと……」
「はい……」

「それから、演劇的には、こういうのを〈置き換え〉という」

「置き換え?」

「見立てともいう。特別なことやない。またがったホウキを馬や思たり、傘をゴルフのクラブや思たり、座布団丸めて赤ちゃんや思たり、気象レーダーを目玉オヤジや思たり」
「ふーん……」
「でや、勉強になったやろ」

「……一つ聞いていいですか?」

「なんや?」
「どうして、あんなにわたしの先回りできたんですか」
「そら、オレは目玉オヤジ大権現のお使いやからや」
「もう、種明かししてくださいよ」
「夢のない奴っちゃなあ」
「探求心が強いんです」
「他のやつらには内緒やぞ」
「はい……」
「ゴミ捨て場のシャッターから出て一筋かせいで、あとは駐車場斜めに通り抜けた。だてに教師三十年もやってへんぞ」
「昔とった、なんとかですね(って、ただのショートカットじゃない)」
「そうや……はい、到着」
「あ……」

 魔法にかかったように、わたしはプレゼンの前に立っていた……。


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