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24『著者校正』
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はるか ワケあり転校生の7カ月
24『著者校正』
お母さんは原稿こそはパソコンだけど、校正は一度紙にしないとおさまらない。
受賞したころは、まだアナログな原稿用紙だったから、その名残ってか、験担ぎ。パソコンに打ち直した後は紙くずになるんだけどね。
「ああ、ゲラか……」
「そう、著者校正」
「もうできてんじゃないの?」
「なんだけどね、なんだか今イチ……これかなあって言葉使っても、時間置いて読むと、しっくりこない。表現を変えると、ただ長ったらしい文章になるだけ。思い悩んでるうちに、これだって思っていたものが、いつの間にかドライアイスみたく消えて無くなっちゃう……ああ、スランプ!」
「簡単に言わないでよね。このために離婚までしたんでしょ」
「グサ!」
お母さんはテーブルに突っ伏した……ちょっと言い過ぎたかな。
「……お母さん?」
「そっちこそ、簡単に言わないでよね。このために離婚したのか、離婚したためにここまでやってるのか、二択で答えられるようなことじゃないわよ」
「それって……」
開き直り……という言葉を飲み込んだ。
「だめだ、はるかに八つ当たりするようじゃ坂東友子も、たそがれか……」
バサリ……とゲラの束をテーブルに投げ出した。
勢いで半分ほどが床に落ちて、散らばった。
「勝手にたそがれないでよね……」
「はいはい……」
ノロノロとゲラを拾い集める。
「はいは一回だけ……って、お母さん言ったよ、小さい頃」
「はーい」
「もう……」
ノロノロとわたしも手伝う。
ゴツン!
二人の頭がぶつかった。
「イテテ……」
ぶつかり具合なのか、お母さんはケロッとしている。
「大丈夫?」
人ごとのように聞く。中も外も頭は鈍感なようだ。
「たんこぶができたよ」
「どれどれ……ああ、たいしたことないよ」
頭に、なにか生ぬるいものを感じた。
「なにしたの?」
「ツバつけといた」
「やだあ、お風呂はいったばっかなんだよ」
「効くんだよ、小さい頃よくやったげた……イタイノ、イタイノ飛んでけえ~」
と、頭をナデナデ。
「今日、帰ってくるの遅かったけど、デート?」
こういうことには鋭い。
「ち、ちがうよ」
反射的にそう言ってしまう。
「だって、今日のお芝居マチネーでしょ。三時には終わってるよ。ブレヒトの『肝っ玉お母とその子供たち』だよね」
「なんで知ってんの!?」
「そこにパンフ置きっぱ」
「あ……」
「まあ、今時ブレヒトでデート、ありえないこともないけど。わたしは、お芝居観た後の待ち合わせだと思うなあ。はるか、ブレヒトの本に栞はさんだまんま。大橋さんに借りたんでしょ。今はお芝居に首っ丈、アベックで観てたら芝居どころじゃないもんね」
「待ち合わせてたわけじゃないよ……!」
「やっぱしね」
……ひっかかってしまった。
「お相手は、吉川裕也クンかなあ?」
言い当てられて、なぜだか口縄坂の三階建てが頭に浮かんで、顔が赤らむ。
「な、なにも変なことはしてないわよ」
なんて答えをするんだ……。
「怪しげなとこ行ってないでしょうね?」
謎を解き始めた名探偵のように、赤ボールペンを指先でクルリとまわした。
仕方ないや。わたしは正直に答えた……三階建てに、ビックリしたことを除いて。
名探偵はおもむろにパソコンで検索し始めた。
「ハハ、これだ」
「え……」
パソコンの画面には『青春のデートコース 天王寺の七坂』
そして、二人で通ったのと同じコース。吉川先輩の説明と同じ解説が……。
でも、そのコースにも解説にも三階建てのことは載っていなかった。
「これをカンペ無しでやったんだ、誉めてあげていいわね」
「うん、でも……」
「ああ、喫茶店での人物評?」
「いや、それは……」
「かわいいもんじゃない、そうやって心の平衡をとってんのよ。やり方は違うけど、はるかと同類かもね。フフ、はるかは嫌い……苦手なタイプかもしれないけど」
「もう」
「まあ、適当にお付き合いしときなさいよ。数を当たれば男を見る目も肥えてくるから」
気を取り直したのか、お母さんは、大きなため息ついて、ふたたび赤ボールペンを片手に、ゲラの束を繰り始めた。
これ以上絡むのも絡まれるのもご免被りたいので、ベランダに出る。
梅雨入り間近の高安山、ほのかなシルエットになって目玉オヤジ大明神。
こうやって手を合わせるのは何度目だろう……。
「ねえ、はるか。駅前のコンビニで聞いたんだけどさ……」
気が散るなあ……。
「その目玉オヤジね、気象観測用のレーダーなんだって」
……なんだって!?
24『著者校正』
お母さんは原稿こそはパソコンだけど、校正は一度紙にしないとおさまらない。
受賞したころは、まだアナログな原稿用紙だったから、その名残ってか、験担ぎ。パソコンに打ち直した後は紙くずになるんだけどね。
「ああ、ゲラか……」
「そう、著者校正」
「もうできてんじゃないの?」
「なんだけどね、なんだか今イチ……これかなあって言葉使っても、時間置いて読むと、しっくりこない。表現を変えると、ただ長ったらしい文章になるだけ。思い悩んでるうちに、これだって思っていたものが、いつの間にかドライアイスみたく消えて無くなっちゃう……ああ、スランプ!」
「簡単に言わないでよね。このために離婚までしたんでしょ」
「グサ!」
お母さんはテーブルに突っ伏した……ちょっと言い過ぎたかな。
「……お母さん?」
「そっちこそ、簡単に言わないでよね。このために離婚したのか、離婚したためにここまでやってるのか、二択で答えられるようなことじゃないわよ」
「それって……」
開き直り……という言葉を飲み込んだ。
「だめだ、はるかに八つ当たりするようじゃ坂東友子も、たそがれか……」
バサリ……とゲラの束をテーブルに投げ出した。
勢いで半分ほどが床に落ちて、散らばった。
「勝手にたそがれないでよね……」
「はいはい……」
ノロノロとゲラを拾い集める。
「はいは一回だけ……って、お母さん言ったよ、小さい頃」
「はーい」
「もう……」
ノロノロとわたしも手伝う。
ゴツン!
二人の頭がぶつかった。
「イテテ……」
ぶつかり具合なのか、お母さんはケロッとしている。
「大丈夫?」
人ごとのように聞く。中も外も頭は鈍感なようだ。
「たんこぶができたよ」
「どれどれ……ああ、たいしたことないよ」
頭に、なにか生ぬるいものを感じた。
「なにしたの?」
「ツバつけといた」
「やだあ、お風呂はいったばっかなんだよ」
「効くんだよ、小さい頃よくやったげた……イタイノ、イタイノ飛んでけえ~」
と、頭をナデナデ。
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こういうことには鋭い。
「ち、ちがうよ」
反射的にそう言ってしまう。
「だって、今日のお芝居マチネーでしょ。三時には終わってるよ。ブレヒトの『肝っ玉お母とその子供たち』だよね」
「なんで知ってんの!?」
「そこにパンフ置きっぱ」
「あ……」
「まあ、今時ブレヒトでデート、ありえないこともないけど。わたしは、お芝居観た後の待ち合わせだと思うなあ。はるか、ブレヒトの本に栞はさんだまんま。大橋さんに借りたんでしょ。今はお芝居に首っ丈、アベックで観てたら芝居どころじゃないもんね」
「待ち合わせてたわけじゃないよ……!」
「やっぱしね」
……ひっかかってしまった。
「お相手は、吉川裕也クンかなあ?」
言い当てられて、なぜだか口縄坂の三階建てが頭に浮かんで、顔が赤らむ。
「な、なにも変なことはしてないわよ」
なんて答えをするんだ……。
「怪しげなとこ行ってないでしょうね?」
謎を解き始めた名探偵のように、赤ボールペンを指先でクルリとまわした。
仕方ないや。わたしは正直に答えた……三階建てに、ビックリしたことを除いて。
名探偵はおもむろにパソコンで検索し始めた。
「ハハ、これだ」
「え……」
パソコンの画面には『青春のデートコース 天王寺の七坂』
そして、二人で通ったのと同じコース。吉川先輩の説明と同じ解説が……。
でも、そのコースにも解説にも三階建てのことは載っていなかった。
「これをカンペ無しでやったんだ、誉めてあげていいわね」
「うん、でも……」
「ああ、喫茶店での人物評?」
「いや、それは……」
「かわいいもんじゃない、そうやって心の平衡をとってんのよ。やり方は違うけど、はるかと同類かもね。フフ、はるかは嫌い……苦手なタイプかもしれないけど」
「もう」
「まあ、適当にお付き合いしときなさいよ。数を当たれば男を見る目も肥えてくるから」
気を取り直したのか、お母さんは、大きなため息ついて、ふたたび赤ボールペンを片手に、ゲラの束を繰り始めた。
これ以上絡むのも絡まれるのもご免被りたいので、ベランダに出る。
梅雨入り間近の高安山、ほのかなシルエットになって目玉オヤジ大明神。
こうやって手を合わせるのは何度目だろう……。
「ねえ、はるか。駅前のコンビニで聞いたんだけどさ……」
気が散るなあ……。
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……なんだって!?
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