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1『転校初日』

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はるか ワケあり転校生の7カ月

1『転校初日』



 環状線Y駅を降りて見上げた空にはホンワカと雲ひとつ。

 絵に描いたような五月晴れ!

「おーし、この調子でホンワカと!」

 ……と思っていたら、唐突に校門が目の前に立ちふさがった。

 むろん開いてはいたけど印象はまさに通せんぼ。

 言っとくけど、学校が駅前にあるわけじゃない。駅から三つ角を曲がるんだけど、緊張のあまりボンヤリしてた。で、ついでに言っとくけど、いつもボンヤリしてるわけじゃない。

 今日は特別よ、ト!ク!ベ!ツ!!

 転入試験で一度は来たんだけど、やっぱ緊張していたんだ。校舎のこととか全然おぼえていない。

 わたし坂東はるかは、東京の荒川って下町から訳あって、この大阪の真田山学院高校に転校してきた。

 この学校は、府立高校の中で、ただ一つ「学院」の名前が付く。元々は大正時代にできた私学なんだけど、第二次ベビーブームのころに、府が買収。有力国会議員が数人いる同窓会の強い意向で元の校名が残った。わたしの偏差値なら、他にも受けられる学校はあったんだけど、この「学院」という私学的な校名に惹かれて、ここを選んだ。

 そして今日が、その真田山学院高校の生徒としての初登校。

 登校たって、今日は中間テスト最終日の放課後。いろいろ説明うけて、校内を案内してもらったりするだけなんだけど……校舎を見上げただけで、わたしのホンワカはふっとんでしまう。

 校門から校舎につづくネコのオデコほどのアプロ-チ。エレベーター無しの五階建てはいいとして、増改築を繰り返したあげくに奇怪に古ぼけて、あちこちシミと共に浮き出した血管のように壁面をはい回る配管。渡り廊下ってか、渡り校舎の下が薄暗いピロティーは年寄り妖怪のカナ壺まなこ。

 もし、学校を人格化したら、実家の……いや、元実家の三軒となりは仲鉄鋼の偏屈ジイサンソックリ。そのピロティーの中から、あきらかにわたしをモノメズラシく見つめる生徒サンたちの視線……。

 そりゃそうだろう、わたしはまだ東京の高校の制服のまんま、それがウサンクサゲというか怒ったような顔(わたしはビビると怒ったような顔になる)で校舎見上げてんだもん。
 
 あ、校門の脇にマサカドクン! 

 こいつについては、後ほどくわしく述べます。ひとまず不思議な存在と思っていてください……。

「電話してくれたら校門まで迎えに行ったげたのに」
「いえ、こんなに校舎の中が複雑だとは思ってなかったもんですから……」

 一通りの説明を受けたあとの、わたしの担任竹内先生と挨拶後の短いやりとり。

 竹内秀哉先生。黒目がちの目の上に太筆で「一」を書いたような眉。終始わたしの目を見ながら笑顔を絶やさない。先生というより、商売人のオジサンのエビス顔なんだけど、わたしの仏頂面に続ける言葉も無いよ……その瞬間。

「アメチャン食べる?」

 さすが大阪、鉄板の返し! 
 
「失礼します」

 ちょうどタイミングよく入って来たポニーテールに、先生はエビス顔を増幅。

「あ、ちょうどよかった由香! 彼女、東京から転校してきた坂東はるか君や、学校の中案内したってくれるか」

「はい、よろこんで、ころこんで!」

 と、調子よくポニーテール。

 これがわが親友鈴木由香との出会いではあった。
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