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426『王立民俗学校開校式と8/6の新行事』

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せやさかい

426『王立民俗学校開校式と8/6の新行事』ソフィー   





 8月1日付で中尉に昇進した。


 士官学校出ではないノンキャリアとしては早い昇進だ。

 諜報部で王女付ガードなのだから将校の階級が必要。

 分かるだろうか、兵や下士官では出入りできないところが、軍の施設にも王宮にも、けっこうあるんだ。

 日本でも『殿上人』というのがあっただろ。

 従五位下(じゅごいのげ)という身分。従五位下というのは天皇のお住まいである清涼殿に上がることを許される最下級の身分で、殿に上がる人と書いて殿上人だ。

 軍隊では将校、英語ではオフィサー、自衛隊では幹部という。

 単なる資格なのだから、最下級の少尉でよかった。少しサバを読んでいるが、この三月に高校を出たばかりだしな。

 身に過ぎた階級や位階は、時に軋轢の元になる。

 ヤマセンブルグは小さな国だが、王室があるので貴族制が残っている。その貴族の子弟で士官学校を出ていても中尉への昇進には三年かかる。まして、わたしは平民だ。

 これには裏があるはずだ。

 なにか新しい任務、転属ということはない。王族のガードというのは、ガードする方もされる方も気心がしれていないと出来るものではない。だから、わたしは王女と同じ日本の聖真理愛学院に留学し、王女と寝食を共にした。おそらくは、いまのガードの仕事に何かが加わる。



「ペンが停まってるぞ、ソフィー」



 振り返って驚いた。

 一瞬、化物かと思った。

「そんな化物を見るような目で見ないでくれる、自分でも恥ずかしいんだからね」

 恥ずかしいと言いながら余裕しゃくしゃくな軍服姿は、先輩のメグ・キャリバーン。

 もう予備役になっていたはずなのに、夏の第一種軍装(正装)を着用して、胸には嬉しがりの子どものように勲章やら精勤賞やらレンジャーやらのバッジが付いている。

 それに、階級章が中佐になっている。

「昇進したんですか?」

「おまえ同様にな。そろそろ着替えろ」

「え?」

「それは、夏期第三種軍装、つまり事業服だ」

「日常勤務は、いつもこれですが」

「認証式に臨むのだ、第一種軍装が決まりだ」

 ぐぬぬ……中尉への昇進の時でさえ第二種軍装だった。第一種軍装というのは、いわば礼服。

 ただごとではない。



 日報を閉じ、一分で着替えて宮殿の前に出ると、総理大臣の専用車が停まっている。



 総理が……いや、ボンネットに総理大臣旗は付いていない。

 大臣旗無しの総理大臣専用車を使えるのは……総理大臣経験者だ。



「お入りください」



 イザベル女史に促されて、女王執務室に入る。

 正面に陛下、一歩下がってヨリコ王女。

 そして、その前に大礼服で立っているのは元総理大臣のカーナボン卿。

 それに、見知ったのや知らないのやらが十人、正装で佇立している。

「時刻です、陛下」

 スックとお立ちになる陛下も夏の礼装をお召しになってサッシュ(礼服のタスキ)には国章のメダリオンが付いている。これは、議会に臨席される時や士官学校の卒業式でお召しになる最高のフォーマルだ。

「ただ今より、王立民俗学校の開校式を挙行いたします」

 民俗学校?  folklore studies School なにをやる学校なんだろう。

「学校長辞令交付」

 イザベル女史が辞令を載せた房付きの盆を恭しく差し上げる。

「フィリップ・カーナボン、卿を王立民俗学学校初代学校長に任じます」

「ははっ」

 総理大臣の認証と同様の所作で辞令を拝受するカーナボン卿。

「臣、フィリップ・カーナボン謹んで拝命いたしました」

「続いて、教頭辞令交付」

「メグ・キャリバーン、予備役の任を解き、中佐に昇進と共に王立民俗学校初代教頭に任じます」

「ははっ」

 ガシャ

 帯剣と勲章をガチャガチャいわせてメグ先輩が進み出る。

「臣、メグ・キャリバーン謹んで拝命いたしました」

 続いて、教官十名の信任が行われて自分の番。

「ソフィア・ヒギンズ」

「ははっ」

「教官団の中では、あなたが最年少です」

「はい」

「この民俗学学校は、78年前に廃校になった王立○○学校の準備学校です。内外の目があって、まだ正式名称を使うわけにはいきませんが、いずれ正式な○○学校になります。生徒は、国内外から50名の生徒を受け入れ、広く一般学問の他に○○を教授して、ゆくゆくは世界を支える○○使いを育てます。あなたには、その未来の○○使いの先頭に立つことを期待しています。今まで封じたり小出しにしか使えなかった○○を大事に磨いてください」

 そういうことだったのか。

「ソフィア・ヒギンズ。あなたには同時にプリンセスのガーディアンもあります。ゆくゆくは、その方面でのプリンセス、未来のクイーンの補佐役にもなります。とりあえずは、週二回の○○実習の講師を務めてもらいますが、それを心に留め置き励んでください」

「ははっ」

 ほとんど寝耳に水のことなんだけど、五日前の昇進以来――なにかある――と覚悟もしてたので、穏やかに胸に収めることができた。

「では、最後に、民俗学学校総裁を任命します」

 陛下は、イザベル女史を介さず、直に宣言された。

「プリンセス、ヨリコ スミス メアリー アントナーペ エディンバラ エリーネ ビクトリア ストラトフォード エイボン マンチェスター ヤマセン。汝を王立民俗学学校総裁に任じます!」

「は、はひ( ゚Д゚)!」



 プリンセスは、なにも聞かされていない様子。

 不謹慎だが、ちょっと面白かった。



 その後、王宮教会に主だった者、手すきの者が集められ、一分間の黙とうと祈りを捧げる。

 陛下の発案で、今年から始まった。

 何のためかって?

 8月6日だ。それだけで分かるだろ。

 

☆・・主な登場人物・・☆

酒井 さくら      この物語の主人公  聖真理愛女学院高校二年生
酒井 歌        さくらの母 亭主の失踪宣告をして旧姓の酒井に戻って娘と共に実家に戻ってきた。現在行方不明。
酒井 諦観       さくらの祖父 如来寺の隠居
酒井 諦念       さくらの伯父 諦一と詩の父
酒井 諦一       さくらの従兄 如来寺の新米坊主 テイ兄ちゃんと呼ばれる
酒井 詩(ことは)   さくらの従姉 聖真理愛学院大学三年生 ヤマセンブルグに留学中 妖精のバンシー、リャナンシーが友だち 愛称コットン
酒井 美保       さくらの義理の伯母 諦一 詩の母 
榊原 留美       さくらと同居 中一からの同級生 
夕陽丘頼子       さくらと留美の先輩 ヤマセンブルグの王女 愛称リッチ
ソフィー        ソフィア・ヒギンズ 頼子のガード 英国王室のメイド 陸軍中尉
ソニー         ソニア・ヒギンズ ソフィーの妹 英国王室のメイド 陸軍伍長
月島さやか       中二~高一までさくらの担任の先生
古閑 巡里(めぐり)  さくらと留美のクラスメート メグリン
百武真鈴(田中真央)  高校生声優の生徒会長
女王陛下        頼子のお祖母ちゃん ヤマセンブルグの国家元首
江戸川アニメの関係者  宗武真(監督) 江原(作監) 武者走(脚本) 宮田(制作進行) 
声優の人たち      花園あやめ 吉永百合子 小早川凜太郎  
さくらの周辺の人たち  ハンゼイのマスター(昴・あきら) 瑞穂(マスターの奥さん) 小鳥遊先生(2年3組の担任) 田中米子(米屋のお婆ちゃん) 瀬川(女性警官)
  

  
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