上 下
405 / 432

405『母の事と頼子さんのお見舞い』

しおりを挟む
せやさかい

405『母の事と頼子さんのお見舞い』詩(ことは)   




 お母さんは並の主婦ではない。


 坊守(ぼうもり)なんだ。

 坊守とはお寺の住職の妻のことで、単に住職の妻というだけではなくて、境内や本堂の掃除や檀家さんやご近所の付き合い、法事やご葬儀、報恩講などの行事の差配。そういうお寺の裏方の仕事一切を一人でやっている。

 まさに坊(お寺)の守り役。

 小さいころからお母さんは「コトハはお寺のお嫁さんにはならなくていいからね」と言っていた。

 わたしに対してだけじゃなく、お父さんやお祖父ちゃん、総代さんが居る時にポロリと言ってくれていた。

 周囲にも言っておかないと、どこでどんな風に話が持ち込まれるか分からないから。

 だから、小さいころから掃除の手伝い程度しかやったことがない。

 さくらがやってきて留美ちゃんもいっしょに暮らすようになって、掃除のほとんどはわたしたちに任せて、お母さんは、ご近所のボランティア的な仕事にも手を伸ばした。趣味のパン作りの技術を生かして、近所の作業所のパン作りの指導とかもやっている。檀家のお婆ちゃんたちのゲートボールのこととかもね。

 そのお母さんが、一切合切を放り出してヤマセンブルグまでわたしの世話をしにきてくれている。



「大丈夫よ、さくらも留美ちゃんも優秀だし。田中のお婆ちゃんも張り切ってお手伝いしてくださって助かってるの」

「そうなんだ」

 簡単に言ってるけど、準備とか大変だったと思う。思うけど、口にはしない。

 親子なんだから、ここは甘えておく。

 じっさい、下半身がマヒしてるから、お母さんが傍にいてくれるのはとてもありがたい。

 お風呂に入れないので、体を拭いてもらったり着替えをしたり、それこそ下の世話とか……お母さんでなければ、とてもやってもらえるもんじゃない。その、お母さんが長期滞在を覚悟して日本大使館に手続きに行った日のこと。



 トントン



「はいどうぞ……」

 返事して入ってきたのは、フォーマルな出で立ちの頼子さんと、お付きのソフィー。

「ごめんなさい、ついつい顔を出すのが遅くなって。お加減はいかが?」

「うん、脚以外は元気よ。陛下もお見舞いに来てくださったんだけど、手にギブスもしてらっしゃって、かえって申し訳ないくらい」

「ギブスだなんて、お祖母ちゃんも大げさなんだから。ほんと、軽い捻挫で済んだのは詩(ことは)さんのお蔭なのにね」

「でも、とても暖かいお言葉をかけていただいて、わたしも母も勇気百倍……その服装は、いよいよ?」

「うん、午後の飛行機でロンドンに行きます。戴冠式なんて初めてだから、もうガチガチで」

「フフ、いつかは自分の戴冠式をやらなくちゃならないんだから、練習だと思えば」

「ああ、それ言わないでぇ! 王女になるって決意するのだって何年もかかって大変だったのに、女王になるなんてムリムリムリ!」

「そんなことないわよ、王女って逆立ちするだけで女王でしょ」

「え……ああ、アハハ、そうよね! あ、でも、わたし一人で逆立ちできないの。体育のテストでも倒立は介添えしてもらって、ギリギリ合格のBだったし」

「介添え役なら、いっぱいいるじゃない。うちのさくらや留美ちゃん、それにソフィーも」

「自分はウエストミンスター寺院の外までです」

「え、そうなの、ソフィーって頼子さん専属でしょ?」

「中に入れるのは、女王のお付きに限られます。殿下は女王の名代ですから」

「そうなのよ、あのサッチャーなのよ!」

「殿下、ミス・イザベラとおっしゃってください」

「公の場では言ってるわよ」

「日ごろから言っておかないと、いざという時にボロがでます」

 すると、頼子さんはソフィーに向かってキッパリと言った。

「イザベラ」

「わたしに言ってどうするんですか」

「だって、このごろ似てきたもん」

「グ……それはご容赦ください(-_-;)」

「プ( ´艸`)」

「アハハ((´∀`))」

 明るく三人で笑えた。

 お母さんだけじゃない。

 頼子さんといい、ソフィーといい、わたしは人には恵まれた。

 ちょっと不自由だけども、頑張ろうと……頑張っていけると思った『子どもの日』の朝だった。



☆・・主な登場人物・・☆

酒井 さくら      この物語の主人公  聖真理愛女学院高校二年生
酒井 歌        さくらの母 亭主の失踪宣告をして旧姓の酒井に戻って娘と共に実家に戻ってきた。現在行方不明。
酒井 諦観       さくらの祖父 如来寺の隠居
酒井 諦念       さくらの伯父 諦一と詩の父
酒井 諦一       さくらの従兄 如来寺の新米坊主 テイ兄ちゃんと呼ばれる
酒井 詩(ことは)   さくらの従姉 聖真理愛学院大学三年生 ヤマセンブルグに留学中
酒井 美保       さくらの義理の伯母 諦一 詩の母 
榊原 留美       さくらと同居 中一からの同級生 
夕陽丘頼子       さくらと留美の先輩 ヤマセンブルグの王女 
ソフィー        ソフィア・ヒギンズ 頼子のガード 英国王室のメイド 陸軍少尉
ソニー         ソニア・ヒギンズ ソフィーの妹 英国王室のメイド 陸軍伍長
月島さやか       中二~高一までさくらの担任の先生
古閑 巡里(めぐり)  さくらと留美のクラスメート メグリン
百武真鈴(田中真央)  高校生声優の生徒会長
女王陛下        頼子のお祖母ちゃん ヤマセンブルグの国家元首
江戸川アニメの関係者  宗武真(監督) 江原(作監) 武者走(脚本) 宮田(制作進行) 花園あやめ(声優)  
さくらをとりまく人たち ハンゼイのマスター(昴・あきら) 瑞穂(マスターの奥さん) 小鳥遊先生(2年3組の担任) 田中米子(米屋のお婆ちゃん)
  

 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ホンモノの自分へ

真冬
ライト文芸
小学生の頃から酷いいじめを受け続けてきた天野樹。 そして、小学生の頃に唯一の味方で親友の死、その後悪化するいじめ。心の扉を固く閉ざした樹は人との関わりを拒絶し続けて生きていくと決めたが、高校2年になり出会った人たちは樹をそうさせててはくれなかった。 彼らと出会って少しずつ樹の心境も変わっていく。 そんな、樹たちの日常と成長を描いた青春ストーリー

動物に好かれまくる体質の少年、ダンジョンを探索する 配信中にレッドドラゴンを手懐けたら大バズりしました!

海夏世もみじ
ファンタジー
 旧題:動物に好かれまくる体質の少年、ダンジョン配信中にレッドドラゴン手懐けたら大バズりしました  動物に好かれまくる体質を持つ主人公、藍堂咲太《あいどう・さくた》は、友人にダンジョンカメラというものをもらった。  そのカメラで暇つぶしにダンジョン配信をしようということでダンジョンに向かったのだが、イレギュラーのレッドドラゴンが現れてしまう。  しかし主人公に攻撃は一切せず、喉を鳴らして好意的な様子。その様子が全て配信されており、拡散され、大バズりしてしまった!  戦闘力ミジンコ主人公が魔物や幻獣を手懐けながらダンジョンを進む配信のスタート!

いきなりマイシスターズ!~突然、訪ねてきた姉妹が父親の隠し子だと言いだしたんですが~

桐条京介
ライト文芸
社会人で独身の男、立花透は帰宅したとある日の夜、自宅前に座る二人の少女と出会う。 少女は姉妹で姉を里奈、妹を奈流といった。 姉妹は透をお兄ちゃんと呼び、事情を聞くと透の亡き父の娘だという。 母親が亡くなって行くところがないので住まわせてくれと懇願され、本当に異母兄妹なのか疑問に思いつつも透は承諾して、同居生活を始めるのだった。 ※他サイトとの重複投稿作品です。

回転木馬が止まるとき

関谷俊博
ライト文芸
ぼくは寂しかった。栞も寂しかった。だけど、寂しさを持ち寄ると、ほんの少しだけ心が温かくなるみたいだ。

ベスティエン ――強面巨漢×美少女の〝美女と野獣〟な青春恋愛物語

花閂
ライト文芸
人間の女に恋をしたモンスターのお話がハッピーエンドだったことはない。 鬼と怖れられモンスターだと自覚しながらも、恋して焦がれて愛さずにはいられない。 恋するオトメと武人のプライドの狭間で葛藤するちょっと天然の少女・禮と、モンスターと恐れられるほどの力を持つ強面との、たまにシリアスたまにコメディな学園生活。 名門お嬢様学校に通う少女が、彼氏を追いかけて最悪の不良校に入学。女子生徒数はわずか1%という特異な環境のなか、入学早々にクラスの不良に目をつけられたり暴走族にさらわれたり、学園生活は前途多難。 周囲に鬼や暴君やと恐れられる強面の彼氏は禮を溺愛して守ろうとするが、心配が絶えない。

異世界でゆるゆる生活を満喫す 

葉月ゆな
ファンタジー
辺境伯家の三男坊。数か月前の高熱で前世は日本人だったこと、社会人でブラック企業に勤めていたことを思い出す。どうして亡くなったのかは記憶にない。ただもう前世のように働いて働いて夢も希望もなかった日々は送らない。 もふもふと魔法の世界で楽しく生きる、この生活を絶対死守するのだと誓っている。 家族に助けられ、面倒ごとは優秀な他人に任せる主人公。でも頼られるといやとはいえない。 ざまぁや成り上がりはなく、思いつくままに好きに行動する日常生活ゆるゆるファンタジーライフのご都合主義です。

三年で人ができること

桃青
ライト文芸
もし三年後に死ぬとしたら。占いで自分にもう三年しか生きられないと告げられた男は、死を感じながら、平凡な日常を行き尽くそうとする。壮大でもなく、特別でもなく、ささやかに生きることを、残された時間で模索する、ささやかな話です。

一よさく華 -嵐の予兆-

八幡トカゲ
ライト文芸
暮れ六つ過ぎ。 十日ごとに遊郭に現れる青年がいる。 柚月一華(ゆづき いちげ)。 元人斬り。 今は、かつて敵であった宰相、雪原麟太郎(ゆきはら りんたろう)の小姓だ。 人々の好奇の目も気に留めず、柚月は「白玉屋」の花魁、白峯(しらみね)の元を訪れる。 遊ぶためではない。 主の雪原から申し渡された任務のためだ。 隣国「蘆(あし)」の謀反の気配。 それを探る報告書を受け取るのが、柚月の今回の任務だ。 そんな中、柚月にじわりじわりと迫ってくる、人斬りだったことへの罪の意識。 「自分を大事にしないのは、自分のことを大事にしてくれている人を、大事にしていない」 謎の言葉が、柚月の中に引っかかって離れない。 「自分を大事にって、どういうことですか?」 柚月の真直ぐな問いに、雪原は答える。 「考えなさい。その答えは、自分で見つけなさい」 そう言って、父のように優しく柚月の頭を撫でた。 一つよに咲く華となれ。

処理中です...