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398『もうじき灌仏会』

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せやさかい

398『もうじき灌仏会』さくら   




 山門の桜も盛りを過ぎた。


 遠目には分からへんねんけど、近くで見ると、桜の花群れの下に若葉が芽吹いてるのが分かる。

 もう三日もしたら、若葉の方が花群れを圧倒する。

 なによりも、地べたに落ちる花びらの量が多くなってきた。

「全部掃いてしもたらあかんねんで」

 先週、メグリンやらソニーが来てお花見してる頃は、お祖父ちゃんは、こない言うてた。

 花びらにしろ落ち葉にしろ、全部掃いてしもたら風情が無いらしい。

 それが、四月三日の今朝は、掃いてる尻から花びらが降ってくる。

「まあ、こんなもんやろ。キリないし」

「そうかな、もういいかな?」

「ええよ、もう行っといで(^▽^)」

「あ、うん。じゃあ、行ってくるね」

「箒は片づけとくから、早よぅ」

「うん」

 留美ちゃんは、箒をうちに渡すと、つっかけをカラカラいわしながら本堂の階段を上がっていく。

 部屋に戻るのは庫裏から行くよりも本堂の中を通った方が早い。



 留美ちゃんはお父さんに会いに行く。



 留美ちゃんは真面目な子ぉやし、奨学金をとることにしたんや。

 毎月の生活費やら学費やらは、お父さんが口座に振り込んでくれて、その管理はお祖父ちゃんがやってる。

 最初はおばちゃんがやってたんやけど「ボケ防止にやらしてえや」というてお祖父ちゃんがやり出した。

 お祖父ちゃんは、自分の方が留美ちゃん、話しやすいいうことを知ってるさかい。

 おばちゃんは、お寺の坊守(ぼうもり)やし、他にもボランティアの仕事やらも引き受けてるさかい大変。

 まあ、並の大変ではへこたれへん人やねんけど、よくできる女いうのは年下の同性には圧が高い。

 住職の仕事も完ぺきにおっちゃんに譲って隠居の身分やしね。伊達に何十年も坊主をやってへん。

「親鸞さんも蓮如さんも人の面倒見のええ人やったしなあ」

 畏れ多くも浄土真宗の開祖と中興の祖を自分になぞらえよる(^_^;)。



 もう一つ、口に出して言わへんけど、お父さんに会いたいんや。



 うちも留美ちゃんも、親は失踪同然におらんようになった。

 留美ちゃんのお母さんは看護師やってはって、どうやら流行り病で亡くならはった。

 お父さんが全て後始末して、お父さんも留美ちゃんのことをお祖父ちゃんらに頼んで消えてしもた。

 うちの親も留美ちゃんのお父さんも、どうやら同じ仕事をしてるような気がする。

 公安調査庁とか内閣情報局とか、ひょっとしたら、ネットなんかで検索しても出てけえへん秘密組織とか。

 リコリスリコイル的な? みたいな? ぽい?

 あかん、お母さんがリコリコの制服着てるとこ想像してしもた(;'∀')。

 よう知らんけど。



 じゃ、行ってきます!



 うちにまで、きちんと頭を下げていく留美ちゃん。

 グッドラック……と、後姿の相棒にエールを送る。



 来週は、三年ぶりの灌仏会、つまりお花まつり。

 お花見に来てくれたお婆ちゃんらも楽しみにしてくれてる。

 境内のお花の手入れも灌仏会に向けて佳境に入ってくるし。

 それに、うちの十七回目の誕生日。

 12歳でここに来て、七日目で誕生日やった。あ花まつりとも重なって、檀家のお婆ちゃんらも喜んでくれたのを懐かしく思い出す(005『御釈迦さんといっしょ』)。



 思い立って自転車で大和川を目指す。



 13号線を北に進む。

 13号線、ほんまは30号線。なんでか地元では13号線て呼ぶ。

 四車線の広い道やけど府道。

 四年前、堺東からタクシーに乗ってお母さんとやってきた道。

 毎日通学で自転車こいでる道やねんけど、休みの日に一人で走ると、なんや感じがちがう。

 時間を巻き戻してるような、リアルとは違う並行世界の13号線を走ってるみたいな。

 堺東まで来ると、信号のとこにいつもの婦警さん。

 自転車のおばちゃんを呼び止めてる。以前も危険運転の自転車を呼び止めて怒ってた。

 私服の彼女も知ってるさかい、職業的なものやろうとは思うねんけど可愛くない。

「ちょっとすみません」

 見とれてたら、男のお巡りさんに呼び止められる。

 え、なんかやったっけ!?

「四月一日から、自転車のヘルメット着用努力義務をお願いしてます」

 にこやかにポケティッシュ入りの啓発ビラをくれる。

「あ、はい、ごくろうさまです(^▽^)」

 ありがたくいただいてチラ見すると、婦警さんも笑顔で配ってて安心した。

 あの婦警さんは、やっぱり笑顔の方が似合う。



 さらに北上して大和川。



 川が広くて空が大きいいうのは、それだけで嬉しなる。

 なんか叫びたくなるけど、やめとく。

 もうじき17歳やし。

 大和川は永遠に流れる。

 永遠の17歳。

 なんや、アキバのメイドさん的。

 12歳から、あっという間やった。

 今度、ここに来るときは幾つになってるんやろか……西の空に一つだけ雲が浮いてる。

 よし、あの雲がこの上を通っていくのを見届けてから帰ろか。

 ハクション!

 まぶしいからクシャミが出てしもた。

 五分ほど見てると、もう一つの雲がやってきてひっついてしまう。

 孤高の雲や思たのに、ちょっと残念やった。

 

 
☆・・主な登場人物・・☆

酒井 さくら      この物語の主人公  聖真理愛女学院高校一年生
酒井 歌        さくらの母 亭主の失踪宣告をして旧姓の酒井に戻って娘と共に実家に戻ってきた。現在行方不明。
酒井 諦観       さくらの祖父 如来寺の隠居
酒井 諦念       さくらの伯父 諦一と詩の父
酒井 諦一       さくらの従兄 如来寺の新米坊主 テイ兄ちゃんと呼ばれる
酒井 詩(ことは)   さくらの従姉 聖真理愛学院大学二年生
酒井 美保       さくらの義理の伯母 諦一 詩の母 
榊原 留美       さくらと同居 中一からの同級生 
夕陽丘頼子       さくらと留美の先輩 ヤマセンブルグの王女 聖真理愛女学院高校三年生
ソフィー        ソフィア・ヒギンズ 頼子のガード 英国王室のメイド 陸軍少尉
ソニー         ソニア・ヒギンズ ソフィーの妹 英国王室のメイド 陸軍伍長
月島さやか       さくらの担任の先生
古閑 巡里(めぐり)  さくらと留美のクラスメート メグリン
百武真鈴(田中真央)  高校生声優の生徒会長
女王陛下        頼子のお祖母ちゃん ヤマセンブルグの国家元首
江戸川アニメの関係者  宗武真(監督) 江原(作監) 武者走(脚本) 宮田(制作進行) 花園あやめ(声優)  
さくらをとりまく人たち ハンゼイのマスター(昴・あきら) 瑞穂(マスターの奥さん)
  
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