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374『さくらのアップグレード』

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せやさかい

374『さくらのアップグレード』さくら    




 あっという間に冬休み。


 学校案内のプロモーションビデオで大いに盛り上がった。

 終業式も、けっこうおもしろかったんやけど、今日から歳末特別警戒の夜回りが始まります。

 今年は町の集会所が雨漏りやら傷みやら隙間風やらで使われへんので、急きょ、うちの本堂が本部。

 山門の前には『歳末特別警戒』の提灯が二つも出て、なんか堺奉行所か新選組の屯所かいうくらいの雰囲気。

「やっぱり、提灯は、こういうとこに掛けるのんがええなあ!」

 曲がった腰を伸ばして喜んでるのは、お寺の婦人部長をやってる田中のお婆ちゃん。

「ウンショっと……ほら、温いうちにおあがり」

 ゴロゴロ(年寄りがよう押してるカート)を本堂の階の前に据えてお婆ちゃん。

 開ける前に分かってる。中身は焼き芋。匂いしてたしね(^_^;)。

 米屋が本業やねんけど、秋冬は焼き芋も売ってる。それを持ってきてくれたんです。

 中学のころも、部活でランニングとかしてたら焼き芋をくれた。

 三回続いたら、なんか申し訳なかったんやけど「さくらちゃん、朝顔で世話になったやんか」と目をへの字にするお婆ちゃん。

「それに、若い子ぉが、毎日元気に家の前走ってくれてるだけで、ナマンダブやし」

 そない言うて手合されたり。

「あんたらも、年寄りは大事にせなあかんで」

 本堂に居てる町会のオッチャンやらお爺さんやらに檄を飛ばす。

 なんせ、お婆ちゃんは女子挺身隊に行ってた。戦後生まれの六十代七十代は鼻たれ小僧。

 アハハハ(^_^;)

 昔はヤンチャやったいう町会長さんも、頭掻いて笑うしかない。

 夜回りとかは陽が落ちてからやけど、こないやって、みんなが火鉢囲んで無駄話やってんのんがええんや。

「学校のお仲間は、いつ来るんや?」

「あ、午後には来ます。せや、夜回りのコース、下見しとかなら!」

「いやあ、さくらちゃんは真面目やなあ」

 町会長さんがヨイショしてくれる。

「ほな、ちょっと行ってきます」

 夜回りのコースを書いた地図を持って立ち上がる。

「ごめんね、つきあえなくて」

 留美ちゃんが手を合わせる。留美ちゃんは本堂の掃除してて、内陣から外陣に降りる時に脚をグネてしもた。

 詩(ことは)ちゃんは、進路の書類の事で午前中は大学。



 地図を見ながら角を曲がる。



 もう二十メートルも行ったら公園……やと思たら『鎌倉殿の十三人』に出てくるみたいな女の人が出てきた。

 長い黒髪に緋の袴、ゴ-ジャスな十二単、遠目にはお内裏さんやねんけど、近づくと眉毛は無いし、ニッコリ笑った口の中はお歯黒で真っ黒やし。初対面やったら、ぜったい逃げてる。

 このお雛さんの化け物みたいなんは、お母さんのお雛さんのメンバーやった三人官女の三方(さんぽう)さん。

 こいつが……この人がしゃしゃり出てくるには訳があるんやけど、ややこしいから省略。

「ご無沙汰いたしております、さくらさま」

「あ、はあ……て、オジャリマス言葉はやめたん?」

「はい、いまお仕えしているお方が、当世風にしなさいとおっしゃいますので、及ばずながら改めました」

「え、再就職できたん!?」

「はい、おかげさまで」

「おめでとう! 三方さん!」

「はい、二君に仕えずというのが、官女の矜持ではございますが。いとやんごとなききわからの思し召しでございましたので……わたくしのことはよろしいのです。我が主が、さくらさまにお話があると仰せになりますので、その先ぶれとしてお供してまいりました」

「やんごとなきお方?」

「はい、あちらに……」

 三方さんが示したのは公園の奥……源氏物語に出てきそうな牛車が停まってた!



 よっこいしょっ……と。



 牛車の簾を自分で上げて衣冠束帯のオッサンが出てきた。

 どこのお内裏さんや!?

 お内裏さんは、牛車の横に立つと笏(しゃく)でオイデオイデという風に手招き。

 怪しいお内裏さんや、髭なんか生やして、微妙にメタボやし。

「あ、わたしだよ、わたし」

 なんか気安い……

「ほら、ごりょうさんの堀端で自転車借りただろ」

「あ、赤い馬の!?」

「そうそう、夢にも何度か出てきたんだよ」

「え?」

「やっぱ、夢は憶えてないか。オオサザキですよ」

「オオサザキ?」

 どっかで聞いたことがある。

「えと、ごりょうさんと、堺のみんなは呼んでくれる」

「え、仁徳天皇?」

「うん」

「いやあ、今風にスタジャンとかブルゾンとか、スェットでジョギングしてるオジサンでもいいと思ったんだけどね、三方さんが、これにしろって。まあ、彼女も今風にやろうと努力してくれてるしね」

 ああ、牛車に衣冠束帯では古墳時代には合わないかな(^_^;)

「わたしは五世紀だし、衣冠束帯って九世紀……まあいい、まずはお礼を言うよ」

「お礼ですか?」

「うん、あしかけ四年前……年号はまだ平成だったね、お母さんに連れられて堺の街にやってきて、如来寺でもご町内でも、明るく元気にやってくれて、堺のいろんな人たちの心を温めてくれた」

「いえ、そんな大層なことは(#^_^#)」

「いや、まさに民の竈ならぬ民の心は潤いにけり。ほんとうにありがとう。そして、よくがんばりましたね」

「い、いえ、ぜんぜん、そんなことは。期末テストも赤点ギリギリやったし、下駄はかしてもらえへんかったら、三つぐらい赤点でした」

「赤点は、人生の色どりだ」

 ああ、なんか頬っぺたが熱つなってきたし。

「ほんとうに、よく頑張ったね」

「は、はい!」

「これからも、いろいろあると思うけど、陰ながら応援しています」

「はい!」

「友だちの中には日本を離れる者もいる、進路に悩む者、家族や友だちのことに心を痛める者、そういう者たちに寄り添ってあげておくれ」

「え、わたしみたいなオッチョコチョイがですか」

「オッチョコチョイには熱がある、心がある、恥じることはないぞ」

「は、はい」

「アハハ、なんだか金八先生みたいになってきたなあ。じゃあね、この四年あまりの頑張りに感謝して御褒美をあげます」

「そんな、わたしこそ、みんなに助けられて、ここまで来たんです。感謝するのはわたしの方です」

 謙遜やない、ほんまにそない思てるし。

「……じゃあ、これからも頑張ってくださいと思いを込めてのアップグレードだ」

「アップグレード!」

 ごりょうさんが指を動かすとインターフェイスが現れた。

 ピピピピ……ピ!  さくらバージョン1.00の下一桁が上がって1.05になった。

 なんか分かりやすい。

「三つ願いが叶うようになった」

「え、願いが叶うんですか!?」

「あ、大層なものはダメだぞ。世界征服したいとか魔王をやっつけて世界を助けたいとか、財布の中のお金を増やしてほしいとか、男を惚れさせたいとか、そいうのは無し!」

 両手を✕にするごりょうさん。

「は、はい、ありがとうございます」

「お願いをするときは、心に念ずればいい。念ずれば、このインタフェイスが現れる。無事に叶えば星が一つ消える」

「は、はい」

「では、これからも息災でな」

「はい、ありがとうございました!」



 ペコリとお辞儀をして顔をあげたら、牛車もごりょうさんも消えてた……というか、公園そのものが無くなって、うちは家の一本向こうの道路に立ってるだけやった。

 そもそも、うちの裏に公園なんてあれへんしね。

 

☆・・主な登場人物・・☆

酒井 さくら     この物語の主人公  聖真理愛女学院高校一年生
酒井 歌       さくらの母 亭主の失踪宣告をして旧姓の酒井に戻って娘と共に実家に戻ってきた。現在行方不明。
酒井 諦観      さくらの祖父 如来寺の隠居
酒井 諦念      さくらの伯父 諦一と詩の父
酒井 諦一      さくらの従兄 如来寺の新米坊主 テイ兄ちゃんと呼ばれる
酒井 詩(ことは)  さくらの従姉 聖真理愛学院大学二年生
酒井 美保      さくらの義理の伯母 諦一 詩の母 
榊原 留美      さくらと同居 中一からの同級生 
夕陽丘頼子      さくらと留美の先輩 ヤマセンブルグの王女 聖真理愛女学院高校三年生
ソフィー       ソフィア・ヒギンズ 頼子のガード 英国王室のメイド 陸軍少尉
ソニー        ソニア・ヒギンズ ソフィーの妹 英国王室のメイド 陸軍伍長
月島さやか      さくらの担任の先生
古閑 巡里(めぐり) さくらと留美のクラスメート メグリン
百武真鈴(田中真央) 高校生声優の生徒会長
女王陛下       頼子のお祖母ちゃん ヤマセンブルグの国家元首  

 
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