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347『二重の虹』

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せやさかい

347『二重の虹』さくら & 頼子   




 へえ、二重の虹ってあるんだ!


 スクロールする手を停めて留美ちゃんが呟く。

 頼子さんの消息が消えて、なんにもやる気のおこらへんうちら、放課後は図書室で時間を潰す。メグリンはお家のことがあるんで、終礼が終わると「お先に!」いうて帰った。言わんでも分かる、久々にお父さんが返って来るんや。うちも留美ちゃんも、そういうことには鋭い。

 図書室でスマホはNGやけど、備え付けのパソコンはノープロブレム。

 スマホが普及してないころは取り合いやったパソコンもスマホほどの機能がないので、けっこう空いてる。

 それで、ボンヤリとパソコンをググる週末です。

「いや、ほんま!」

 画面には、崖から海を撮った写真があって、見事に上下二段の虹が写ってる。

「うん、これは、きっといいことがあるよ!」

 なんか、秘密めいた顔で宣言する留美ちゃん。

 留美ちゃんは偉い。自分も落ち込んでるのに、パソコンで縁起のええこと探して気を引き立ててくれる。

 投稿した人はお婆さんと言っていいくらいのおばさん。

 小さいころから――二重の虹が見えたら、とってもいいことが起こる――とお祖母ちゃんから聞かされてて、この歳で、やっと発見できたんや。

 かけた願い事は――一刻も早く世界が平和になりますように――やった。

 この女の人は、イギリス人とのハーフで、境遇が頼子さんに似てる。

 ――きっと、頼子さんも大丈夫だよ―― 留美ちゃんの気持ちもありがたい。

「ちょうど二時やし、いこか!」

「うん!」

 下手な洒落にひっかけて、景気つけて校門を出る。



「あ、トンボ」



 公園の横まで来ると、五六匹のトンボがヘリコプターみたいに飛んでる。

「つい最近まで、蝉がうるさかったのにね……」

「公園の中通っていこか?」

「うん」

 公園を通ると微妙に遠回りになるんやけど、うちらは雰囲気に浸りたかった。

 
 God ~save~ the Queen♪


 着メロの『ゴッド セイブズ ザ クイーン』が鳴り出した。

「あ、わたしのも」

 留美ちゃんはマナーモードのバイブみたい。

「「あ、頼子さん!」」

 
―― 月曜日から学校に行きます ――


 簡単なメールやけど、意味と気持ちは十分伝わって来る。

 やっぱりヤマセンブルグに帰ってたんや。たぶん、お祖母ちゃんの女王陛下のことやろね。

 ひょっとしたら、二度と帰ってこーへんちゃうかと思ってたから、めっちゃ安心したよおおおお!






 三人にメールを打ってホッとした。

 取りあえずは日本に帰って来れた。

 場合によっては、このままヤマセンブルグだと思っていた。

―― 国王が執務できないときは、王位継承権第一位の者が摂政になる ――

 王室典範の規定に書いてある。

 正式に王女になったのだから従わないわけにはいかない。

 ソフィーはじめ、周囲の人たちも、そういうモードに入っていたしね。

―― しっかりなさってください ――

 サッチャー……いや、イザベラさんの目は、露骨に物語っていたしね。

 二年前だったら『くそ、このオバハンめ!』とか反発もできたんだけど、女王側近の彼女の信条。心配は十分すぎるくらいに身に染みている。

「ヨリコ、いっしょに見て」

 お祖母ちゃんは、ずっとエリザベス女王との思い出の写真や映像や手紙を見せてくれる。

 お祖母ちゃんの若いころ、ロシアがソ連だったころ、ヤマセンブルグでも革命騒ぎがあったりした。

 お祖母ちゃんは、半ば避難するようにイギリスに留学して、ずいぶんエリザベス女王に助けられたんだ。

 だからね、すごく落ち込んで、ジョン・スミスなんか「このままご譲位されるかもしれません」と出迎えた空港で言うんだもんね。あのジョン・スミスの目が笑ってなかった。

 何日もかけて、お祖母ちゃんと思い出のあれこれを見て、ようやく一段落。

「ヨリコ、明日日本に帰りなさい」

 そう言って、お祖母ちゃんは、わたしを送り出してくれた。



「殿下、富士山が見えてきました」

 ソフィーが呟く。

 これは、日本の領空に入ったからメールしてもいいというサイン。



―― 月曜日から学校に行きます ――

 言葉は一杯浮かんだけど、余計なことは書けないし、気持ちは伝えたいし。ごく簡単な文面になった。


「Wow!」


 ソフィーが母国語で歓声をあげた。

 窓から覗くと、富士山に二重の虹がかかっていた。

 

☆・・主な登場人物・・☆

酒井 さくら    この物語の主人公  聖真理愛女学院高校一年生
酒井 歌      さくらの母 亭主の失踪宣告をして旧姓の酒井に戻って娘と共に実家に戻ってきた。現在行方不明。
酒井 諦観     さくらの祖父 如来寺の隠居
酒井 諦念     さくらの伯父 諦一と詩の父
酒井 諦一     さくらの従兄 如来寺の新米坊主 テイ兄ちゃんと呼ばれる
酒井 詩(ことは) さくらの従姉 聖真理愛学院大学二年生
酒井 美保     さくらの義理の伯母 諦一 詩の母 
榊原 留美     さくらと同居 中一からの同級生 
夕陽丘頼子     さくらと留美の先輩 ヤマセンブルグの王女 聖真理愛女学院高校三年生
ソフィー      ソフィア・ヒギンズ 頼子のガード 英国王室のメイド 陸軍少尉
ソニー       ソニア・ヒギンズ ソフィーの妹 英国王室のメイド 陸軍伍長
月島さやか     さくらの担任の先生
古閑 巡里(めぐり) さくらと留美のクラスメート メグリン
女王陛下      頼子のお祖母ちゃん ヤマセンブルグの国家元首 

 
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