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344『畳の温もり』

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せやさかい

344『畳の温もり』さくら   




 け躓いたら、そこに杖があったゆう感じ。


 ヤマセンブルグから帰って来ると、もう虚脱状態。

 行きしなの飛行機、オリエント急行、エディンバラのミリタリータトゥー、初めてのスコティッシュダンス、そして……ヤマセンブルグで正式な王女宣言をやった頼子さん。トドメの芋ほり。

 ほとんど半月にわたるあれやこれやが、整理のつかへんままに頭の中でグルグル回ってる。

 25日から学校が始まってる。

 午前中だけの短縮授業やねんけど、なんともしんどい。留美ちゃんの強い勧めで、旅行前に宿題をやっといて正解。

 
 やっぱりね、頼子さんが王女宣言してヤマセンブルグの人になってしもた……喪失感。


 自分にお姉ちゃんがおって、そのお姉ちゃんがお嫁に行ったらこんな感じ?

 卒業したらヤマセンブルグに行くんや。

 王女さまやし、将来自分が入るお墓まで用意されてて、めったに帰ってこられへんねやろなあ……あ、日本は行くとこで帰って来るとこやないねんわ。

 ウクライナが、あんなことで、ヨーロッパの国はどこも大変や。

 国民の結束が必要やから、自分が、お祖母ちゃんの女王陛下と立たならあかん。そない思ての決心。

 日本に帰ってから、頼子さんは、まだ学校に来てへん。手続きやら挨拶やら、いろいろあるんやろねえ。

 十七年の人生で、こんなに学校に行くのがしんどいのは初めてや。

 せやさかい、今日の日曜日は嬉しい。け躓いたら、そこに杖があったゆう感じ。



 詩(ことは)ちゃんは、あくる日から大学に行ってる。

 うちとは逆に、なんか掴んで帰ってきたみたい。話したら、なんか言ってくれそうやねんけど、きっと圧倒されそうで、詩ちゃんも、そういうとこ分かってるようで、うちには、そう言う話はせえへん。

 今朝は、留美ちゃんといっしょに本堂の大掃除。

 だだっ広い本堂やさかい、めっちゃ遣り甲斐があって、掃除してる間だけは忘れることができた。



 ……ちょっと暑なってきた。



 じつは、エアコンは止めてる。

 ほんで、本堂の外陣で寝てる。畳の自然な冷たさが気持ちようて、横になったんや。

 まだまだ夏やけど、それでも、今朝はだいぶマシで、それで寝てしもた。

 せやけど、さすがに畳が温もってしもて、ちょっと暑い。自分の温もりやねんけど、ちょっと疎ましい。

 コロン

 そのまんま、横に転がると、また冷こい畳。

 う……うちの放射熱やろか、思たほど冷こない。

 コロン

 もう一回転。

 ん……ハッキリと温い。だれか寝てた?

 留美ちゃん? いや、留美ちゃんは部屋で本読む言うてたし。



 ガバ



 起きてみると、広い本堂にうち一人。

 え、だれが、横で寝てたん?

「やっと起きたんか」

 後ろで声がしたかと思うと、寝起きには最悪の顔。

 作務衣姿のテイ兄ちゃんが、呆れた顔して立ってる。

「顔でも洗てこい、ぶちゃむくれやぞ」

「ふぇ?」

「惜しいことしたなあ」

「え、なにが?」

「今の今まで、さくらの横で頼子さん寝ててんぞ」

「え、ええ! ウソ!?」

「ひょこっとソフィーの車で来てな、そんで、さくらが気持ちよう寝てるさかい『わたしもいっしょに』云うて、一時間程や」

「ちょ、なんで起こしてくれへんかったんよ!」

 思わず、飛びかかってしまう!

「こら! なにすんねん!」

「おいおい、本堂で暴れたらあかんやないか」

 お祖父ちゃんの声で、ちょっとだけ正気に戻る。

「リビングの方は用意できてるで、早よおいでや」

「え、用意?」

「せや、久々に頼子ちゃん来てくれはったさかい、リビングで歓迎会、早よおいでや」

「アハハ、びっくりしたか!?」

「も、もおおおおお!」

「牛か、おまえは」

「クソ坊主!」

 本堂の縁側に出てみると、お馴染み青色ナンバーの車が停まってる。


 頼子さーーーん!!


 うん、明日からはニュートラル! いつものさくらでいけそうです! 




☆・・主な登場人物・・☆

酒井 さくら    この物語の主人公  聖真理愛女学院高校一年生
酒井 歌      さくらの母 亭主の失踪宣告をして旧姓の酒井に戻って娘と共に実家に戻ってきた。現在行方不明。
酒井 諦観     さくらの祖父 如来寺の隠居
酒井 諦念     さくらの伯父 諦一と詩の父
酒井 諦一     さくらの従兄 如来寺の新米坊主 テイ兄ちゃんと呼ばれる
酒井 詩(ことは) さくらの従姉 聖真理愛学院大学二年生
酒井 美保     さくらの義理の伯母 諦一 詩の母 
榊原 留美     さくらと同居 中一からの同級生 
夕陽丘頼子     さくらと留美の先輩 ヤマセンブルグの王女 聖真理愛女学院高校三年生
ソフィー      ソフィア・ヒギンズ 頼子のガード 英国王室のメイド 陸軍少尉
ソニー       ソニア・ヒギンズ ソフィーの妹 英国王室のメイド 陸軍伍長
月島さやか     さくらの担任の先生
古閑 巡里(めぐり) さくらと留美のクラスメート メグリン
女王陛下      頼子のお祖母ちゃん ヤマセンブルグの国家元首 

 
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