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338『ワンオクロックガンが鳴るまでに』
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せやさかい
338『ワンオクロックガンが鳴るまでに』詩(ことは)
三年前、エディンバラとヤマセンブルグの旅行から帰ってきたさくらは夢の続きにいるようだった。
魂を置いてきたみたいに、ボーっとして、時々口を半開きにして、ニヘラニヘラと笑っていた。
お父さんの失踪宣告がされて、お母さんの歌叔母さんとうちの家にやってきたころは、どこか緊張が抜けないで、笑うにしろ喋るにしろ、どこか硬くてぎこちなかった。
母親の実家だとは言っても、生まれ育った家と街と苗字を捨ててやってきたんだ。やっぱり馴染むまでは大変だった。
そのぎこちなさが抜けて、持ち前の明るさと好奇心で、本当の家族、姉妹同然の従姉妹に成れたのは、まちがいなく、あの旅行の後だった。
たまたま、あの時期だったのか、あるいは十日余り我が家を離れたことがよかったのかとか思っていた。あまり旅行そのものに意義があったとは思っていなかった。
でも、夕べ、ミリタリータトゥーに参加して、やっぱり、あの旅行は特別だったんだと身をもって知った。
観る側も演る側も距離が近い。
日本のライブやコンサートでも似たような熱狂はあるんだけど、微妙に違う。
例えば、文化祭などで、身内や友だちが舞台に立って熱狂する……近いんだけど、ちょっと違う。巨人阪神戦のときの阪神タイガースと、そのファン……やっぱ違う。吹部の部活で、一曲仕上げた時……ちょっと近いかも。
最後に全員で国歌である『ゴッド セイブズ ザ クイーン』を合唱して、そのまま最後の最後に『Auld lang syne』を参加者全員で合唱。メロディーは、そのまんま『蛍の光』で、中身も友との別れを惜しむ歌。日本で感じるアナクロな感じがまるでなくって……たぶん、日本の『蛍の光』も昔はそうだったんだ。紅白歌合戦……て、ここ何年も見てないんだけど、あの最後に『蛍の光』やってた。紅白で馴染める歌はAKBぐらいのものだったけど、大晦日の夜、なんとなく流れてる紅白の『蛍の光』は馴染みがあった。
ヒルウッドのお屋敷には古い習慣が残っていて、朝、ゲストルームのドアの下にタイムズが滑りこませてある。
タイムズというのはイギリスの代表的な日刊紙。世界中の『~タイムズ』という新聞の名前は、ここからきている。ま、日本で言うと『~銀座』の御本家が東京の銀座であるようなもの。
わ……
小さく声が出てしまった。さくらなら「ギョエ!」とか叫んでると思う。
頼子さんと女王陛下のことが、三段の記事になって載っている。
拙い英語力では細かいニュアンスまでは分からないんだけど、大意は分かる。
almostやprobablyの後に、頼子さんが正式に王女になる日が近いことを書いている。
写真も、女王のソロ ⇒ 二人でステップ ⇒ 頼子さんのソロ という順序になっていて、代替わりを暗示している。
さらに拾い読みすると、バックダンスのことにも触れてある。
女王のバックダンス ―― ジョン・スミス大佐 マーガレット少佐(メグさん)
王女のバックダンス ―― ん?
名前は書いてないけど、あきらかにソフィーとソニー。
そうか、二人とも職務上名前を出せないんだと納得。君主だけではなく、ブレーンの世代交代を暗示している。
「さあ、明日にはヤマセンブルグに飛ぶので、今日は一日エディンバラを楽しんでくださいね」
朝食の席でメグさんはソフィーの前に車のキーを置いた。
エディンバラは京都市と姉妹都市で、世界文化遺産の代表でもある。
当然、見るべきところは山ほどあるんだけど、今日一日だけというと見る場所も限られてくる。
もし、外国の友だちがやってきて、一日ガイドするとしたら……我らが堺の誇りのごりょうさん!
ごりょうさんというのは、地元堺の呼び方で、教科書的には仁徳天皇陵。
でも、ごりょうさんて、傍で見たらただの森だからね。それに中に入ることもできないし。
やっぱ、道頓堀と大阪城でしょ。
この感覚をエディンバラに置き換えて、ロイヤルマイルを通ってエディンバラ城に行くことになる。
ロイヤルマイルはディズニーランドのワールドバザールの感じ。
石造りの家やお店が軒を並べていて、足もとは伝統的な石畳。それが、丘の上のエディンバラ城の大手門まで続いている。真っ直ぐと言っても微妙にS字に曲がっている。
おそらく、攻めてきた敵の見通しを悪くするためだと思う。でも、ニ十一世紀の今日、観光客であるわたしたちには、おとぎの国、あるいは、アクションRPGの『始まりの町』めいていてワクワクする。
中学の頃はSAOにハマっていた。
ログアウト不可のフルダイブ型仮想現実世界に閉じ込められるのはごめんだけど、こうやって歩いていると、自分がアスナになったような気がする。
「ごめん、これから行かなきゃならないところがあるから、あとのガイドはソニーの任せるわ」
左へ曲がったらエレファントハウスというところでソフィーが立ち止まった。
「お姉ちゃん!」
いつもは対抗心むき出しで「ソフィー」と呼び捨てするのに、心配な声で、妹らしく呼びかけるソニー。
「大丈夫よ、しっかり案内するのよ。ワンオクロックが鳴るころには合流できる。では、殿下」
私服なんだけど、そこだけビシッと敬礼して人波に紛れていくソフィー。
「じゃ、案内お願いね」
ソニーに振ると、頼子さんは、わたしたちを先導して大手門への道を歩き出した。
ミリタリータトゥーはまだシーズン中なので、観客席はそのままで大手前広場は、ちょっとした谷底。
この感じ、ちょっとデジャブと思ったら、お祖父ちゃんと見た『ベンハー』の競技場がこんなだった。
お城の展示物や、コスプレのスタッフなんか興味深かったけど、このお城の売り物はスコットランドそのものだと思う。
大阪城も石垣の縁に立てば、大阪平野が一望なんだけど、大阪平野には特別な感動は無い。
生駒金剛と六甲の山並みに画されたところに、境界も分からない街並みが広がっていてとりとめがない。
スカイツリーから見える東京をデススターみたいだと形容した外国のあんちゃんがいたけど、大阪も似たり寄ったり。
デススターはあんまりだろうと、その時は思ったけど。エディンバラ城の胸壁に立つと実感できる。
街というものは境目があるものなんだ。
それが、スコットランドでは明瞭なんだ。
こうやって、家の窓とか校舎の屋上とかから見ていたら、街に対する、大げさに言えば郷土愛が違ってくると思った。
大阪の街は、マンホールの蓋を見なければ町を越境したことも分からない。
キリスト教がローマの軍隊と一緒に入ってくるまでは、イギリスに限らず、ヨーロッパは日本と同じく神々の国だった。エルフやらドアーフやら息づき、魔法使いや錬金術師なんかも平気で存在していた。
それが「あ、そうなんだ」と納得してしまう空気が、ここにはある。
おそらくは、外人さんが京都の街を歩いていて、新選組とか坂本龍馬が出てきそうと思うくらいのミーハーな感覚。
わたしごときには分かりようも無いのかもしれないけれど、真子様が留学先に選ばれたのももっともな気がする。
ドーーーーン!
ぼんやり、そんなことを感じて胸壁に立っていると、突然の大砲の音に心臓が口から飛び出しそうになった。
「あ、ワンオクロックガン!」
エディンバラでは、午後一時になると本物の大砲が鳴らされる。それが、このエディンバラ城の胸壁にはあるのだ。
さくらたちは三年前には発射するところを見られなかったようで、ちょっと他人のふりをしたくなるほどのハシャギよう。
「もう、みんな恥ずかしいんだからぁ……」
文句言いながら寄っていくと、大手門の方からソフィーが現れた。
ソフィ……
みんな、呼びかけた言葉がフリーズしてしまう。
服装こそ乱れは無かったけど、目つき顔つきは、持てる限りのHP、MPを使い果たし、やっとのことでラスボスをやっつけた魔導士のようだった……。
☆・・主な登場人物・・☆
酒井 さくら この物語の主人公 聖真理愛女学院高校一年生
酒井 歌 さくらの母 亭主の失踪宣告をして旧姓の酒井に戻って娘と共に実家に戻ってきた。現在行方不明。
酒井 諦観 さくらの祖父 如来寺の隠居
酒井 諦念 さくらの伯父 諦一と詩の父
酒井 諦一 さくらの従兄 如来寺の新米坊主 テイ兄ちゃんと呼ばれる
酒井 詩(ことは) さくらの従姉 聖真理愛学院大学二年生
酒井 美保 さくらの義理の伯母 諦一 詩の母
榊原 留美 さくらと同居 中一からの同級生
夕陽丘頼子 さくらと留美の先輩 ヤマセンブルグの王位継承者 聖真理愛女学院高校三年生
ソフィー 頼子のガード
ソニー ソニア・ヒギンズ ソフィーの妹 英国王室のメイド
月島さやか さくらの担任の先生
古閑 巡里(めぐり) さくらと留美のクラスメート メグリン
女王陛下 頼子のお祖母ちゃん ヤマセンブルグの国家元首
338『ワンオクロックガンが鳴るまでに』詩(ことは)
三年前、エディンバラとヤマセンブルグの旅行から帰ってきたさくらは夢の続きにいるようだった。
魂を置いてきたみたいに、ボーっとして、時々口を半開きにして、ニヘラニヘラと笑っていた。
お父さんの失踪宣告がされて、お母さんの歌叔母さんとうちの家にやってきたころは、どこか緊張が抜けないで、笑うにしろ喋るにしろ、どこか硬くてぎこちなかった。
母親の実家だとは言っても、生まれ育った家と街と苗字を捨ててやってきたんだ。やっぱり馴染むまでは大変だった。
そのぎこちなさが抜けて、持ち前の明るさと好奇心で、本当の家族、姉妹同然の従姉妹に成れたのは、まちがいなく、あの旅行の後だった。
たまたま、あの時期だったのか、あるいは十日余り我が家を離れたことがよかったのかとか思っていた。あまり旅行そのものに意義があったとは思っていなかった。
でも、夕べ、ミリタリータトゥーに参加して、やっぱり、あの旅行は特別だったんだと身をもって知った。
観る側も演る側も距離が近い。
日本のライブやコンサートでも似たような熱狂はあるんだけど、微妙に違う。
例えば、文化祭などで、身内や友だちが舞台に立って熱狂する……近いんだけど、ちょっと違う。巨人阪神戦のときの阪神タイガースと、そのファン……やっぱ違う。吹部の部活で、一曲仕上げた時……ちょっと近いかも。
最後に全員で国歌である『ゴッド セイブズ ザ クイーン』を合唱して、そのまま最後の最後に『Auld lang syne』を参加者全員で合唱。メロディーは、そのまんま『蛍の光』で、中身も友との別れを惜しむ歌。日本で感じるアナクロな感じがまるでなくって……たぶん、日本の『蛍の光』も昔はそうだったんだ。紅白歌合戦……て、ここ何年も見てないんだけど、あの最後に『蛍の光』やってた。紅白で馴染める歌はAKBぐらいのものだったけど、大晦日の夜、なんとなく流れてる紅白の『蛍の光』は馴染みがあった。
ヒルウッドのお屋敷には古い習慣が残っていて、朝、ゲストルームのドアの下にタイムズが滑りこませてある。
タイムズというのはイギリスの代表的な日刊紙。世界中の『~タイムズ』という新聞の名前は、ここからきている。ま、日本で言うと『~銀座』の御本家が東京の銀座であるようなもの。
わ……
小さく声が出てしまった。さくらなら「ギョエ!」とか叫んでると思う。
頼子さんと女王陛下のことが、三段の記事になって載っている。
拙い英語力では細かいニュアンスまでは分からないんだけど、大意は分かる。
almostやprobablyの後に、頼子さんが正式に王女になる日が近いことを書いている。
写真も、女王のソロ ⇒ 二人でステップ ⇒ 頼子さんのソロ という順序になっていて、代替わりを暗示している。
さらに拾い読みすると、バックダンスのことにも触れてある。
女王のバックダンス ―― ジョン・スミス大佐 マーガレット少佐(メグさん)
王女のバックダンス ―― ん?
名前は書いてないけど、あきらかにソフィーとソニー。
そうか、二人とも職務上名前を出せないんだと納得。君主だけではなく、ブレーンの世代交代を暗示している。
「さあ、明日にはヤマセンブルグに飛ぶので、今日は一日エディンバラを楽しんでくださいね」
朝食の席でメグさんはソフィーの前に車のキーを置いた。
エディンバラは京都市と姉妹都市で、世界文化遺産の代表でもある。
当然、見るべきところは山ほどあるんだけど、今日一日だけというと見る場所も限られてくる。
もし、外国の友だちがやってきて、一日ガイドするとしたら……我らが堺の誇りのごりょうさん!
ごりょうさんというのは、地元堺の呼び方で、教科書的には仁徳天皇陵。
でも、ごりょうさんて、傍で見たらただの森だからね。それに中に入ることもできないし。
やっぱ、道頓堀と大阪城でしょ。
この感覚をエディンバラに置き換えて、ロイヤルマイルを通ってエディンバラ城に行くことになる。
ロイヤルマイルはディズニーランドのワールドバザールの感じ。
石造りの家やお店が軒を並べていて、足もとは伝統的な石畳。それが、丘の上のエディンバラ城の大手門まで続いている。真っ直ぐと言っても微妙にS字に曲がっている。
おそらく、攻めてきた敵の見通しを悪くするためだと思う。でも、ニ十一世紀の今日、観光客であるわたしたちには、おとぎの国、あるいは、アクションRPGの『始まりの町』めいていてワクワクする。
中学の頃はSAOにハマっていた。
ログアウト不可のフルダイブ型仮想現実世界に閉じ込められるのはごめんだけど、こうやって歩いていると、自分がアスナになったような気がする。
「ごめん、これから行かなきゃならないところがあるから、あとのガイドはソニーの任せるわ」
左へ曲がったらエレファントハウスというところでソフィーが立ち止まった。
「お姉ちゃん!」
いつもは対抗心むき出しで「ソフィー」と呼び捨てするのに、心配な声で、妹らしく呼びかけるソニー。
「大丈夫よ、しっかり案内するのよ。ワンオクロックが鳴るころには合流できる。では、殿下」
私服なんだけど、そこだけビシッと敬礼して人波に紛れていくソフィー。
「じゃ、案内お願いね」
ソニーに振ると、頼子さんは、わたしたちを先導して大手門への道を歩き出した。
ミリタリータトゥーはまだシーズン中なので、観客席はそのままで大手前広場は、ちょっとした谷底。
この感じ、ちょっとデジャブと思ったら、お祖父ちゃんと見た『ベンハー』の競技場がこんなだった。
お城の展示物や、コスプレのスタッフなんか興味深かったけど、このお城の売り物はスコットランドそのものだと思う。
大阪城も石垣の縁に立てば、大阪平野が一望なんだけど、大阪平野には特別な感動は無い。
生駒金剛と六甲の山並みに画されたところに、境界も分からない街並みが広がっていてとりとめがない。
スカイツリーから見える東京をデススターみたいだと形容した外国のあんちゃんがいたけど、大阪も似たり寄ったり。
デススターはあんまりだろうと、その時は思ったけど。エディンバラ城の胸壁に立つと実感できる。
街というものは境目があるものなんだ。
それが、スコットランドでは明瞭なんだ。
こうやって、家の窓とか校舎の屋上とかから見ていたら、街に対する、大げさに言えば郷土愛が違ってくると思った。
大阪の街は、マンホールの蓋を見なければ町を越境したことも分からない。
キリスト教がローマの軍隊と一緒に入ってくるまでは、イギリスに限らず、ヨーロッパは日本と同じく神々の国だった。エルフやらドアーフやら息づき、魔法使いや錬金術師なんかも平気で存在していた。
それが「あ、そうなんだ」と納得してしまう空気が、ここにはある。
おそらくは、外人さんが京都の街を歩いていて、新選組とか坂本龍馬が出てきそうと思うくらいのミーハーな感覚。
わたしごときには分かりようも無いのかもしれないけれど、真子様が留学先に選ばれたのももっともな気がする。
ドーーーーン!
ぼんやり、そんなことを感じて胸壁に立っていると、突然の大砲の音に心臓が口から飛び出しそうになった。
「あ、ワンオクロックガン!」
エディンバラでは、午後一時になると本物の大砲が鳴らされる。それが、このエディンバラ城の胸壁にはあるのだ。
さくらたちは三年前には発射するところを見られなかったようで、ちょっと他人のふりをしたくなるほどのハシャギよう。
「もう、みんな恥ずかしいんだからぁ……」
文句言いながら寄っていくと、大手門の方からソフィーが現れた。
ソフィ……
みんな、呼びかけた言葉がフリーズしてしまう。
服装こそ乱れは無かったけど、目つき顔つきは、持てる限りのHP、MPを使い果たし、やっとのことでラスボスをやっつけた魔導士のようだった……。
☆・・主な登場人物・・☆
酒井 さくら この物語の主人公 聖真理愛女学院高校一年生
酒井 歌 さくらの母 亭主の失踪宣告をして旧姓の酒井に戻って娘と共に実家に戻ってきた。現在行方不明。
酒井 諦観 さくらの祖父 如来寺の隠居
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榊原 留美 さくらと同居 中一からの同級生
夕陽丘頼子 さくらと留美の先輩 ヤマセンブルグの王位継承者 聖真理愛女学院高校三年生
ソフィー 頼子のガード
ソニー ソニア・ヒギンズ ソフィーの妹 英国王室のメイド
月島さやか さくらの担任の先生
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