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333『スッスッ ハッハー』

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せやさかい

333『スッスッ ハッハー』さくら   




 スッスッ ハッハー スッスッ ハッハー


 体育の長瀬先生に習った呼吸法で、朝からランニング。

 ほら、例のおそろのジャージ着てね。昨日、女王陛下とサッチャー、いやイザベラのおばはんが着てたのと同じやつ。

 ジャージ言うても組み合わせは自由。

 長袖長パン、半そでにハーフパンツ、ショートパンツ、タンクトップと揃てるんです。

―― 体調に合わせてお召しになればけっこうでございます。一式だと、かなりかさばりますが、帰国される時には別便で、領事館、あるいはそれぞれのご自宅に送らせていただきます ――

 そう説明してくれたんは、ソフィーを一回り小型にしたようなメイドさん。

「ソニー!?」

 頼子さんが目を剥いて驚いた。

「ご無沙汰いたしております、殿下。ご滞在中、姉のソフィアに成り代わりお世話させていただきます」

「ソフィーは?」

「はい、エディンバラには居りますが、軍務もございますので、行き届かない分を、わたしが務めさせていただきます」

 せや、ソフィーはヤマセンブルグ軍の少尉さんでもあったんや。

「みんな、紹介しておくわ」

「いえ、自己申告いたしますわ。ソニア・ヒギンズと申します。殿下がお呼びになったようにソニーと呼んでくださいませ。ソフィアの妹ではございますが、国籍はイギリスでございます。英国王室のメイドではありますが、相互研修制度に基づき、ヤマセンブルグ王室で研修させていただいております。このあと、スィティングルームで午後のティータイムでございます。特にドレスコードはございませんが、陛下のご体調に合わせてエアコンは低めに設定しておりますので、お気をつけくださいませ。それでは、30分後にお迎えにあがります。なにかご不自由なことがございましたら、内線の007で呼び出してくださいませ。失礼いたしました」

 優雅に頭を下げると、ソフィーの妹は静かに退出していった。

「顔は似てるけど、ぜんぜん感じちゃうねえ」

「日本語だってペラペラだし」

 留美ちゃんと二人で感心する。ソフィーは今でこそネイティブ日本人みたいに喋るけど、三年前は会話には翻訳機使ってたし、語尾に「です」を付けるクセが直るのは日本に来てからやった。

「ソニーは魔法が使えないからね。その分、学習能力と身体能力は姉以上。そっか、国籍変えたんだ……」

「ソフィー先輩。魔法使いだったんですか!?」

「うん、ハリポタみたいなことはできないけど、いろいろと少しはね……」

 うちは憶えてる。エディンバラのパブの地下で悪魔と戦ったソフィーを。勝ったとは言い難いけど、ボロボロになりながらも、頼子さんとうちらを守ってくれたしね。

「ソフィーは、いっしょには行動しないの?」

 すっかりお仲間意識の詩(ことは)ちゃんが質問。

「どうだろ、そっちの方は、わたしにも分からなくって。でも、ソフィーも本心じゃ、いっしょに遊びたがってるから、顔は出すと思うわよ」


 そのあと、ソニーの予告通り、女王陛下とティータイム。


「エディンバラにもウクライナから避難してきた人がいらっしゃっるの、中には日本へ行くことを希望する人も居て、そういう人たちの相手をするのには、ソフィーはうってつけですからね。ヤマセンブルグもNATOの一員、軍事的に協力できることはあまり無いけど、出来ることはお手伝いしなくてはなりません」

 日本におったら対岸の火事やけど、ヨーロッパは切実みたいや。

「で、お祖母ちゃん、あのジャージ姿なんだけど……」

「あ、そうそう。今年はミリタリータトゥーに参加します」

「「「「「ええ!?」」」」」

「ほら、ミリタリータトゥーの最後にAuld Lang Syneをやるでしょ、あれに参加するの」

 Auld Lang Syneは『蛍の光』の原曲で、スコットランドに古くから伝わるお別れの歌。

 お別れだけと違って、催し物やらパーティーの最後にみんなで歌う曲。三年前のミリタリータトゥー観に行って、最後にめちゃくちゃ感動した。隣のイギリスのおっちゃんおばちゃんらと肩組んで……ああ、思い出しただけで思い出ポロポロやし!

「参加って、最後には、みんな立ち上がって歌うでしょ?」

「違うわよ、コートで歌いながら踊るのよ、スコティッシュダンスを(^▽^)」

「ゲゲゲ!!」

 出た! ゲゲゲのヨリコ!!

「スコティッシュダンス?」

 メグリン一人冷静……というか、分かってません。

「百聞は一見に如かずよね、ソニー、お願いね」

「はい、陛下」

 ソニーがリモコンを押すと、150インチはありそうなモニターにミリタリータトゥーのAuld Lang Syneが映し出される。

 大方は、ブラスバンドやねんけど、ヨサコイみたいに民族衣装のキルトを身に着けた一団が、バグパイプの演奏に合わせて踊らはります。

 両手上げたり方手にしたり、足は休みなくピョンピョンさせて、エルフとか精霊さんが踊ってるみたいで、見てる分には楽しい。

「そう、今年は、これで参加します!」



 そういうことで、まずは基礎体力。

 おそろのジャージで、ホリウッドの森の中を、みんなで走っております。



 スッスッ ハッハー スッスッ ハッハー

 くたびれてくると、ヒッ ヒッ ハー ヒッ ヒッ ハー

「それはラマーズ法だよ(^_^;)」

 詩ちゃんに注意される。

 ラマーズ法て、なに?

 森を出るころには、いつのまにかソフィーも加わって、ソニーといっしょに走って、ええ汗をかいてるエディンバラの朝です。

 

☆・・主な登場人物・・☆

酒井 さくら    この物語の主人公  聖真理愛女学院高校一年生
酒井 歌      さくらの母 亭主の失踪宣告をして旧姓の酒井に戻って娘と共に実家に戻ってきた。現在行方不明。
酒井 諦観     さくらの祖父 如来寺の隠居
酒井 諦念     さくらの伯父 諦一と詩の父
酒井 諦一     さくらの従兄 如来寺の新米坊主 テイ兄ちゃんと呼ばれる
酒井 詩(ことは) さくらの従姉 聖真理愛学院大学二年生
酒井 美保     さくらの義理の伯母 諦一 詩の母 
榊原 留美     さくらと同居 中一からの同級生 
夕陽丘頼子     さくらと留美の先輩 ヤマセンブルグの王位継承者 聖真理愛女学院高校三年生
ソフィー      頼子のガード
ソニー       ソニア・ヒギンズ ソフィーの妹 英国王室のメイド
月島さやか     さくらの担任の先生
古閑 巡里(めぐり) さくらと留美のクラスメート メグリン
女王陛下      頼子のお祖母ちゃん ヤマセンブルグの国家元首 
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