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311『こいつは才能だと思う』

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せやさかい

311『こいつは才能だと思う』頼子   




 こいつは才能だと思う。


 こいつというのは酒井さくら。

 中学からの、わたしの後輩。

 客観的には、ちょっと厳しい人生を歩んできてるのよ。

 小学校の時にお父さんが失踪して、中学に入学すると同時に失踪宣告して……失踪宣告というのは法律的に死んだのと同じ扱いになる。七年間消息不明ってことが条件なんだけどね。

 そうして、さくらは、お母さんの姓になって実家である如来寺にやってきた。そして、越して二年足らずで、今度はお母さんが失踪。

 如来寺には、さくらのお祖父さんと伯父さん夫婦。従兄姉のテイ兄ちゃんと詩(ことは)さん。

 今どき、親類と言っても、そうそうあてになる世の中じゃない。それを、さくらは、生まれてからずっと如来寺の子だったみたいに愛されているし、さくら自身も、如来寺の子として屈託なく過ごしている。



 さくらにはオーラがあるんだ。



 本人に言ったら怒るかもしれないけど、人の輪の中に入って行くのが上手い。

 上手いだけだったら、ただの人たらし。

 さくらの生き方には、ほとんど打算というものがない。その時その時、周囲の人と泣いたり笑ったり、怒られたり恥をかいたり。その姿には、どこか愛嬌があって、人はさくらのことを放っておけなくなる。

 そういうさくらを友だちにしていたから、同級生だった留美ちゃん(榊原留美)が、これまたお父さんの仕事の都合で一人暮らしになったときも、如来寺でいっしょに姉妹同然に暮らさせるという芸当をやってのけた。

 留美ちゃんは、真面目な文学少女で、人交わりが苦手な子。秘めた好奇心や向上心には見るべきものがあるんだけど、リアルの生活で、それを活かせるような子ではない。一人暮らしを余儀なくされた二年前、さくらが居なければ、ちょっとミゼラブルな状況になっていたかもしれないと思う。

 歳の差四年の女の子が三人、広いお寺だとはいえ、如来寺が広いのは宗教施設であって、住人の生活環境は、そんなにぶっ飛んだ広さではない。そこで、うまくいってるのはすごいよ。

 恥ずかしがるから、本人には言ったことないけど、お風呂やトイレが他人と共用というのは、思春期の女の子にはハードルが高い。

「洗濯物とか、けっこう難しいんじゃないの?」

 部活の合間に、さくらには聞いたことがある。

「うん、三人で相談して、ブラとかパンツとか、イニシャル入れてます!」

 そう言って、楽し気にプリントの裏側に仕様を書いて説明してくれる。

 そのメモを後から見た留美ちゃんはユデダコみたいに顔を赤くして、さくらをぶつんだけどね。

 さくらが笑って、わたしも笑って、そして、留美ちゃんもつられて笑っておしまい。

 わたしのガードのソフィーは「さくらのアレは、諜報部員に向いてます」と、ちょっと羨ましそうにしている。

「諜報部員の資質は、いかに、自然に人の中に溶け込めるかなのです。溶け込めるだけではなく、空気のありがたさみたいな信頼を勝ち取れるかです」

 上司のジョン・スミスも言う。

 なるほど……わたしは頷いた。

 ソフィーは、ゴルゴ13に孫娘がいたら、こんな感じってだろうって女の子だからね。



 昨日もね、通学用の自転車を置かせてもらってる『スナックはんぜい』のマスターからいっぱいサンドイッチもらって――いっしょにサンドイッチランチしましょう!――って、嬉しそうにサンドイッチの写真を送ってきた。

 サンドイッチランチ、ちょっとモッサリだけど、ちゃんと韻を踏んでる。

「さすがは文芸部」

 ソフィーは感心するけど、さくらは天然です。

 そして、中庭の藤棚で、女四人楽しくランチしたんだけどね、放課後になったら回復したお天気とは逆に落ち込んでる。

「どうした、午前中の曇り空全部呑み込んだみたいな顔して?」

「せ、せんぱい! どないしょ、ペコちゃんが中間のテスト結果くれたんやけど、二個も欠点あるんです!」

 成績伝票を見ると英語と数学が欠点。

 数学・38点  英語・37点

「なんだ、いくらでも挽回できる点数じゃないの」

 一年の初テストは、ほとんどゲタがない。ありのまま点けて、ありのままの実力を思い知らせるという聖真理愛学院の昔からの方針。

「せ、せやかて、留美ちゃんは欠点あれへんし! うちら、家でもいっしょにテスト勉強してたんですよ! ううん、うちアホやさかい、しっかり5%増しぐらいでやってたのにい!」

「仕方ない。勉強に関しては、さくら、脳みその皴が留美ちゃんよりも少ない」

「ええ、そんなあ~(;゚Д゚)」

 ソフィーに言われて、ムンクの『叫び』みたいに両手で頬っぺたを挟んで揉む。

「脳みそは、頬っぺたじゃなくて、頭にある。揉んで皴が増えるなら手伝ってあげる」

「うん、手伝うてえ!」

 ソフィーは、ポーカーフェイスでさくらの頭をグリグリ。

「イタ、イタタタ……あ、でも、皴が増えていく感じ……する……イタタ……」

 留美ちゃんとメグリンと三人でお腹を抱えた。

 で、散策部の部活を兼ね、みんなでペコちゃん先生の神社に足を運んで、さくらに学業御守りを買ってやりました。 




☆・・主な登場人物・・☆

酒井 さくら    この物語の主人公  聖真理愛女学院高校一年生
酒井 歌      さくらの母 亭主の失踪宣告をして旧姓の酒井に戻って娘と共に実家に戻ってきた。現在行方不明。
酒井 諦観     さくらの祖父 如来寺の隠居
酒井 諦念     さくらの伯父 諦一と詩の父
酒井 諦一     さくらの従兄 如来寺の新米坊主 テイ兄ちゃんと呼ばれる
酒井 詩(ことは) さくらの従姉 聖真理愛学院大学二年生
酒井 美保     さくらの義理の伯母 諦一 詩の母 
榊原 留美     さくらと同居 中一からの同級生 
夕陽丘頼子     さくらと留美の先輩 ヤマセンブルグの王位継承者 聖真理愛女学院高校三年生
ソフィー      頼子のガード
古閑 巡里(めぐり) さくらと留美のクラスメート メグリン

 
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