せやさかい

武者走走九郎or大橋むつお

文字の大きさ
上 下
281 / 432

281『三月三日うたた寝の夢』

しおりを挟む
せやさかい

281『三月三日うたた寝の夢』   




 さくらは~ん……さくらは~ん……


 はんなりと呼ぶ声に目を開けると、机の上にお雛さん。

「ほほほ、春眠暁を覚えず……どすなあ」

 手で隠した口の上には、眉を剃ってへの字にした目が笑ってる。

 白の着物に緋の袴、笑い収めて手を下ろすと、微笑んだ口は真っ黒け。

 初対面やったら、お雛さんのお化けやと思うところやろけど、うちは思い出した。

「あ……さんぽうさん!?」

 そう、段飾りのお雛さんやったらお内裏さんの下に三人で並んでる三人官女のセンター。唯一の既婚者のさんぽうさんや。

「さいどす、さんぽうどすえ。こなたさんとは二年ぶりどすなあ」

 せや、さんぽうさんは、お母さんの段飾りの中に居てたんやけど、結婚した前後にお父さんに預けて、それ以来行方不明。

 一昨年、学校からの帰り、角曲がったら家やいう道端で会うたんや。

「前は等身大やったのに、なんや、1/6のフィギュアのサイズになってしもて……」

「ちょと遠いとこにおりますよってに、ライフサイズで出る力がおへんのどす。まあ、これが雛人形としての普通サイズでごわりますよって、堪忍しておくれやす」

「あ……ひょっとして、雛飾りしてないから!?」

「いえいえ、それはかましまへんのどす。お寺も忙しみたいどすし……それに、家の女の子が無事に成長おしやしたら、自然と飾られへんようになるのが、雛人形の運命どす」

「あ、まあ、そうなんやろけど……去年も今年も忘れてしもて、ほんまに……」

 ごめんなさいを言おうと思って体を起こそうとしたけど、全然からだが動かへん。

「どうぞ、そのまんまで。今は、夢とうつつの境にあらっしゃいますよって、無理に動ことなさいますと、障りにならっしゃいますえ」

「そ、そうなんだ(^_^;)」

「じつは……」

「なに?」

「そーれ(^▽^)」

 軽くジャンプしたかと思うと、さんぽうさんは、枕もとまでフワリと飛んできた。

「歌さんのことどす」

「お母さん?」

 平静を装って穏やかに聞き返すけど、内心は心臓が飛び出すんちゃうかいうくらい動揺してる。

「不憫やなあ、さくらはんは……」

 さんぽうさんは優しい目ぇになって、1/6の小さな手ぇで、うちの頬っぺたを――いい子いい子――いう感じで撫でてくれる。

 ウ……ウ……

「お泣きやしてもええんどすえ……日ごろは、意識にも上らんくらいに、堪えておいやしたんやさかい、ここにさんぽうがおります、どうぞどうぞ、お泣きやす……」

「だ、だいじょうぶ……なんか話があるさかいに来たんやろ?」

「歌さんは、ウクライナにいてはるのんどすえ」

「ウクライナ?」

「ほら、そない『う、暗いなあ』いうような顔するくらいならお泣きやす」

「『う……暗いなあ』って、ギャグ?」

「おほほ、ちょっとてんご言うてみたい気分どしたんや」

「さんぽうさん……」

「歌さんは、大事な御用で世界中を飛び回っておいやすんどす。歌さんもこなたさんの事を気に掛けておいやすんえ」

「ほんま? お母さん、うちのこと思てくれてるん?」

「はい、三日に一回くらいは思い出してため息ついておいやすえ」

「三日に一回……」

「気ぃ落としたらあきまへんえ、それだけ忙しいて…………大事なお仕事どすのんえ……」

「いま、危ないって言おうとした『…………』のとこ?」

「聡いお子やなあ……せやさかいに、さんぽうが付いてますんえ」

「そうなんや、安心しててええねんね?」

「はい……雛人形は、お子が大きゅうなったら、しまい込まれて出すのんも忘れられますけどな、歌さんのことは、心のどこかに写真たてでも置いて、思い出しておくれやす……」

「う、うん……」

「それから、留美ちゃんのお母さんも無事に……つつがのうおわしますよって」

「ほんま?」

「はい……」

「留美ちゃんには言うたげへんのん?」

「うちの姿は、こなたさんにしか見えまへんどっさかいなあ」

「そうなんや……」

「あ、留美ちゃん、お風呂あがらはります……ほな、これにて……さいならあ……」

「さんぽうさん……さん……さ……」


 さくら、ちょっと、さくら……


 留美ちゃんがシャンプーの匂いさせながら起こしてくれる。

「うたたねしてたら、風邪ひいちゃうよ」

「え……あ……うん」

「なんか、悪い夢みてた?」

「え……なんで?」

「ちょっと、うなされてたよ」

「ああ、うん……」

「どんな?」

「えと……お雛さんの夢的な」

「ああ、そういや、今日はひな祭りだったんだ……なんか、高校生になると忘れちゃうね」

「うん、せやね、うちら高校生やねんな」

「さ、早くお風呂入っといで!」

 バシ!

「イタイなあ、お尻割れるやんかあ!」

 しばかれたお尻の痛みに留美ちゃんの気負いと、ほんまもんみたいな姉妹の感じしながらお風呂に向かう。

 えと……ほんまに、どんな夢みたんやったっけ……。

 
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【声劇台本】恋愛実況中継

茶屋
ライト文芸
街角で見かける男女の恋愛を実況と解説でお送りする。 実況が花形となる台本になっていると思います。 是非、使っていただけたら嬉しいです。

黄金の檻の高貴な囚人

せりもも
歴史・時代
短編集。ナポレオンの息子、ライヒシュタット公フランツを囲む人々の、群像劇。 ナポレオンと、敗戦国オーストリアの皇女マリー・ルイーゼの間に生まれた、少年。彼は、父ナポレオンが没落すると、母の実家であるハプスブルク宮廷に引き取られた。やがて、母とも引き離され、一人、ウィーンに幽閉される。 仇敵ナポレオンの息子(だが彼は、オーストリア皇帝の孫だった)に戸惑う、周囲の人々。父への敵意から、懸命に自我を守ろうとする、幼いフランツ。しかしオーストリアには、敵ばかりではなかった……。 ナポレオンの絶頂期から、ウィーン3月革命までを描く。 ※カクヨムさんで完結している「ナポレオン2世 ライヒシュタット公」のスピンオフ短編集です https://kakuyomu.jp/works/1177354054885142129 ※星海社さんの座談会(2023.冬)で取り上げて頂いた作品は、こちらではありません。本編に含まれるミステリのひとつを抽出してまとめたもので、公開はしていません https://sai-zen-sen.jp/works/extras/sfa037/01/01.html ※断りのない画像は、全て、wikiからのパブリック・ドメイン作品です

飯屋の娘は魔法を使いたくない?

秋野 木星
ファンタジー
3歳の時に川で溺れた時に前世の記憶人格がよみがえったセリカ。 魔法が使えることをひた隠しにしてきたが、ある日馬車に轢かれそうになった男の子を助けるために思わず魔法を使ってしまう。 それを見ていた貴族の青年が…。 異世界転生の話です。 のんびりとしたセリカの日常を追っていきます。 ※ 表紙は星影さんの作品です。 ※ 「小説家になろう」から改稿転記しています。

N -Revolution

フロイライン
ライト文芸
プロレスラーを目指す桐生珀は、何度も入門試験をクリアできず、ひょんな事からニューハーフプロレスの団体への参加を持ちかけられるが…

恋もバイトも24時間営業?

鏡野ゆう
ライト文芸
とある事情で、今までとは違うコンビニでバイトを始めることになった、あや。 そのお店があるのは、ちょっと変わった人達がいる場所でした。 ※小説家になろう、カクヨムでも公開中です※ ※第3回ほっこり・じんわり大賞で奨励賞をいただきました。ありがとうございます。※ ※第6回ライト文芸大賞で奨励賞をいただきました。ありがとうございます。※

立花家へようこそ!

由奈(YUNA)
ライト文芸
私が出会ったのは立花家の7人家族でした・・・―――― これは、内気な私が成長していく物語。 親の仕事の都合でお世話になる事になった立花家は、楽しくて、暖かくて、とっても優しい人達が暮らす家でした。

パパLOVE

卯月青澄
ライト文芸
高校1年生の西島香澄。 小学2年生の時に両親が突然離婚し、父は姿を消してしまった。 香澄は母を少しでも楽をさせてあげたくて部活はせずにバイトをして家計を助けていた。 香澄はパパが大好きでずっと会いたかった。 パパがいなくなってからずっとパパを探していた。 9年間ずっとパパを探していた。 そんな香澄の前に、突然現れる父親。 そして香澄の生活は一変する。 全ての謎が解けた時…きっとあなたは涙する。 ☆わたしの作品に目を留めてくださり、誠にありがとうございます。 この作品は登場人物それぞれがみんな主役で全てが繋がることにより話が完成すると思っています。 最後まで読んで頂けたなら、この言葉の意味をわかってもらえるんじゃないかと感じております。 1ページ目から読んで頂く楽しみ方があるのはもちろんですが、私的には「三枝快斗」篇から読んでもらえると、また違った楽しみ方が出来ると思います。 よろしければ最後までお付き合い頂けたら幸いです。

.ペスカ&俺。

結局は俗物( ◠‿◠ )
エッセイ・ノンフィクション
(3/17…画像上限200枚に達したので完結)イラストブック3冊目。読みは「ペスカとおれ」。イタリアン料理のぺスカトーレ。イラストブックとは名ばかりの自分語りof自分語りwith自己主張。たまに画材や創作の話。当コンテンツにpt入れたくない場合はプロフor関連リンク→個人サイト(厨二病ふぁんたじあ)→画廊にて大体同じものを掲載(気紛れテキストは無し)他サイト誘導ではないよ、いいね?

処理中です...