上 下
279 / 432

279『ウクライナ』

しおりを挟む
せやさかい

279『ウクライナ』   




 いいニュースがあります。


 校門を出てガードモードになったソフィーが呟いた。

 校内に居るうちは、同級生モードなので「ねえ、食堂の値上げとかありえなくない?」と、決まってから連絡する担任に友だち言葉で憤っていたのが嘘みたい。

「え、なに?」

「今日の定時連絡はキャンセルになりました」

「え、うそ!?」

「本当です」

「なんで!?」

 二回も聞き直したのは、定時連絡がキャンセルされることはめったにないから。

 で、誰に対する定時連絡というかというと、お祖母ちゃんへの。

 ヤマセンブルグ女王であるお祖母ちゃんは、わたしが日本国籍を捨てず、いまだに正式な王位継承者として名乗りを上げていないから、心配で仕方がない。

 だから、週に二回、決まった時間にスカイプでの連絡を義務付けられている。

 他にも、用事があっても無くっても、なにか気がかりとか思いついたとかで、しょっちゅうかかってくる。

 なんせ、一国の女王陛下で、配下には国の諜報機関なんかも付いていて「ええ、なんでえ!?」ってことまで知っている。

「ヨリコ、二キロ増えたでしょ?」

 なんて、自分でも気づかなかったことを指摘されることもある。

 なんたって、横を歩いているソフィーが諜報部。そのボスがジョン・スミスで、領事館の警備責任者。

 他にも領事館の内外に、そういうのが居て、そういうのが、いろんなルートでわたしのことを報告している。


 ま、いいんだけど。


 わたし嫌がっているのは、ソフィーもジョン・スミスも知っていて、時々、こういうサービスをしてくれる。

 まあ、諜報部員としてのマニュアルとか手練手管ではあるんだろうけど、根が17歳の女子高生だから、こういう気配りとかにはほだされてしまう。

 いや、じっさい、ソフィーもジョン・スミスもいい人なんだけどね。

「で、なんでキャンセル?」

「ロシアがウクライナに侵攻しました」

「え、昨日は、ロシア軍の撤退が始まったとか言ってなかった?」

「あれはフェイクだったようです。東部だけでなく、南部と北部からも侵攻して、双方に犠牲者が出ています」

「そうなんだ……」

 ヤマセンブルグは小国だけどNATOにも加盟している。いざとなったら他のNATO諸国と歩調を合わせて行動しなくてはならない。

 きっと、今は、国を挙げて情報を収集して対策に大わらわだ。

 君臨すれど統治せずなんて言ってはいられない。そりゃあ、わたしとの定時連絡どころではないよ。

「ちょっと、そこの公園で確認していいですか?」

「あ、うん。わたしも気になる」

 駅への途中の公園で、スマホをチェック。

 抜かりの無いソフィーは棒付きキャンディーをくれて、二人一緒に舐めながら画面をスクロール。

 はた目には、聖真理愛学院の生徒がスマホで遊んでるようにしか見えないだろう。

「…………」

 画面に映し出される光景は凄惨だ。

 キエフの上空を飛び交うミサイル、着弾の爆炎、焼け焦げた軍用車両、破壊された移動式レーダー、幼稚園に飛び込んだミサイルの残骸、キエフから逃げ出す果てしない車列、シェルターで頭を抱えて震える少女、父親が死んだとグチャグチャになった車の前でしゃがみ込む男性、熱っぽく、その正当性を主張、あるいは糾弾する国の指導者たち……

「これはまだまだ序の口です……」

 ざっと動画を見ると、信じられない速さでスマホを操作、英語やロシア語、それ以外の外国語のサイトや地図が矢継ぎ早に入れ替わる。

「ロシア軍がチェルノブイリを制圧した……」

「チェルノブイリ……」

 名前ぐらいは知っている。旧ソ連の原発で、原子炉が爆発するという事故を起こし30年以上前に街ぐるみ捨てられたところで、立ち入りが制限されて、実質的に人は住んでいない。

 そんなところを制圧してどうするんだろう?

「ここに核爆弾を落としたら、すごく効果的です。犠牲者は極少で済むし、その効果は絶大です」

「まさか……」

 それには応えずに、ソフィーは、すごいスピードで画面を切り替えていく。

 再び、動画に戻る。

 気が付くと、目の前にジョン・スミスが立っている。

「人の気配に気が付かないところまで没頭してはいけない」

「あ……すみません」

「殿下、今日からしばらくは、領事館の車で登下校願います」

 それだけ言うと、公園の前に停めた公用車まで、わたしをエスコートした。


 天気予報では、換気も緩んで午後から暖かくなると言っていたけど、快晴の空の下、ゾクリとするような寒さに身が震えた。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

路地裏のアン

ねこしゃけ日和
ライト文芸
真広は双子の妹である真理恵と若い頃から母親の介護をしていた。 ある日、その母親の葬式で出会った子供を預かってほしいと電話がある。 半ば押しつけられた形で子供を迎えに行くと、その子にはねこの耳が生えていて……。

マイナーVtuberミーコの弱くてニューゲーム

下城米雪
ライト文芸
 彼女は高校時代の失敗を機に十年も引きこもり続けた。  親にも見捨てられ、唯一の味方は、実の兄だけだった。  ある日、彼女は決意する。  兄を安心させるため、自分はもう大丈夫だよと伝えるため、Vtuberとして百万人のファンを集める。  強くなった後で新しい挑戦をすることが「強くてニューゲーム」なら、これは真逆の物語。これから始まるのは、逃げて逃げて逃げ続けた彼女の全く新しい挑戦──  マイナーVtuberミーコの弱くてニューゲーム。

俺が証人だ。

氷天玄兎
ライト文芸
自分が良い子であることや褒められることに不満と嫌悪感を抱いた少年、梶本慧は、自分のことを叱って欲しくてどんどんイタズラの度合いが過激になっていく。そんな時高校で出会った綾坂先生との交流で少しずつ慧は変わっていく。

君が見ている私たち

創研 アイン
ライト文芸
作者:ゴッチ オカルト研究部の木村藍と赤城時宗、そして後輩の神崎里奈の三人は、見たものの心を読んでしまう神様『みころし様』について調べることとなり、夏休みを利用して調査を行うこととなった。 前回の調査は残念な結果だったが、今回の調査はどうなるのだろうか。 はたして『みころし様』の正体はオカルト的なものなのだろうか。 これは、あなたが見ている物語……。

真実の愛に目覚めたら男になりました!

かじはら くまこ
ライト文芸
結婚式の日に美月は新郎に男と逃げられた。 飲まなきゃやってらんないわ! と行きつけの店で飲むところに声をかけてきたのはオカマの男だったが、、 最後はもちろんハッピーエンドです! 時々、中学生以下(含む)は読ませたくない内容ありです。

男女差別を禁止したら国が滅びました。

ノ木瀬 優
ライト文芸
『性別による差別を禁止する』  新たに施行された法律により、人々の生活は大きく変化していき、最終的には…………。 ※本作は、フィクションです。実在の人物・団体とは一切関係ありません。

BL世界に転生したけど主人公の弟で悪役だったのでほっといてください

わさび
BL
前世、妹から聞いていたBL世界に転生してしまった主人公。 まだ転生したのはいいとして、何故よりにもよって悪役である弟に転生してしまったのか…!? 悪役の弟が抱えていたであろう嫉妬に抗いつつ転生生活を過ごす物語。

歌舞伎町ドラゴン

ユウジン
ライト文芸
平成の世は過ぎ去り、令和の時代もすっかり馴染んだ東京新宿歌舞伎町。 日本は平和な国。何て言う時代はとうに過去の話となり、現在は様々な犯罪行為が横行する国へと変わっていた。 その片隅に佇むスナック・火月。客も僅かな常連客以外殆ど寄り付かないその店のバウンサー・九十九 龍。 腕は立つが人が良すぎる。と周りから言われる彼がある日、一人の少女と出会う。それが後に、思いもよらぬ戦いの日々の幕開けだと知るよしもなく……

処理中です...