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255『向かいの部屋』

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せやさかい

255『向かいの部屋』詩(ことは)      




 廊下を挟んだ向かいの部屋から話声。

 せやから……  だって……  そない言うたら……  ちょっとぐらいは…… メッチャ…… ほんとだ…… これなんか? ええんちゃう? ウワア…… アハハハ……

 時々笑い声も混じって、とってもフレンドリー。

 向かいはさくらと留美ちゃんの部屋。

 一昨年の春までは空き部屋だった。さくらが叔母の歌さんと越してきて、さくらが向かいの部屋を使うようになった。

 わたしも高校一年、さくらが越してきたあくる日(4月1日)には二年生になったばかり。さくらも、不幸な事情で引っ越してきたので、親に言われるまでもなく、なにくれとさくらの世話をした。

 でも――ねばならない――と思ってする世話なんて長続きはしない。

 もともと従姉妹だし、さくらは好奇心の強い子だし、直に姉妹同然……いや、実際の姉妹だったら、もっとギクシャク。じっさい、諦一兄貴とは六つも開いてることもあって、必要最小限の会話しかなかった。たぶん、実の姉妹だったら、磁石の同極同士みたく反発し合っていたかも。

 従姉妹という適度な血の繋がりと距離が良かったんだ。もう、ほんとうの姉妹みたいな仲良しになれた。

 今年の春からは留美ちゃんもいっしょに住むようになった。

 留美ちゃんは、品行方正で、わたしにはいまだに敬語。

 わたしはフランクに接しているつもりだけど、わたしも距離をとらせてしまう何かがあるんだ。

 でも、さくらがいることで、普通に暮らせてる。

 適当にお姉さんぶって、向かいの部屋にいることが心地いい。


 あ、インク切れてる。


 プリンターのスイッチを入れたらアラーム。

 たしか、向かいの部屋に共用インクの買い置きがあったはず。

 コンコン

 いちおうノックして扉を開ける。

 フフフ(* ´艸`)

 さくらのベッドで、二人とも腹ばいで寝落ちしてる。

 ダミアがチラッとだけ、わたしを見上げるけど――なんだ詩(ことは)か――という感じで目をつぶる。

 プリンター横のインク箱からブラックを一個拝借。

 そーっと戻ろうとしたら、ツケッパになってるパソコンの画面が目に入る。パソコンの横にはタブレットも置いてあって、最近のニュースやら、終わったばかりのハローウィンの情報が映っている。

 さくらの手元には、ハローウィンのコスプレの番付みたいなのを書いたメモ。

 おや、他にも……おお、衆議院選挙の……これは留美ちゃんの字だ。

 わたしが投票したのと同じJ党の候補者をチェックしている。安倍さんもやってきて応援演説してたけど及ばなかった人。

 大阪は、もう維新がアゲアゲ。まあいい、北摂で、わたしが嫌いな女性議員を落選させてくれたしね。

 落選の弁はわたしもネットで見た、「セメントいてえなあ」ぐらいカマシテくれたら面白かったんだけど、普通に慣用句使いまくって残念がってただけ。

 ええと……

 悪いと知りつつ、パソコンの画面をスクロール。

 あ、こいつ!

 ジョーカーのコスプレして、電車の中で暴れた男、なんで、警察はタバコ吸うのを許しちゃうかなあ!

 車内禁煙でしょーが!

 KK……弁護士試験落ちる。意外だったけど、ちょっとざまあみろ。

 昨日のハローウィンは、きっと歴史に残る。

 さくらと留美ちゃんが盛り上がるはずだ……わたしもお邪魔すればよかったかな。

 ちょっと大人びてみたのが残念に思えてくる。

 よっと。

 ひきあげようと思ったら、弾みでキーを押してしまう。

 あ!?

 画面は切り替わって、一枚の写真が出てきた。

 もう一人のお知り合いで、中学高校の後輩。

 頼子ちゃんが、ヤマセンブルグ海軍の軍服姿で映っている。

 なんて云うんだろ海軍士官の正装みたいなの。

 彼女が背負っているものも大きい……でも、それを感じさせないぐらいに凛々しくて、たくましい笑顔。

 この写真欲しいなあ……スクロールしたら『転載禁止、ヤマセンブルグ領事館』の文字が出てきた。

 残念。

 
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