上 下
248 / 432

248『骨伝導イヤホンマイク』

しおりを挟む
せやさかい

248『骨伝導イヤホンマイク』頼子      




 それを言っちゃあお終ぇよ。

 大好きな寅さんの言葉だ。

 人が、メチャクチャなことを言ってしまって、周りの人たちに総スカンを喰らいそうになった時、寅さんは黙って、その人の横に腰を下ろして「それを言っちゃあお終ぇよ」って、ポツリと言う。

 寅さんが居たら、そう言ったと思う。

「国民からの誹謗中傷を受けて○○さまは複雑性PTSDになられ……」

 と、宮内庁の発表。

 よく読むと「国民からの誹謗中傷と感じられるSNSなどの書き込みを受けて○○さまは複雑性PTSDになられ……」とある。

 でも、国民のせいだと言ってるのと何も変わらない。

 もし、イギリスやヨーロッパの王族が同じようなことを言ったら、国民から総スカンを食って、王制廃止とかが社会運動として起こりかねない。

 ネットや動画サイトでは、たしかに誹謗中傷めいたものもあるけど、多くの人は「今度の○○さまのご結婚は心配です」と真面目に心を痛めている。読み返せば誹謗中傷を受けたとは書いていないし、発言も○○さまではなくて宮内庁の○○大夫になっている。

「ねえ、ソフィー」

「なんでしょうか、殿下?」

「ヨリコでいいわよ」

「もう校門を出ましたから」

「まだ、学校の制服なんだけど」

「人の目があります、耳も……」

 そう言いながら、道の向こうの軽自動車に視線を送る。

「あ、週刊文秋……」

 わたしが気づくと、軽自動車は、ゆっくりと発進して角を曲がっていった。

「聞こえてやしないわよ」

 制服姿のわたしへの取材は、大使館からも学校からも禁じられている。

「指向性の強いマイクを窓の隙間から出していました」

「え、ほんと?」

「はい、いまはA宮家の内親王さまのことで、殿下のコメントを取りたがっていますから」

「わたしのを?」

「ええ、同じような立場ですから」

「そんなに値打ちないわよ、わたしのコメントなんて」

「そこから、ヤマセンブルグの将来が占えます。尾ひれをつければ、けっこうなスクープになります」

「そうなんだ……」

「これを使いましょう」

 サブバッグから、なにやら取り出した。

「チョーカー?」

「骨伝導のイヤホンマイクです。囁き声でで拾えます」

 カチャ カチャカチャ(イヤホンマイクを着ける音)

『聞こえる?』

『聞こえます』

『わたしの感想おかしい?』

『おかしくはありませんが、現時点では不適切です』

『ムー、なんで不適切?』

『ウォールストリートニュースの音声記事を送ります……』

『なになに……』

―― 日本エンペラーの姪であるプリンセス○○は、マスコミやネットの悪意ある情報でPTSDを発症され…… ――

『なに、この歪んだニュースは!?』

『現時点での世界の報道は、もう、これ一色です』

『グヌヌ』

『殿下が歯ぎしりされても、現時点では……』

『分かってるわ、ごまめの歯ぎしりって言いたいんでしょ』

『この件に関する殿下の御発言を情報部のコンピューターにかけてみました』

『いつの間に!?』

『女王陛下の魔法使いですから』

『くそ……』

『お聞きになりますか?』

『いちおう……』

『では……』

 プツっと音がして、CPの人工音声に切り替わる。

『殿下も、本当の恋をしたら真実が分かります』

「ちょ、なによ、これ!?」

『声が漏れてます』

『グヌヌ……』

 もうちょっと文句を言ってやりたかったけど、さっきの軽自動車が戻ってきたので、残念ながら中断。

『阿倍野で、おいしい関東炊きお店を見つけましたので、行きましょう』

『え、コ□ナあるよ』

『警戒は三日前に解除されましたよ』

『え、あ、そうだった』

 一つの事に囚われると、他の事が見えてこない。

 ちょっとだけ反省……したふり。

 どうせ、このこともお祖母さまには筒抜けなんだろうから……。


しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

言葉が世界を変えるなら、彼女の声はどこまで届くのか

松本雀
ライト文芸
彼女は、静かに問いを投げかける。 「もし言葉が世界を変えるなら、私たちは何を語るべきだと思う?」 僕は答えを探しながら、彼女の表情を窺う。しかし、彼女はただ微笑むだけで、答えを求めてはいないようだった。 僕たちの会話は、いつもそうだ。善と悪、存在と無、相対と絶対。彼女の言葉は思考を刺激し、僕の常識を静かに崩していく。 でも、不思議と居心地は悪くない。むしろ、彼女と話すことで、僕は初めて自分の言葉を考え始めたのかもしれない。

スキルが芽生えたので復讐したいと思います~スライムにされてしまいました。意外と快適です~

北きつね
ファンタジー
 世界各国に突如現れた”魔物”。  魔物を倒すことで、”スキル”が得られる。  スキルを得たものは、アニメーションの産物だった、魔法を使うことができる。  高校に通う普通の学生だった者が、魔物を見つけ、スキルを得る為に、魔物を狩ることを決意する。  得たスキルを使って、自分をこんな目に合わせた者への復讐を誓う。  高校生だった者は、スキルの深淵を覗き見ることになる。芽生えたスキルは、強力な武器となる。 注)作者が楽しむ為に書いています。   復讐物です。いじめや過激な表現が含まれます。恋愛要素は皆無です。   誤字脱字が多いです。誤字脱字は、見つけ次第、直していきますが、更新はまとめてになると思います。   誤字脱字、表現がおかしいなどのご指摘はすごく嬉しいです。

ずるいと言う人

黒蜜きな粉
ライト文芸
幼馴染四人組。 ずっと仲が良いと思っていたけれど、それは私の思い違いだった。 お花見の日、幼馴染の一人が結婚報告をしてきた。 すると、べつの幼馴染がずるいずるいと叫び出した。

傲慢令嬢は、猫かぶりをやめてみた。お好きなように呼んでくださいませ。愛しいひとが私のことをわかってくださるなら、それで十分ですもの。

石河 翠
恋愛
高飛車で傲慢な令嬢として有名だった侯爵令嬢のダイアナは、婚約者から婚約を破棄される直前、階段から落ちて頭を打ち、記憶喪失になった上、体が不自由になってしまう。 そのまま修道院に身を寄せることになったダイアナだが、彼女はその暮らしを嬉々として受け入れる。妾の子であり、貴族暮らしに馴染めなかったダイアナには、修道院での暮らしこそ理想だったのだ。 新しい婚約者とうまくいかない元婚約者がダイアナに接触してくるが、彼女は突き放す。身勝手な言い分の元婚約者に対し、彼女は怒りを露にし……。 初恋のひとのために貴族教育を頑張っていたヒロインと、健気なヒロインを見守ってきたヒーローの恋物語。 ハッピーエンドです。 この作品は、別サイトにも投稿しております。 表紙絵は写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

明智さんちの旦那さんたちR

明智 颯茄
恋愛
 あの小高い丘の上に建つ大きなお屋敷には、一風変わった夫婦が住んでいる。それは、妻一人に夫十人のいわゆる逆ハーレム婚だ。  奥さんは何かと大変かと思いきやそうではないらしい。旦那さんたちは全員神がかりな美しさを持つイケメンで、奥さんはニヤケ放題らしい。  ほのぼのとしながらも、複数婚が巻き起こすおかしな日常が満載。  *BL描写あり  毎週月曜日と隔週の日曜日お休みします。

春の真ん中、泣いてる君と恋をした

佐々森りろ
ライト文芸
 旧題:春の真ん中  第6回ライト文芸大賞「青春賞」を頂きました!!  読んでくださった方、感想をくださった方改めまして、ありがとうございました。  2024.4「春の真ん中、泣いてる君と恋をした」に改題して書籍化決定!!  佐々森りろのデビュー作になります。  よろしくお願いします(*´-`)♡ ────────*────────  高一の終わり、両親が離婚した。  あんなに幸せそうだった両親が離婚してしまったことが、あたしはあたしなりにショックだった。どうしてとか、そんなことはどうでも良かった。  あんなに想いあっていたのに、別れはいつか来るんだ。友達だって同じ。出逢いがあれば別れもある。再会した幼なじみと、新しい女友達。自分は友達作りは上手い方だと思っていたけど、新しい環境ではそう上手くもいかない。  始業式前の学校見学で偶然出逢った彼。  彼の寂しげなピアノの旋律が忘れられなくて、また会いたいと思った。

伊緒さんのお嫁ご飯

三條すずしろ
ライト文芸
貴女がいるから、まっすぐ家に帰ります――。 伊緒さんが作ってくれる、おいしい「お嫁ご飯」が楽しみな僕。 子供のころから憧れていた小さな幸せに、ほっと心が癒されていきます。 ちょっぴり歴女な伊緒さんの、とっても温かい料理のお話。 「第1回ライト文芸大賞」大賞候補作品。 「エブリスタ」「カクヨム」「すずしろブログ」にも掲載中です!

10秒で読めるちょっと怖い話。

絢郷水沙
ホラー
 ほんのりと不条理な『ギャグ』が香るホラーテイスト・ショートショートです。意味怖的要素も含んでおりますので、意味怖好きならぜひ読んでみてください。(毎日昼頃1話更新中!)

処理中です...